決闘
朝。
快晴。空には雲一つない。しかし王田にはわらない。なぜならまだ寝ているから。その安寧の眠りを邪魔するかのごとく扉が叩かれる。
「オウダ様! 起きていますか! 決闘の約束、覚えていますよね!?」
案の定アレーナだったが、王田は「あと5分」などと言い起きない。早朝と言ったのは王田自身だったはずだ。
結局起きたのは、3時間が経過した後だった。時間はもはや10時である。鍵付きの個室で、鍵がなければ開けられなかったのだ。
支度をしつつ遅めの朝飯を取る。朝食付きの宿を指定したのは王田だ。一銭も持っていない王田は朝食ですら買えない。なのでこういう選択を取った。まだあまり味わったことのない異世界料理に舌鼓を打ちながらのんびりと食べていく。じとーっとした視線を意にも介さず。
ようやく食べ終えた王田は、アレーナとともに街の外に出ていく。道中は、本当に報酬が得られないのか組合に確認しに行ったり(事実だった)、話しながら歩いた。
ちなみに、セバスチャンは実家に帰したそうだ。メイドたちのまとめ役でもある彼がずっとついてくることはできないらしい。そしてジャバウォックは、昨夜から街の外に出している。自力で狩りができることもあるが、そもそも愛玩として動物を飼うのは裕福な貴族ぐらいで、しかも敷地の外には出したりしないらしい。なので、基本的に動物禁止なんだそうだ。
そうこうしているうちに街からそう遠くない場所に来た。周囲は草原で遮蔽物もない。ここなら戦うにはもってこいだ。ただし、魔法士にとっては。身を直接さらすことになるステージでは多少不利だということを、王田は後で知ることになる。
思念でジャバウォックを呼び戻し、審判係とする。実際にはただの見物客になるだけだが。
「さて。準備運動は済ませたか?」
「問題ありません。いつでも戦えます」
「そうかそうか」
王田はにやりと笑った。この世界に来て初めて目の当たりにする概念、魔法。それがいったいどれほど戦い方を変えるのか、王田にとっては楽しみでならない。
「先にルール説明しとくと、俺は本気でかかるからな。死ぬ前に負けを認めた時点で終了とする」
「それって、私が負けを認めなかったら死ぬんじゃ……」
「そうだ。それがどうした」
「ええ……」
ものすごく困惑気味だが、ルールは理解したらしい。負け試合と認めたうえで、いつギブアップのサインを出すかを考えているようだった。しかし王田としては、本気を出すつもりはなかった。アレーナにしてみればものすごく大切な決闘なのだろうが、王田にとっては対魔法戦を想定した訓練程度にしかとらえていなかった。
「んじゃ、決闘開始だ。ジャバウォック、合図を」
ジャバウォックに戦闘開始を告げる役を与える。両者の距離は15メートルほど。
王田は撲殺丸を肩に構える。
アレーナは杖――木製、1メートルほどで先端には深い青をした石がはまっている――を両手で構える。
「わぉぉん!」
試合開始。先に動いたのはアレーナだ。杖で描くように魔法陣を展開させる。
「”ファイアボール”!」
唱えた声とともにサッカーボールほどの火球が飛んでくる。速度はなかなか速い。
しかし王田はそれを避けようともせず、真正面に立ったままだ。もはや直撃は免れないという寸前で、撲殺丸を振り下ろす。
強い風圧により炎の塊が二つに裂ける。王田の髪を焦がしながら後ろへ飛んでいった。
「うそっ!?」
魔法を物理攻撃で破られたことに大きく動揺するアレーナ。その隙を突くように走り出す王田。
すぐに我に返ったアレーナは別の呪文を叫ぶ。
「”ストーンスパイク”!」
直後に王田の前方、何もない地面から扇形に鋭い岩が無数に突き出てきた。
急制動をかけ身を捻るが、わずかに顔を掠る。
「”アイスウォール”!」
連続して魔法を仕掛ける。王田の逃げ道をふさぐように氷の壁が現れた。僅かに壁に触れた左手に一瞬の痛みが走る。そこには凍傷ができていた。
なかなか厄介だ。そう思いつつも撲殺丸を振り回す。
「ふんっ!」
当初の目的通り力をあまり加えず氷の壁を壊す。氷の壁は割れはしたが、なかなかに硬い。ほんのわずかな硬直の中、真上に光が見えた。
「”サンダーヴァイス”!」
蛇の形を伴った雷が王田に食らいつこうとする。反射的に飛び退いて元いた場所を確認する。地面が煙を上げて焦げていた。まともに食らえば瀕死だった。
再び突撃しようとする王田だが足を踏み出した直後、足元に魔法陣がうかんだ。
「!」
攻撃性の魔法陣かと思い右に跳躍する。しかし何も起きなかった。
(トラップか!)
