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番外:想いニ方(ふたかた)8

 魔鏡から発せられた青い光が国王の寝室に満ちた。

 ミーチェも良く知る、魔術発動の光。

 ガルグは即座に、驚きに固まるミーチェを抱いてベッドから距離を取った。


「陛下……ッ!」


 同じく距離を取ったディーダが、部屋の反対側から光の中心にいる王に向かって叫ぶ。

 ガルグも焦った。

 魔力を溜め込んだ「不良品」の魔鏡がどんな影響を及ぼすかは起こってみないと分からない――確かに貴竜はそう言ったが、まさか魔術が、よりにもよって王が持っているときに発動するとは。


 青い光が発せられたのはほんの短い時間だった。

 爆発するように広がった光は、次には鏡を持つ者に吸収されるように急速に萎んでいった。


「――お父様、そのお姿は……!」


 光が収まったあと、ベッドの上で呆然と膝立ちになっていた国王。

 腰の痛みと心の病でのせいで枯れた老人のようになっていた男の姿は消え、若々しい筋骨隆々の青年の姿となっていたのである。

 ガルグも目を瞠った。

 見知った、壮年間際の王ではない。十七年前にミーチェを迎えに来た時のまだ若いときの王の姿だった。


「こ、これは……。私は、若返ったのか……!?」


 困惑し、唖然とする面々の前で、王は自分の身体を見下ろし、腕、胴、そして顔を自分でペタペタと触って確認し、驚愕に声を上げた。

 そして、しばしぽかんと宙を見上げ、次には固い顔になりミーチェを振り返える。


「ミーチェ、私は退位するぞ!」

「――はっ?」


 いきなりの、全く予想しなかった言葉に、ミーチェから間抜けな声が出た。

 いや、厳密には先ほどと台詞は一緒である。けれど、泣き散らしたやぶれかぶれとは違って、今度は瞳に希望と本気が満ち満ちている。

 王は本気だ。

 握りこぶしで宣誓する父王に娘は驚いたが、さすがにすぐに我に返った。


「何を急にバカなことおっしゃっいますの。退位などさせるはずありませんでしょう。それより元に戻る方法を考えるのが先じゃありませんの」

「腰も治って若返ったこの幸運をみすみす手放す理由などなかろう! 私はやるぞ! 退位し、王妃に求婚しに行く! 今の私であれば王妃も再び惚れてくれるかもしれない!」

「再びも何も、お母様がお父様に惚れたという事実は一度もありません」


 冷静な突っ込みだったが、王には聞こえていなかった。

 ディーダといえば王の下に駆け寄り、ベッドの膝をついて感動に震えていた。


「王座より愛を取る……! さすが陛下、立派でいらっしゃいます……!」

「ディーダ、貴方は少しお黙んなさい」


 こめかみを押さえ、ミーチェはディーダにまで口調荒く突っ込んだ。

 すっかり盛り上がる男二人はさておき、ミーチェは一人冷静だった。王女として国王に降りかかったこの突発的出来事を解決しなければならない。

 自分を庇うように立っているガルグを見上げ、この問題について問いかける。


「この魔術、わたくしのときのように鏡を割れば解けるんですの?」

「いや、魔鏡は既に割れている。割れた鏡がもたらす作用は、完全な鏡のものとは理屈が違うらしい。とりあえず青の奴の元にもって行かねばならんが……」


 そこでガルグは言い淀んだ。


「なにか、悪いことがございますの?」

「……青の奴も、割れた鏡、つまり既に魔道具として壊れた道具による魔術が作動した場合、解術できるかどうか分からぬそうだ。壊れた術式というのは複雑らしくてな」

「あら」

「だからこそ、作動前に持ち去ろうとしたんだが……」


 この話を聞いて、ミーチェは黙り込んだ。

 子犬の腹を撫で、王たちの方向に目をやりながら視界には入っていない様子で考え込んでいた。


「なんとか解術できればいいのだが。……青のを無理にでも連れてくるか?」


 王がこうなったことを国民に説明するのは困難であろう。ミーチェが困るだろうと、ガルグは貴竜を引っ張り出すことを提案した。

 しかし意外にも、ミーチェは首を振り、ガルグを真っ直ぐに見上げ、きっぱりと言った。


「いいえ。お父様はいなくなったことにして、このまま退位していただきましょう」


 にこっと笑ったミーチェは、可愛らしく美しかった。そのせいで発した内容との乖離が激しい。


「は?」


 とっさに言っていることが理解できず、ガルグは愛しい恋人に間抜けに問い返してしまった。


「貴竜様からは、魔鏡を内密に魔物の森へ運ぶように言われているのでしょう? であれば、お父様に運んでもらえばよろしいのです。すでに魔術にかかっているお父様であれば更なる危険は無し。解術できず元に戻れなくとも、もう王でなくなるので問題ありません。しかもまあまあ強いですし、魔物のはびこる森でも何とか抜けて貴竜様の元へ至るでしょう。若返って体力も最盛期、力を余らせているのでちょうどいいですわ」

