Ep01:業と言うけど実は課題って感じ
働き始めて4年と半年ほど。死の宣告が俺にも遣ってきた。
「悪いけど、会社の再編でウチの部署からもどーしても一人、派遣さん切らなきゃいけないんだ。ごめんねぇ」
「いえ……覚悟はしてました。多分、自分が一番可能性ありそうだなぁって……」
人の良さそうな初老の男性……課長が、俺に申し訳なさそうに言う。
俺は派遣もとの会社から既に宣告を受けていたし、そもそも他の派遣さん達と自分を見比べた場合の重要度の差を理解していたので、非常に残念に思う気持ちがあるものの、諦めてその宣告を受け入れた。
俺の経歴は良くあるモノのひとつで、商業高校の情報科を卒業後、そっち系の短大に入り、そして教師に勧められた会社の面接を受けて、そのまま会社入りした。
学力はそれほど高くも無く、プログラミングが少しは出来るかな?程度。資格試験は役立つモノは特に無く、強いて言うなら中学の時に英検3級取ったなぁとか、マニュアルの車の免許を持ってる位だ。
会社入りしてからは、初年度でウツっぽくなったりしたが、それでも頑張って仕事を続けた。
勤務態度はそこそこに真面目……大きな失敗は無く、時々ボンミスやらかすぐらいで可もなく不可もなく、他の人の手伝いであっちやったりこっちやったりと言う感じで立ち回っていた。
他の人が専門的に業務をやってる中で、だ。
(コウモリみたいなもんだよなぁ……評価はされてたけど、切られやすい位置だったわけだよ、本当に)
派遣先の人にそれなりに惜しまれながらも、お別れ会と言う名の宴会をして貰った。
どうやら、俺は派遣先では手の掛かる息子、或いは弟的な立場だったらしい。
自覚させられると微妙だが、みんなが良い人だったので悪い気はしなかった。
その後、入社以来、景気の悪化と共に傾き続けた会社が、リーマンショックで更に傾き、打ち出したその場凌ぎの対策で新しい案件には入れるまでは自宅待機、その後一ヶ月ダメだったら「会社都合」で解雇という政策のお陰でおれは見事にプー太郎になった。
「はぁ……どうしたもんかなぁ」
世間はクリスマスで浮かれる中、どうしても憂鬱な気持ちになる。
と、いうのも他でもない。自身のやりたい事、目標が見つからないのだ。
昔はゲーム会社に入ってゲーム作りたいなー、なんて夢を持っていたが、現実を直視するにあたり自身の能力の低さから今の能力ではダメだと思わされた。
働き始めて、夢は所詮夢になって、そして夢や目標が何時の間にか無くなってしまった。
そうなってくると、理由もないのだが学生時代に恋愛の一つもしようとしなかった自分が何故か恨めしくなる。
(恋愛のフラグ自体はどっかに散乱してた筈なんだよなぁ……女子と話す機会、それなりに多かったし)
自分が恋愛に鈍磨だと言う自覚はあったが、いざ振り返ると惜しい事ばかりしてきたものだった。
いっそ、人生のやり直しが出来れば等と思いたくなる。
ゲームと違って、やり直せないのが人生ではあるが。
「さて、何時までもウツってても仕方ない。早く仕事探さないとな」
目標も夢も実力ないが、現実は非情だ。
仕事も金もない奴が、この日本で生きると言うのなら残された道はホームレスか親の脛かじりのニートだ。
現在の俺はニート……ではなくフリーターだ。
親父の伝手でバイトを紹介して貰い、そこで配達のバイトをしつつ就職活動中だ。
既に無職の期間が3ヶ月になるのが精神的にかなりキツイ。
もっとも、流される様な人生ばかりの俺だったが故に、能動的に自分で考えて動くというのがかなりの労力であり、苦悩であるのは言うまでも無かった。
「どっかに良い話ないかなぁ」
そんな風に思いながら横断歩道を渡っていると、突然景色がぶっ飛んだ。
わけもわからないまま、体の右側に力が入らなくなり、頭が路面にぶつかり嫌な音が頭と首にした。
とりあえず、俺が最期に思ったのは横断歩道の信号は青で、どーしてこうなった、と言う事と、四半世紀も生きてきて、結局親孝行全然出来てねーなぁという事と、色々相談に乗って貰った親友達に申し訳ないなぁという事だけだった。
弟の事は特に思い出さなかった。
次に気が付くと、俺はどんぶらこ、どんぶらこと水面を渡る小船の上にいた。
釣り人っぽい人がオールを使って小船を操っているようだ。
「おや、起きたのかボーズ」
「え?あ……おはようございます」
「あぁ、おはよう。だがもう少し寝てて良いぞ。向こう岸まではまだ時間がかかる」
釣り人はそう言ってオールを漕ぎ続ける。
「向こう岸?」
