03
リューネに案内してもらいとりわけきれいな花の咲く場所を教えてもらったシェイラは、なかなか飽きることもなく眺めていた。
するとリューネの方が先に飽きてしまったらしい、のっそりと移動していくのに気づき、慌てて追いかける。
リューネが伏せの体勢を取り落ち着いたのが、大木の下だった。
リューネ、お昼寝?と尋ねると、ふわふわの毛に覆われた前足がシェイラのワンピースの裾を引っ張る。
促されるようにしゃがむと、待っていたかのようにくるりと囲われ、国王の愛犬は気持ちよさそうに目を閉じる。
しばらく、リューネの毛並みを整えてやったり、抱きついてみたりしていたものの、どうやっても動こうとしない様子に、シェイラは黙り、気持ちよさそうな午睡を覗き込む。
すると、どうしようもなく気持ちよさそうで、彼女もまた、春の日差しに誘われる。
ほんの少しだけだからと言い訳をしながら目を閉じると、心地のよい風を感じたのを最後に、意識が遠のいていった。
シェイラが眠っていたのはごくごく短い時間だった。
リューネの鳴き声にぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと身体を起こす。少し絡んでしまった髪を後ろに押しやり顔を上げる。
一度ごしりと目をこすり、数度まばたきをし。
大きな碧の双眸がその人を捉える。
一番最初に目を奪われたのは、深い青だった。
青の国、ティトゥーリアを体現するかのような色彩に、シェイラは思わずつぶやく。
王妃さまの宮殿と同じ色。
「大王さま?」
初代国王を示す名を呼ばれた、ジークヴァルトははっとした。
それまで言葉を発せられずにいた彼もまた、シェイラに目を奪われていた。
少しくすんだ感じの金の髪に大きな碧の瞳を持つ小さな少女は、眠っている姿にはあどけなさばかりを感じたものの、向き合うとまた違った印象を抱く。ヴィリーとも似ている気がするが、それよりも侯爵夫人、テレーゼを彷彿とさせる。
「私は、大王ではないよ」
掠れた声でなんとかそう言うと、意識がはっきりしてきたらしい、あわあわとし、ごめんなさいと謝る。
きれいな青に思わずヴィルヘルムを連想してしまったが、初代国王であるはずがない。
そして、あぁそうだったと思い出す。
馬車で王宮に向かう間、母が言っていたではないか。
殿下の瞳の色は、きれいな青色なのよと。
では、この人が。
現国王ゲオルグ三世の第4王子、シェイラの婚約者となってくださる人だ。
「ジークヴァルト殿下」
思わず先に名を呼んでしまい、一呼吸置いて、自身の無作法さにはっとした。
ジークヴァルトは王族だ。王族を前にして礼を取ることもなく先に発言、しかも名を呼ぶなどありえない。
泣きそうな顔をしながら、自らの失態に身体を縮めた少女の姿に、ジークヴァルトの方が驚く。申し訳ありませんと怯えた声が続き、深く頭を下げる様子に、そんなことをさせたいわけではないと思う。
シェイラを眠りから無理やり引っ張りあげてしまったのはジークヴァルトだ。
起きたばかりの意識もはっきりしていない時の失態を責めるはずもない。
本来ならば、シェイラより先にジークヴァルトの方が声をかけなければならなかったのだ。
が、それを忘れるほどに視線は奪われていた。
彼女がマティアス侯爵令嬢、ジークヴァルトの婚約者となってくれる人だ。
「大丈夫、怒ってなどいない」
私の方こそ急に起こして悪かった。
そう告げて改めて促すと、ジークヴァルトの意を汲み取ってくれたのか、5歳の少女は背をのばす。
「マティアス=フェルディナンドが娘、シェイラでございます」
先ほどとは異なる、少し大人びた口調が名を告げ、きれいな姿勢で礼を取る。
それを受け取った後、ジークヴァルトは自身も名乗り、これで大丈夫だと笑いかける。どうしたら落ち込ませてしまった少女を笑わせることができるだろうと内心あたふたとしていると、恐縮しきっていた少女の口元に笑みが浮かんだ。
その時刻まれた左頬のえくぼにジークヴァルトは再び目を奪われる。
少し潤んでしまった碧の瞳がジークヴァルトを捉える。
彼女が、自分の婚約者なのだと自覚をする。
7歳年下のまだあどけない少女は、その瞬間から、ジークヴァルトにとって大切な存在となった。




