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王の鈴(旧)  作者: うず
4章 王の鈴
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28

陛下と、先触れに出した近衛兵が神妙な表情をして戻ってくる。

今日は王弟という立場を優先しながらも、彼らの上官にもあたるジークヴァルトが怪訝そうな表情を浮かべつつ何事かと問うと、兵士の片方が、王太子殿下が…と、歯切れ悪く話し出す。

王太子殿下が、卒業パーティー会場で婚約破棄を叫ばれております。

告げられた言葉に、約1名を除き声を失った。

学術院の卒業パーティーは、王族が大切にしている行事の1つだ。

この国では18歳で正式に成人するが、今後貴族して国のために働く卒業生達を祝うとともに、彼らの中から優秀な人材を見つけることも目的としている。

高位貴族の子らであればともかく、それ以外の者が王族に会う機会は滅多にない。この卒業パーティーには王族のみならず宰相以下大臣も出席しており、目に留まった者を分け隔てなく登用できる貴重な機会でもある。

特に平民の身分のまま学術院への入学を許された者にとっては、自身の人生を切り開くための最初にして最大のイベントといってもいい。

その、卒業パーティーの場で、こともあろうに王太子が婚約破棄を叫び、代わりにその地位を男爵令嬢をあてがおうとした。

「マルグリッド、これはお前の差し金か」

アーデルベルトがいつになく低く硬い声で問うのに、肩を竦ませた王妃マルグリッドは蒼白となる。

「王妃はその娘にティトゥーリアの青を下賜したと聞いていますよ」

やはり、感情を抑えた声で告げた王太后カテリーナのさすがの情報網にアーデルベルトは舌打ちをする。

が、兵士が告げたのはそれだけではなかった。

婚約破棄だけではない。

事もあろうに王と貴族社会が最良と選んだ婚約者を地面に跪かせ、許しを請うよう命じた。

「シェイラ」

「お待ちください、王弟殿下…!」

シェイラに対するあまりの仕打ちに、立場もわきまえず翻そうとしたジークヴァルトを引き止めたのは、この場で誰よりも先に冷静さを取り戻した宰相フェルディナンド=マティアスだった。娘の窮地にも動揺をきれいに隠しさった男は、陛下と呼んだ。

抑揚の声が逆に、彼が既に決断していることを知らしめる。

「5年前、私は申し上げました」

「フェルディナンド」

「臣は、陛下の決断の正しきことを信じております。そう、申し上げました」

「今、それを申すか」

「はい、今申さねばいつ申し上げるのですか」

「そなたは…」

アーデルベルトは喉を鳴らした。

5年前、この優秀な宰相はそう言って、4対4に分かれた円卓に在って票を拒んだ。

票を拒み、あの日王の意思に従うと告げた男は、「王の鈴」として自身の子らを差し出した。

1人は学術院を飛び級で卒業し、シレジアに下った。

1人は既に成立していた婚約を破棄し、王太子の婚約者となった。

右の目を兄に、左の目を妹。

勝者となった民の絶大な支持を得る王の血を引く子に対し、自身の子らを差し出すことで、王座への道を切り開いた。

その道を切り開きながらも決して道を1つとしなかったことに、男の狡猾さがうかがえる。

5年前、この男は予期していたのだろうか。

視線を向ければ男は首を振った。

予期をまったくしていなかったわけではない。何も考えず、道を残していたわけではない。

ただ。

偉大なる王が、現実に直面した時、決して愚かな選択をする人物ではないと、信じていた。

だから、従うことに躊躇がなかっただけのこと。

「私は陛下のご意思に従います」

「フェルディナンド」

「ただ」

告げてにやりと笑う。

食えない男は、我が娘シェイラを王妃に据え、第2王子を世継ぎとするのは難しいかと続けた。

自身の娘を父親とさほど変わらぬ年の男に嫁がせることを厭うたのではなく、ただ、それは7年前になさることでしたと言ったのだ。

その選択は既にない。

フェルディナンドの言葉に、アーデルベルトは自身の選択が1つしかないことを突きつけられる。



アーデルベルトはその言葉にただ、おもむろに手をあげることで応じた。

そして歩き出す。

会場の入り口のドアを開けるよう命じる。

開けられたドアに、本来ならば皆の注目が集まるはずだったにもかかわらず、誰もの視線が会場の中央に向けられている。

中央にいるのはエルンストとアリア。

向かい合って、床に跪かされたシェイラと、彼女の腕を背後からひねり上げるリカルド。

エルンストの後ろにはノーウェンとカイル、シェイラから近い場所にはソフィアがいる。

アーデルベルトは忌々しさに思わず唇を噛む。

「シェイラ、何をしておる」

発した声は、あまりに低く鋭かった。

「エルンスト殿下に、婚約破棄を命じられました。私が、こちらのアリア嬢をいじめていたようです」

「ほう」

くつりと笑い、彼はエルンストに向かって告げた。



「それはありえんな。我が鈴が、そのようなくだらないことをしておれば、余が気づかないはずがない」



我が鈴と言われたシェイラが恐れ入りますと、リカルドに押さえつけられた視線を伏せる。

「サリエの息子か。早々にシェイラから手を離すがよい」

王から名指しされたリカルドはビクリと肩を震わせ、飛び去るようにシェイラの側から離れる。

マティアス侯爵令嬢と、屈辱を与えられたシェイラに対し、王弟殿下自らが進み出て、手を差し出す。

「お手を」

「申し訳ございません」

ジークヴァルトから差し出された手に一瞬迷ったが、王を前に床に座り込んでいるわけにもいかず、ありがたく受け入れる。

これは、王弟殿下と侯爵令嬢のただのやり取りに過ぎない。

そう念じながら、つきりと胸が痛む。

礼を述べる以上のことはしない。

立ち上がりドレスのひだを簡単に直すと、ジークヴェルトから手を放す。

レースが多い、卒業生のようなドレスでなくてよかったなどと、場違いなことを考えながら、王の次の言葉を待つ。

シェイラ、ヴィリーとアーデルベルトは2つの鈴の名を呼んだ。

この日、王室の護衛としてやはり末席に控えていた兄のヴィリーが、呼ばれたことで前に進み出る。

「はい、陛下」

「はい、陛下」

ジークヴァルトが下がり、横に並んだ兄と妹が、王に対し臣下の礼を取る。

ドレスのフレアがふわりと広がり、為された完璧なカテーシーに、女生徒の無意識なため息が溢れる。

「我が右の鈴はジークヴァルトに、左の鈴はエルンストに。ちょうどいい、この場で聞こうか」

我が鈴らよ、2人はいかがであったかと、アーデルベルトは問うた。

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