気づいた時には自分の周りを光の槍が埋め尽くしていた。
逃げ場もなく、振り回してもすべて落とせる量ではない。
「”ライトニングランス”!」
その一声で一斉に斉射された。
砂埃が巻き上がる。
アレーナはいくつかの魔法を常に打ち出せるようにしながら警戒した。やがて砂埃がはれる。
そこには額から血を流した王田が立っていた。怪我があれどもいまだ健在だ。
「くっ……!」
アレーナは悔しがる。あれだけの攻撃をして見せたのだ。伊達の魔法士ではない。それでも王田にはあまり通じなかった。アレーナはそう思う。しかし、実際は逆だった。
「……なるほど。これが魔法か。ちょっとなめてたわ。こりゃぁ手を抜くのは失礼か」
王田にとっては対魔法戦の訓練程度だった。しかし、いくら本気を出していないとはいえ、見たことないものとはいえ、血を流させるまでとは思っていなかった。王田はこれが怠慢だと思った。元の世界でも、この世界でも強さを証明した。未知の技術でも勝てると考えていたのだ。その結果がこれだ。笑うしかなかった。
「ふっ、はっはっは。はははははは」
「ちょ、いったい何……?」
「悪かったな。手を抜いて。これからは本気で戦う」
「え?」
どうやら『勝ち』というぬるま湯に長く浸り過ぎていたようだ。
勝つのが当たり前。そう思っていた自分を怒鳴りつけるように。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」
咆哮した。
むろんこれはスキルではない。使わないというハンデは口に出して約束したことだからだ。だが本気で戦うという約束に偽りはない。
王田は、自分への怒りと叱責と鼓舞を合わせて叫ぶ。
アレーナは思わず耳をふさぐ。
ようやく残響が収まったところで、アレーナは戦闘態勢に戻る。しかし、次に見た王田は先ほどまでとは打って変わっていた。
殺気。そうとしか呼べないもの。初めて感じた殺意。
王田は全身全霊をもって相手をすることにした。今の王田は、獅子だ。どんなに弱い生物でも全力で狩る百獣の王。先ほどまでの怠惰は捨て去った。
アレーナは王田の異様な変化に気取られていると、一瞬王田が消えたような錯覚をした。否、消えたのではない。そう錯覚させるほど速く動いたのだ。
アレーナの正面右に回り込む王田。それを追撃するように魔法弾を放っていく。だが、当たらない。ほとんどが追いつけず、直撃の弾も撲殺丸にはじかれる。
足を止めるしかない。そう考えたアレーナは別の魔法を使う。
「”プラントジャミング”!」
王田を追撃するように地面から蔦が素早く伸びる。いくつかが右足に絡みつき動きを止めた。
今!
新たな魔法を撃とうとした瞬間。
王田が撲殺丸を振り上げ地面に叩きつけた。
「なっ!」
圧力で地面が裏返る。その衝撃が広い範囲で地面をえぐりながらアレーナに向かっていった。
「”アークウィンド”!」
とっさに唱えた魔法で、空中に浮かぶ。
地面の衝撃波は真下を通っていった。
あ、そうか! こうすればいいのか!
空中に浮かんで攻撃するという作戦を思いついたアレーナ。残りの魔力量も気になるが、あの状態の王田と同じ場所に立つのは危ない。
しかしこの作戦はすぐに失敗となる。
「ぅおらぁっ!」
気合を込めた短い叫びとともに、撲殺丸を振りかぶり絡みついた蔦ごと地面をえぐる。そのまま地面を持ち上げるように撲殺丸を振り上げた。
地面が小さな無数の弾丸となって飛んでいく。
「う、”ウィンドベール”!」
風の障壁がそれを拒もうとするが力で押し負けた。いくつもの塊がアレーナに直撃する。
「ぐぅ!」
王田は攻撃の手を休めず何度も地面をえぐった。そのたびにクレーターのようなものができていく。
アレーナは防御に専念すること以外出来ないでいた。攻撃のタイミングがない。このまま浮いていればただの的と化してしまう。
アレーナは王田の真上にとんでいった。ここをマークすれば当たらないかもしれないが、破られるのも時間の問題だろう。これ以上は魔力が持たない。一か八か、近距離用の魔法を発動させる。
魔法士が前衛と交戦することはほとんどない。その時点で負けだからだ。だからこそ、最後にとっておく近距離用の魔法がある。
真下の王田を見据え、全力で下降していく。
そして、魔法を唱える。
「”オーバーウォーブ”!!」
最後の近距離技は、魔法による魔法攻撃ではなく、魔法による物理攻撃だ。自らを魔法で補った力の塊とし、相手に突撃をかける技である。ほぼ自爆技だが、もはやこれしかない。
王田も捨て身だと気づき、アレーナを見据える。
撲殺丸を一撃必殺の構えに持ち替え、タイミングを合わせる。
「てやぁぁぁあああああああ!!!!」
やがて一発の弾丸となったアレーナの攻撃と――
一撃必殺の王田の攻撃が――
――ぶつかった。
二つの強大なエネルギーの塊が大きな爆発音を生む。あたりに強い衝撃と風圧が生まれ、地面が陥没していく。
短くもあり長くもあった二つのぶつかり合いの結果は――
王田が、倒れたアレーナを見下ろしていた。