「あぁ、その面はわかってないな?お前さんは死んだよ。大型トラックに轢かれて頭蓋骨陥没で脳挫傷の上に首の骨が折れて即死だ。そして今、三途の川を渡っていると言うわけだ。現世からあの世に向かってな」
「……あぁ、やっぱ俺死んだのか」
「アレで奇跡的に生きてたとしても、植物状態確定か全身麻痺だな」
「……はぁ」
釣り人、もとい三途の渡し守の言葉に思わず涙目でため息をついてしまう。
それから暫く、三途の渡し守が雑談してくれた。
テンションがだだ下がりだった俺はそれのお陰で僅かではあるが気力を持ち直し、開き直って雑談に興じることが出来た。
なんでも、ここ数年は精神的に病んでる奴やDQNな死者が多かったり、或いは自分のように不慮の死を遂げる奴が多いらしい。
ぶっちゃければDQNが加害者のケースが多く、後者の不慮の死はそれの被害者か、本当に運が悪かった人のようだ。
ちなみに、俺は運が悪かった人の方のようだ。
うーん、悪運だけは強いと思ってたんだけどなぁ……って、事故死してるなら運は悪い方か。
そんな感じで話していると、渡し守が色々教えてくれた。
どうやら三途の川を渡りきると即座に閻魔様の前に連れて行かれ、そこで判決が下されるらしい。
判決と言うのは生来ていた頃の行動から、俺に下すべき『罰』を与えるらしい。
「罰、かぁ……」
「何、余り重く考えるな。要はお前が直すべき所を閻魔様が指摘して、ソレを直す為の業を下されるのさ」
「え、そうなの?」
「そうなんだ。んで、ある程度の成果を出せれば輪廻転生を行い、また何かに生まれ変わるってわけだ」
「なるほど」
「ちなみに与えられた業に失敗しても輪廻転生は出来るけど、転生時の種族がランダムになる。ミジンコとかアメーバのケースもあるし、ミトコンドリアってのもあったな」
「……せめて哺乳類が良いな、マジで」
そうこう話ていると、何時の間に川を渡りきり、閻魔様の前へ。
閻魔さまはバリバリのキャリアウーマン風の凛々しい女性だった。
「私がお前の住んでいた地域担当閻魔だ。うん?あまり驚かないんだな?まぁ良い。さて、お前の経歴は確認させて貰った。……細かい話は長くなるから省略する。ぶっちゃければお前は25年の人生において受身の姿勢ばかりが目立つな、そんな事ではどんな生き物になったとしても長くは生きられまい。よって、お前に下す業は『主体的に動くようになる事』だ。細かい事は案内の鬼に聞け。次に会うのは業が終わった時だ。では、お前が業をモノにできる事を期待する」
閻魔様は一方的にそう言って退室を促した。
すげぇ、口を開いたらそのまま最後まで突っ走ったよ。
その後、案内の鬼…というか角の生えた普通の人っぽいお兄さんに案内されて小会議室へ。
「さて、閻魔様から貴方が履行すべき業に関しては聞かされたと思いますが、ここでは細かい事を説明させて貰います」
そう言って鬼は説明を始める。
先ず、業はあくまで目標であり、取り合えず失敗しても構わない。
ただし、失敗すれば来世において転生する際に何に転生するかがランダムになってしまう。
成功した場合は来世において好きな種族に転生できる上、多少のボーナスが付く、と言うこと。
ボーナスの例は、人よりも運が良くなる、病気に掛かり辛くなる、頭が良くなる、運動が出来るようになる、美人になる、等だ。
次に説明されたのは業を達成するために行くべき場所だ。
行く場所は完全な異世界で、元の世界とは別の世界であり、元の正解を上位においた下位の世界への転生だと言うことだ。
ただ、下位の世界は言ってみれば人々の妄想で作られた世界であり、空想の場所なので、空想そのままの能力を用いることが出来ると言う。
勿論、そんな異世界に着の身着のまま送って即座に死なれても意味がないので、目標を達成するか、完全に諦めてしまうまで不老不死になる、と言うことだった。
そこでの行いもまた閻魔様によって評価される事になるらしい。
「まぁ、あなたの場合は『自らが為すべき事を見つけ、それを達成する事』が重要ですね。後は、向こうで何をなしたかが評価ポイントとなります。異世界に行く際には不老不死に加え、一人一つの特殊能力も与えられます」
「特殊能力?何かできるようになるんですか???」
「人によって違うのであれですが、まーマンガやゲームの特殊能力みたいなモノだとお思いください」
「へー…まぁ、つまらない能力じゃない事を祈りたいな」
「では、そろそろ時間です。後ろのドアをくぐれば異世界です。それでは、貴方が異世界で業を達成できる事を祈ります」
「ありがとう」
そうして俺は異世界への扉をくぐった。