「いや、確かにそうだが……国王を行方不明にすることなどできるのか?」

「王妃の家出を曖昧にできる平和な国ですわよ? 簡単ではないですが問題はありませんわ」

「王位はどうする」

「わたくしが即位します。むしろこちらの方が大変かもしれませんわね。何しろキチューゼル初の女王ですもの」


 あっけらかんと笑うミーチェに、ガルグは逆に困惑する。


「いや、それはそうだろうが……何だか、あれこれいい加減すぎないか……」

「これがお国柄と諦めてくださいな」


 軽く言うが、実際は容易ではないだろう。けれどそれをやりのけてしまうのがミーチェだった。

 彼女を女王にと熱心に推す大臣官僚たちは、主に実直な、実力主義者であった。普段のほほんとしているミーチェが政務に優れた手腕を持つことは、見る目のある臣下たちはよく分かっている。

 ミーチェはきっと、そんな臣下と「お国柄」を利用し、このバカげた難局も乗り越えてしまうのだろう。


「……それより、即位の件で貴方様には少しご迷惑をおかけするかもしれません」


 国王の廃位をあっさり決めたミーチェが、ここで初めてしょんぼりと眉を下げた。


「元々、わたくしが即位するか、もしくはわたくしの結婚相手が王として即位するか、両方の案に大臣たちが割れていました。女王となることをわたくし自身が決めた今、反対が出ないとも限りません。もし反対が出た場合、わたくしたちの結婚が遅れる可能性があります……」


 本音を言えば、ミーチェは、ガルグと一日でも早く結婚したかった。それは自身の楽しみでもあったし、十七年間待たせてしまったガルグに対して負い目のようなものも感じていたから。

 場合によっては、ガルグと違う結婚相手が浮上してくるかもしれない。もちろんそのようなもの、跳ね退ける気でいるが、それでも一つ障害が生まれることには違いない。

 しかしガルグは柔らかく目を細め、大きな手でミーチェの頬を撫でた。


「気にすることはない。私は山狼マーウルフだ。人の契約には縛られず、婚儀など形だけのものにこだわらない。それに、言ったろう? お前は既に私の伴侶なのだ。何があっても離しはしない」

「……そう……ええ、そうですわね」


 頬を恋人の手のひらに摺り寄せるように傾け、ミーチェはふふっと笑った。


「しかし、即位はまだ少し時間をおかないとですわね。侵入者があってすぐに王の行方が知れなくなったとあっては、貴方様に疑惑がおよびますもの」

「そうだな」

「まずはお父様を森へやって、その後に引継ぎの時間を設けましょう。同時に結婚と、廃位、わたくしの即位の手回しをしなくては……忙しくなりますわ」

「私も出来る限りは手伝おう」

「ありがとうございます。大会優勝者の人気、実はちょっとアテにしていましたの。頼りにしていますわ」


 ガルグの国民への人気は強い。富裕層、有力者の支持を取り付けるには格好の材料であった。それらの人脈から大臣たちに根回しをすることは難しくないだろう。


「任せてもらおう」


 本来、こういった人間の利害関係にガルグは興味を示さない。しかしミーチェが絡めば別である。秩序などない魔物たちを従えた強さと求心力、二百年の年輪をいかんなく発揮し、古参の大臣をしのぐ王女の強力な武器になるだろう。

 頼もしい恋人に、ミーチェはしばらく身体を預けるようにもたれさせた。

 そして、次には凛と声を張る。


「ディーダ!」

「はい、ミーチェ様!」


 相変わらず王に賛辞を送り続けていた護衛隊長は、王女の声に即座に立ち上がった。


「命じます。すぐに部下の中から腕が確かで口の堅いる者を選び、国王と共に魔物の森へ旅立ちなさい! 目的は、貴竜様に国王を引き合わせること。隊長は貴方です。これをすべて秘密裏に行いなさい」

