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すみません、忙しさにかまけて久しぶりの更新になりました。
5年前、ジークヴァルトは後継者争いから逃げた。
刺客が送り込まれたのが直接の理由だった。
襲っていた男達に応戦した側近の1人が腕を切られ、二度と剣を握れなくなったのを見た時、嫌気がさした。
元々彼は、王となるべく育てられたわけではない。気ままな第4王子だった彼にとって、後継者となることも後継者争いに身を投じることも本意ではなかった。
義兄にあたる国王アーデルベルトその人が、ジークヴァルトではなく自身の王子を後継にと望んでいるという噂も理由の1つだった。
ライドゥルとの戦いを終結させた彼はこの国の英雄となった。民衆の支持を一身に受ける人の望みに反して王太子になることなど出来やしないという諦観もあった。
が、アーデルベルトに軍属を願い出た時、彼は意外そうな顔をした。
彼が自身の王子を後継にというのは言葉の端々から伺えたが、ジークヴァルト、いや、リッカが自ら脱落を申し出るとも思っていなかったのだろう。
それを望むのならば構わないがという言葉の端に、疑念が浮かんでいた。
しかしながら、意外なことにカテリーナも彼女の父親のリッカ公爵も、ジークヴァルトの決断に意を挟まなかった。
アーデルベルトに対し、ジークヴァルトが抱いたのと同様の諦めを持っていたのかもしれないし、ひとまず目の前の危険から遠ざけたかったのかもしれない。
結局、エルンストの後継はジークヴァルトの感知できない場所で決まった。
結論に特に感傷はなかった。
ただ、そのエルンストの婚約者にシェイラが収まった事だけが、彼を驚愕させた。
何故、シェイラなのか。
考えればすぐに分かることだった。
貴族社会において基盤を持たないエルンストは、手っ取り早く高位貴族の令嬢を欲していた。
更に、ヴィリーの目を見た時、シェイラも同様のアンバーを抱えたと知った時、マティアスの令嬢くらいでなければ耐えられないだろうことに気づいた。
シェイラがエルンストの婚約者であることこそが、彼を王太子たらしめる。
或いは、リッカの孫娘、ソフィアでも可能だったが、フェルディナンドは自身の娘を使った。ソフィアに傷を入れるわけにはいかなかっただろう。
誤算は、エルンストが愚かだったことか。
幼いうちなら許された。学術院の前半も許容範囲だっただろう。が、卒業も直前、成人し王太子としての責務を果たさなければならない時期になって、よりにもよってカラフェの令嬢とは。
「陛下が企んでおられる」
さきほどのマノントン夫人の言葉を呟く。
企んで、蠢いて当然だ。
下級貴族の令嬢であっても王妃となる可能性はある。一つはマルグリッドのように予期せずして地位が転がってきた場合、もう一つは王命に従い高位貴族が令嬢を養女とした場合だ。
が、その令嬢にはどちらの可能性もないだろう。
彼女がシェイラさえもを凌駕するような、王妃となるべく生まれたような娘であれば、今までカテリーナの視界に入っていないはずがない。そして視界に入れば王子妃候補として、面会の1つもセッティングされただろう。
いや、例え令嬢自身は才女であろうと、やはりない。
あの、カラフェの令嬢だ。
現男爵の名はロイ=カラフェ。
ティトゥーリアとライドゥルの間の街道から少し入った場所にある男爵家の所領は、さして重要とはされない地だ。
そこで細々と領地経営をしていた男爵家の名が貴族の口に上がるようになったのは20年ほど前、先代の頃である。
地位は低いが切れ者だった先代の男爵以降、与えられた別名は「死の商人」。言葉通り、武器を扱い富を築き、前の戦争においては敵国にさえ武器を売ったとされる。
戦場で戦った者或いはその家族、さらにはその後シレジアに駐屯した者達にとっての忌み名を持つ娘が、養女になったところで王家に入れるはずもない。
にもかかわらずそのカラフェの令嬢に王太子と王妃が肩入れしていて、王は距離を置いている。
企んでいる。
アーデルベルトのアンバーの双眸を思い出しジークヴァルトは肩を震わせる。
平民出身の母を持つ、戦場の英雄。
突出した才能は、ジークヴァルトにとっては憧れだったが、アーデルベルトはおそらくよくは思っていないのだろう。
対極の血筋を持つジークヴァルトを彼は嘲笑っているのかもしれない。お前が王ではあの戦争を勝ち抜けなかったと。
あの時自分はまだ19だったなど、言い訳でしかない。
アーデルベルトこそが英雄で、それだけが歴史の示す事実だ。
ジークヴァルトは無意識に髪をかきあげ自らの左にある、耳飾りに触れる。
シェイラの瞳の色の碧、守り石のエメラルドに手をやってしまうのはもう、癖のようなものだ。
シレジアの仲間なら何度か見たことがあるだろう。ヴィリーなどは、呆れたように笑っていた気がする。
縋るように、乞うように。
目を閉じ、彼女を思い出し、幾度となく救われ、力を借りた。
それを弱さとも思わない。
12年前に婚約者になってくれた少女は、そうではなくなってしまった今も、大切であることには変わりない。
いや、離れてなお、寧ろ離されてなお、慕わしさが募る。
シィエラを学術院まで送り、マノントン夫人の邸宅に寄った後、ジークヴァルトは軍司令部に立ち寄った。
久しぶりの王都に司令部での仕事もあったが、夜も遅く、寄ったのは1人になりたかったからだ。
落ち着いて考えたかった。
シェイラとの再会、そして、渦中にある彼女の自身の状況について、冷静に考えたかった。
司令部内にある、自身の執務室にいたのは1時間ほどだ。
その後、騎馬で王太后宮に戻れば、予想通りカテリーナが待っていた。
「途中で、カラフェ男爵に会ったと聞いたわ」
「いつもながら情報が早いですね」
つい、呆れたように返すと、当然とばかりにカテリーナは笑みを浮かべる。口元こそ笑みを作っているが、目は笑っていない。値踏みするような母の視線にジークヴァルトは率直に問う。
私は王太子殿下のスペアですか、と。
直接的な言葉にもカテリーナは驚かない。
言葉の通り、ジークヴァルトはエルンストのスペアだ。そのために未だ王子の地位にいる。
アーデルベルトにもう1人王子が生まれていればまた変わっていただろうが、そうはならなかった。
エルンストの出来が悪ければ、そういう話も出てくるだろう。
そもそも5年前、フェルディナンド=マティアスがアーデルベルトにつかなければ、円卓の結果は変わっていたと聞く。
目の前にいるこの人は、母であると同時に王家の重鎮にして、最高位貴族の家に生まれた人は、内心で何を考えているのだろうか。
この人もまた、企んでいるのだろうか。
「あなたは王位を望むの?」
問いは問いで返される。
カテリーナの表情は変わらない。淡々とした口調で、ただ、聞く。
権力を望んでいるようには見えない。
「あなたはそれを望むのですか?」
さらに問いを返す。
すると、カテリーナは肩をすくめる。
私は、あなたを王にするつもりではなかったわ、そう、告げる。
多分、正直な想いだろう。実際に、ジークヴァルトが生まれた時、王位などを狙えるような状況にはなかった。
「えぇ、私も望んだことはあまりありませんが」
「でも、ジーク」
「はい」
「望まずとも覚悟をしなさい。王家の男子として生まれた以上、そして、スペアでもあろうとも未だ王子の地位を与えられている以上これは、義務です」




