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里帰りと面倒事

 楼蘭は暗黒紫水がいるといわれている場所、大羅国跡地へと向かった。実は大羅国は神を二人も輩出した素晴らしい国であり、神の加護を受け、今も長く安泰して存在してもおかしくない。しかし隣国である瑛嶺国との戦で敗れ、滅んでしまった。大羅国はこの世界で最も栄えていた国であった。そのため滅んだ今でも知っているものは多い。それもそのはず、神を育て上げられるほどの財と知が集結した国であり、兄である蔣蘭が人界に落とされる前は空前絶後の繁栄を治めた国であった。いずれ兄が神となり国として安泰になった頃、兄が人界に落とされたという知らせが入った。大羅国の繁栄は実は人だけの力ではなく、神の加護によるものも大きかった。最も栄えた国に加護を与えることで、人民からの多大な信仰を貰う。だからこそ大羅国は大きく栄えたのである。しかし大罪を犯した神を輩出した国、当然どの神も加護を与える気が起きず、大羅国の力はすぐに弱くなってしまった。そこで勝機を見た隣国、瑛嶺国に攻め入られ、まさかの大敗してしまう。それは世界に大きな衝撃を与えた。歴代で最も栄えた国が破れてしまった。そしてどの国も大羅国の負けを確信していた時、大羅国が勝利したという知らせが入った。それは楼蘭引きいる大羅国軍が瑛嶺国に奪われた領土を取り返したという知らせである。そしてそれから一年間で楼蘭は奪われた領土のほとんどを瑛嶺国から取り返し、神として天界に昇った。天界に昇ってすぐ、楼蘭は祖国に加護を与えようとしたが、兄の二の舞を踏まないようにと政隴大君が大羅国への加護を全面的に禁止した。大羅国は楼蘭のおかげで復興を遂げたのに楼蘭を取り上げられるどころか、加護すら貰えなくなってしまった。大羅国はすぐに弱り、なすすべもなく隣国の瑛嶺国に負けてしまった。


 楼蘭は人間として生きた人生を懐かしみながら祖国への帰路についた。兄上はどうしているだろうか、と楼蘭は思った。実は楼蘭の兄である蔣蘭は人界に落とされてから行方不明となっている。人界に一度落ちたとはいえ元神だ。寿命などはなく、少しのことでは死ぬことはないと思う。何より唯一の肉親に連絡をしないような人ではない。なのになぜ、兄は失踪してしまったのだろうか。神である自分に合わせる顔がないのだろうか、と考えていた。しかし実際のことはわからない。暗い顔をしながら歩いている楼蘭を心配してか、今回の事件解決のために派遣された武官の筝尉が話しかけた。

「大丈夫ですか、大羅殿下。お疲れでしたら近くの茶屋で休んでいきましょう。」

すると楼蘭の答えを待たずして同じく事件解決のために派遣された武官の煉稟が反論した。

「こんなことで殿下が疲れるはずないだろ、要らぬおせっかいを焼くなんて主人とそっくりではないか。」

煉稟が皮肉をたっぷり込めて言うので筝尉が怒って反論した。

「今仕えている主を心配して何が悪い。俺はお前のような天邪鬼ではないからな、主人を堂々とお助けする。お前にはできないだろうがな。」

それは売り言葉に買い言葉で喧嘩が始まる合図だった。二人はとても聞かせられないような言葉を使い、喧嘩をし始めたので楼蘭は止めに入らざるをえなかった。

「大丈夫だよ、私は疲れてない。ただここは私の故郷に近くてね。すこし兄のことを思い出していたんだ。さあ早く行こうか。私はこう見えても武神だから体力はあるんだよ?」

その言葉を聞くと二人とも急に顔を見合わせ、気まずそうに黙りこくってしまった。もしかして若者の鹸化には口を出さないほうがいいのか、と楼蘭は思った。足を進めて半刻が過ぎた頃、いよいよ暗黒紫水がいるといわれる場所についた。そこはもともと大羅王族が住んでいた城の跡地であり、建物が崩れかけていたものの形として残っていた。楼蘭は加護を与えることが禁止されてから民に合わせる顔がなく、一度も里帰りをしてなかったのでこのような状態になっているということは知らなかった。

「まだ、残ってたんだ。」

楼蘭はそう呟いた。そういうしかなかった。祖国を捨てた自分がこの城を懐かしんではいけないと思うが、懐かしさがこみ上げてきて口にしてしまった。楼蘭はそのまま城の中へと足を進めた。足場がところどころ崩れており、上の階には行けなかったため、まずは一階を見て回ることにした。一階の中心には大きな玉座の間があり、そこから美しい中庭に続いていた。また軍の鍛錬場がはずれにあり、その隣には兄専用の修練場があった。楼蘭は玉座に入り、感情がこみ上げてきた。そこは楼蘭が父と母を最後に見た場であったからだ。厳格な父が玉座に座り、その隣には優しい眼差しの母が微笑んでいる。彼女が最後に見た両親の姿はそんな姿だった。彼女は自嘲気味に笑いながら言った。

「だから、帰るのは嫌だったんだよな。」

涙を流そうにもあれから三百年も経ち枯れ果ててしまった。そんな彼女の暗い顔を見た二人の武官、筝尉と煉稟はなぜか焦りながら楼蘭に声をかけた。

「そういえば、この先に大羅太子の修練場があったはずです。暗黒紫水が隠れるとしたらそこは最適な場所ではないかと。」

楼蘭はそう言われてようやく任を思い出した。しかしどうして彼らがこの城に兄の修練場があることを知っているのだろうか、と疑問に思ったが聞かないことにした。楼蘭一行は玉座の間を通り抜け、兄の修練場にたどり着いた。扉を開けようと手をかけると、何かとてつもない気配を感じた。それは筝尉、煉稟も同じだったようで二人とも剣に手をかけている。楼蘭は指示があるまで手を出さないこと、と二人に念を強く押し、深呼吸をして一気に扉を開いた。