「はっ」

「しっかりと王を護衛し、目的を果たしなさい。任せましたよ」

「畏まりました」


 王女からの信頼の眼差しに、ディーダは最敬礼で返した。

 理由の説明もなし、有無を言わせぬ命令だったが、ディーダにとってはそれで充分。すぐに準備すべく、退室していった。

 そして取り残された、若々しい王。


「みーたん、どうしたの」

「だからその呼び方をおやめくださいませ。――今から、お父様の役割を説明しますわ。役割を終えたら、お母様の元にでもどこにでも勝手に行ってください」

「え、いいの!?」


 目を輝かせ、ベッドの上で寝間着のまま万歳をする王。

 ガルグはそれを見て身体を屈ませてきた。


「いいのか?」


 案ずるようにそっと囁く様子に、ミーチェは小さく笑った。


「まあ、こっぴどく振られる可能性も大いにありますわね。けれど、お母様も、若くなったお父様になら何か気持ちを変えることがあるかもしれません。お父様には頑張っていただきましょう。もしかして弟か妹ができるかもしれませんし」

「お前が即位するのにか。そうなるとまた面倒なのでは」

「女王には、なれるからなるだけです。弟妹きょうだいが王になりたいというのであれば、さっさと退位して貴方様と二人で静かに暮らすのもいいと思っていますわ」

「なるほどな」

「さあ、忙しくなりますわよ。キチューゼルの代替わりです」

「アンッ!」


 子犬が腕の中から元気に返事をした。


 しかしミーチェは知らない。


 この日にガルグが、中庭の女性たち、そして兵たちに見せつけたお蔭で、大会の優勝者が王女の恋人であるということが一気に噂として広まったことを。

 そしてミーチェが結婚を発表した頃には、大臣たちの反対があったところで引き返せないほど、結婚に対し国内が歓迎ムードになることを。


 そしてまた、最強の男を射止めた美しい王女の人気の高まりは留まらず、二年後の女王の即位も結婚以上の盛り上がりで迎えられることを。


 青の国キチューゼルは、女王ミーチェの代に最盛期を誇ることになるのである。



 ◇*◇*◇



「――あら、貴女たち、姫様はどうしたの?」


 シーツを何枚も抱えた女官長、ユマが、王女の私室の扉の前で突っ立っている王女専属女官たちに声をかけた。


「あーユマ様、今入っては駄目です」

「王女、お取込み中ですから」


 二人はそのまま部屋に入っていこうとする女官長を慌てて止めた。


「取り込み中……?」


 王女が何者かにかどわかされたと大騒ぎになったのは二日前のこと。


 国王の寝室からルゥと共に出てきた王女は「ある方をお父様に会わせていましたの」と微笑んだだけで、姿を消した背の高い灰白色の髪をした男のことは語らなかった。

 しかし、王女を連れ去った男と、王女の親密な様子が噂となり、今や城の中は別の意味で騒がしい。

 使用人たちも噂に忙しく、上役が叱り飛ばしても仕事の効率は上がることなく駄々下がり。それは、こうして女官長であるユマがシーツ運びに駆り出されるほどであった。


「今、姫様は予定の無い時間でしょう。貴女たち、護衛も兼ねているのに傍を離れているのはどういうことなの?」


 訝しむ女官長からシーツを受け取りながら、女官たちは言いにくそうに顔を見合わせた。


「あー、それはガルグ様がー……」

「ああ、ガルグ様がいらっしゃるのね」


 女官長が納得したのは、王女が護衛の二人を置いていない理由だ。


「ならいいわ。ガルグ様の用事が終わったら姫様のベッドのシーツを変えておいてちょうだいね。はいこれ。ーーあー本当、忙しいったら」


 そうしてついでに王女の部屋の片づけについて二、三指示をすると、慌ただしく戻っていった。


「よかったー、問い詰められたらどうしようかと」


 女官たちは、ほっとした顔で女官長を見送る。


「なんせ今……お仕置き中だからね」

「ね。きっと甘いお仕置きが繰り広げられているのよ……」


 にんまり笑って、二人は扉に目を向けた。




「ああん……お願いします。もう、勘弁してくださいの……!」


 部屋の中では、ベットの上でミーチェが息も絶え絶えに、恋人に懇願を送っていた。


「駄目だ。まだ耐えろ」


 答える灰白色の恋人は、相変わらずの無表情でミーチェの手を押さえこんでいる。

 青く大きな瞳に涙を浮かべ、悶えるミーチェの頬は赤く、豊かな胸は大きく上下していた。


