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私の話を聞いてくれと叫んだ時、アーデルベルトの後ろに控えていたマルグリッドははっと顔を上げた。
唇に笑みを刻んでいたかもしれない。
そう、…そう!
陛下は知らなければならない。
貴族達が選んだあの娘がどれほど傲慢か。
侯爵令嬢であることを誇るように王妃である自分をないがしろにし、まるで今から王妃気取りで、王妃の仕事を奪っていったのだ。
王太后様にかわいがられているのをいいことに、毎日のように王宮を我が物顔で歩くあの小娘が、かわいいエルンストの嫁に相応しいはずがない。
だからマルグリッドはアリア・カラフェに首飾りを渡した。
シェイラの侯爵令嬢という身分を厭い、また、王妃の座が国王の正妃であるだけで得られると過信していた彼女は、その責務を理解しようとせず、恩恵のみを享受してきた。
それに対し、アーデルベルトも多くを言わなかった。
後宮の女主人たるカテリーナが適切に差配していたし、未来の王太子妃もその地位を得ぬままにして補佐を請け負ってくれたからだ。
彼はマルグリッドを必要としなかったし、所詮下級貴族出身と期待もしていなかった。
そのマルグリッドが、シェイラではなく、アリアこそを王太子妃として認めるという、王妃としての意思表示をした。
「あなたは黙っていなさい。驚き、言葉を失い、泣いていればよろしいのよ」
あなたは王妃には値しないのですものと。
マルグリッドの笑みを崩したのは、この場所で最も高位の女人、王太后カテリーナの硬質な声だった。
決して目の前のやり取りから目をずらすことなく、決して周囲には気取られぬ声で、告げる。
貴族の最高位、リッカ公爵家に生まれたカテリーナは、この国で唯一マルグリッドより上位にいる、礼を尽くさねばならない女人である。
本当に、忌々しい。
想いが思わず表情に出ていたかもしれない、はっと我に返ったマルグリッドに、カテリーナは怪訝そうな視線を向ける。
突き放すような、冷たいとさえ思わせる言葉は、決して怒りばかりを示すものではない。
告げたは親切と言ってもいい。
自らがかわいいのならば知らないふりをした方がいいと、言葉にせぬまま命じる。
ティトゥーリアの青をそれに値しない者に与えたのは自分ではなくエルンストだとなすりつければいいのだ。
アーデルベルトの家系に2人もの罪人を同時に出す余裕はないのだから。
「そうではなくて、王妃?」
「王太后様っ」
カテリーナの含んだ言葉に、うすら寒いものを感じたマルグリッドは息を呑む。
カテリーナはそれ以上何も告げることなく前を向いた。
遠目に見る。
アーデルベルトを。
ヴィリーとシェイラを。
そして、エルンストをアリアを。
そして、自身の息子である王子を。
エルンストは父上と呼び、こともあろうに国王の言葉を遮ったエルンストは、恥の上塗りを始めた。
5年前、初対面の日だ。
右と左の瞳の色が違うことの気味の悪さばかりが印象に残った。
未来の王妃教育のために日々王宮にあがり、優秀な成績を修めていく様子には苛立ちばかりがつのった。まるでさげずんでいるように見えた。
エルンストは、初対面の日からずっとシェイラのことが嫌いだった。
シェイラより相応しい自身の妃候補を探していた。
そして、アリアと会い、彼女の発する言葉に和らぎ、癒され。
彼女こそが自身の王妃に相応しいと思った。
「そもそもひどいではありませんか。例え侯爵令嬢とは言え、こんな化け物みたいな女を押しつけてくるなんて!」
始まりはそんな言葉だった。
右と左で瞳の色の違うシェイラを散々罵り、そんな娘を王太子妃候補に当てがった大人達を責め、だから自分で探そうとしたのだと自身を正当化した。
「そして、見つけたのがこのアリアです。私はアリアの優しさに救われました。おそらく国民に対しても彼女は優しく接してくれる。彼女こそが相応しいのです」
「ほう」
「にもかかわらず、この女は自身の地位が危ういと気づけば、アリアに対して嫌がらせを始めました。このような女の話など聞く必要はありません!」
そこまで告げて、エルンストはキッとシェイラを睨んだ。
国王以下王族を目の前にしながら、アリアの腰を抱いたままでいるのを、皆が呆れていることすら気づかない。
アリアの方もここぞとばかりに、私のことはいいのです。私はただ、エルンスト様がお気の毒で、などと言いながら、目を潤ませている。
アーデルベルトはわざとらしい仕草で驚いた表情を浮かべて見せた。
「そなた、まさか余の知らないところでこの娘をいじめていたのか?」
「陛下もご存知の通り、そのようなことは出来ませんわ」
あり得ないことと知りつつの問いに、シェイラは肩をすくめる。
エルンストの言い分は、聞いていて一層のこと清々しいものだった。シェイラ自身のみならず、事もあろうに国王にも同じことを訴えたのだから、心底からの言葉なのだろう。
覚悟を決められようとそうでなかろうと、もう、賽は投げられたのだろう。
皆、そう。
「私が責任を持つのは、化け物というこの双眸とその、アリア様が今身につけられているティトゥーリアの青を外すよう告げただけです。カラフェ男爵との件も後ろめたいものはございません。当家に対し、男爵からの裁定の申し入れもございません」
「シェイラ、そなた…!」
「で、あろうな」
エルンストの叫びを、アーデルベルトの投げやりな口調が遮る。
ひとまずと告げた。
「まず、何も知らぬエルンストに「化け物」の真相から明らかにしてみるとしよう。エルンストが王太子に値する人物かをその左目に映し、余につぶさに知らせるための鈴が、エルンストがそなたを嫌う最初のきっかけであったのだとしたら、…残念なことであるな」
そして、1つ大きなため息をつきアーデルベルトはシェイラの双眸へと手をかざした。