「お願いです……お願いですの……もう耐えられません……! 後生ですから……狼の姿に戻ってモフモフさせてくださいませー!」


 わああん! とミーチェは派手に泣いて暴れた。


「まだ駄目だ。許さん」


 あっさりとガルグは言い、暴れるミーチェを軽々と押さえて、額を軽く指で突いた。


「私以外の毛玉にうつつを抜かしていた罰だ」

「子犬くらいいいじゃありませんかー!」

「子犬とはいえ、獣だ。雄だ。私はそれほど心は広くない」

「天下の山狼マーウルフ様の心の狭さにびっくりですわ! ああ、三日もモフモフしていないなんて辛すぎます、お願いします。ルゥをモフモフしたいー!」

「ならば子犬にはもう触れぬと、いや、私以外の毛皮のある生き物に二度と触れぬと誓え」

「そんなの酷すぎます……!」

「では二度と狼の姿には戻らぬ」

「鬼ー!」

「生憎私は魔獣でな」


 残念ながら女官たちの予想は大いに外れ、甘い空気などどこにもない醜い嫉妬の仕返しが繰り広げられていた。

 ただし、三日もルゥに触れられずモフモフ禁断症状が表れているミーチェにとっては大変苦しいお仕置きである。が、多分誰にも共感されない。


 禁断症状に晒されながらも、強情に首を縦に振ろうとしないミーチェに、ガルグは若干手をやいていた。

 どうしたら屈するかとしばし考えを巡らせた。そして何かを思いつくと、「ならば」とミーチェの耳に口を寄せる。


「ミーチェ、私のことをきちんと名前で呼ぶようにするなら存分に毛皮を触らせてやろう」

「――へっ?」


 涙目のミーチェが目を丸くした。

 ガルグが珍しく口角を上げ、ミーチェを見る。意地の悪い笑いだった。


「名前だ。森で思い出して以来、私を『ガルグ』と呼んでくれていないだろう? 呼んでくれたら許してやる」


 とたん、ミーチェの顔が林檎のように赤く染まった。


「なななな名前!?」

「そうだ」


 ガルグは気づいていた。ミーチェは狼の姿ときに「ルゥ」と呼ぶ以外、本当の名を呼ぼうとしない。

 なぜだか分からないが、ミーチェの中でこの名を呼ぶことは最大に照れることに分類されているらしい。


「名前を呼んでくれ」

「い、嫌です……!」

「じゃあモフモフは禁止だな」

「そんな……!」


 ミーチェの顔が絶望に染まった。


 王女然とした姿に、普通の少女のような顔まで、この恋人はいろんな姿を見せる。本当に飽きない。ガルグはクツクツと笑った。

 他の人間がいる場所では決して見せない顔だったが、ショックを受けているミーチェは全く気付いていない。


「呼べるまで、このままだ」

「お願いですから、もう勘弁してください……!」


 部屋の中に、ミーチェの悲鳴のような叫び声が響いた。

 


 キチューゼルは今日も平和であった。

 心から。

これで本当に完結です!

本編で回収できなかったネタあれこれを思い切り詰めた番外編でした。


「狼王女」は、「大きな狼の強さに惚れたお姫様が幸せになる話が書きたいな!」と書き始めた作品でした。

見た目じゃなく、中身に惚れていて欲しい……そうやってキャラ作りをしたら、ヒロインはなぜかただのモフモフフェチに(´・ω・`) おかしい……

ま、途中展開に悩んだところもありましたが、ノリだけのお話と割り切って書いたので、本編から楽しく書くことができました!

皆様の応援のお陰です。ブクマとかポイントとか、あとプレビューとか、目に見える数字の動きにとても励まされました。感想書くのって勇気いると思いますが、こんな応援の仕方でわたしは十分な人間ですからご安心ください。

本当にありがとうございました。感謝感謝です!(*´ω`*)


あと、別作品「押しかけ守護竜は嘘をつきませんでした」(短編)も気が向いたらご覧ください。

同じ大陸の黒の国が舞台のお話です。

「狼王女」の数百年前、黒の貴竜と黒の国のお姫様の出会い。

ぶっちゃけ、恋愛を主題にしたただのコメディーです(笑)

関連作品ということでご紹介させていただきました。



「ヒロインと悪役令嬢の親友の敗因」はまだ連載が続きます。こちらも見ていただいてる方は、引き続き応援していただけたらとても嬉しいです。

頑張ります!

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