「わ、だれですか?」

そこには腑抜けた顔の少年が立っていた。赤い質素だがきれいな服を着た黒い髪をなびかせた、美しい少年だった。三人はこんな少年がいるとは思っておらずこちらもまた腑抜けた顔になってしまった。

「君は、いったい、どうしてここにいるんだい?」

しばらく互いに見つめ合った後、楼蘭はようやく言葉が出てきた。

「ご、ごめんなさい。その僕は行く当てがなくて、たまたまここに迷い込んだんです。そしたら立派な城があったからしばらくここで過ごしていて。」

どうやら彼は浮浪者だったらしい。確かにここは崩れかけとはいえ雨、風防げる立派な建物だ。浮浪者にとっては天国のような場所だろう。しかし筝尉が少年に向かって口を開く。

「そんなこと信じられるか。ここからはとてつもない気配がしたんだぞ。もしかしてお前じゃないのか?」

そういったところで楼蘭はわざと大きく咳ばらいをし、筝尉をにらんだ。これ以上はしゃべるな、と。筝尉の言う通り、彼が暗黒紫水である可能性はぬぐい切れない。神の目をもってしてもかれはただの人間にしか見えず、先ほどの気配はどこかに消えてしまった。しかし鬼は人間に化けるすべを持っている。これは高度な技なので粗が出やすいがぱっと見でその粗は見つけられない。そのためもっとじっくり見て粗を見つけたいという筝尉の意見もよくわからる。だが我々は表立ってそれはできない。我々は神であることがばれてはいけない。少し武の心得がある普通の人間だ。つまりとてつもない気配というのは感じられないのだ。筝尉の言葉を濁すように楼蘭が言った。

「ここは君が住んでいたのか。それは申し訳ない。我々はここに迷い込んだ仲間を探しているんだ。よければ君も我々の仲間探しを手伝ってくれないか。君のほうがここの構造に詳しそうだ。」

そういうと煉稟が楼蘭の肩をたたき囁くようにこう言った。

「彼を信じて大丈夫なのですか?まだ暗黒紫水である可能性がぬぐい切れてませんが。」

「だからだよ、我々がばれずに暗黒紫水かどうかを探るには彼とともに行動することが一番でしょう。」

楼蘭は彼を疑っている二人をそうなだめて少年に話しかけた。

「そういえば君はなんていう名前なんだい?私は楼蘭。隣の彼らは右から筝尉、煉稟だよ。」

「僕は奔朗。それより姉さんが探している人はここにはいないかも。僕は半年前からここにいるけど誰かほかの人が来たことはなかったよ。」

少年、奔朗はそう答えた。

「そっか、教えてくれてありがとう。そうだ、お礼にこの札を上げるよ。私は修練を積んでいてそれなりに効果があると思うんだ。ここは人気もなくて鬼も入りやすいと思うから持っといて。」

そう言って楼蘭は札を渡す。これは触れると鬼の術を解く札であり、楼蘭が直接作ったものだ。つまり神の作った札をもって術が説かれない鬼はいないということだ。楼蘭の意図に気付いた筝尉と煉稟が息を抜見ながら奔朗が札を持つのを見守っている。すると奔朗は札を手に取りこういった。

「うん、よくできた札だ。ありがとう、姉さん。」

札を持った奔朗の姿に変わりはない。つまり彼は鬼ではなかった。楼蘭は鬼ではなかったことに安心したとともに、また暗黒紫水探しが振出しに戻ったと落ち込んだ。息をのんで見守った二人も奔朗が鬼ではないと分かってがっくし来たらしい。

「はあ、なんだ。緊張させやがって。」

筝尉がそう呟いたことを奔朗は怪訝に思ったのか

「なんか、僕がみんなの期待を裏切ったようで申し訳ないな。」

といった。その言葉に煉稟は、また余計なことを言うんじゃない、という強い眼差しで筝尉をにらみつけ、楼蘭はまあまあと二人をなだめた。

「じゃあ奔朗、邪魔して悪かったね。本当に鬼には気を付けてね。」

楼蘭はそう言ってこの城を出ようとした。しかし奔朗が、待って、と楼蘭を止めた。

「僕、今思い出したんだけど、半年前ここに来た男の人がいて、その人がいつか人が来たらこれを渡して、て言ってたものがあって。」

楼蘭は怪訝に思った。半年前は暗黒紫水の居場所がまだ捕捉できていたころなので直接的には関係がない。しかし我々が半年後ここに来ることを知っているのも暗黒紫水である可能性が高い。なにか手がかりがあるかもと思い、楼蘭は、見せて、と奔朗に言った。

「そんなもの、見ても意味ないのでは?どうせ道楽好きの放浪者の仕業ですよ。」

二人が口々に言うのを制止し、楼蘭は奔朗の近くに寄った。

「これがそのお兄さんが渡してほしいといったものだよ。」

そう言って奔朗が取り出したのは大きな翡翠の耳飾りと手紙であった。それを見た瞬間、三人の目が見開かれた。それは大羅国の職人総出で作らせた兄が成人の儀の時に着けていた耳飾りであった。あまりの美しさに一度見れば忘れない。そんなものを見間違うはずがない。そして楼蘭は手紙に目を通した。


 楼蘭へ

元気にしているか?私は元気にやっているよ。私はある事件を暴いたせいで騙され、人界へとおろされたのだ。事件の詳細は君を危険に巻き込んでしまうから詳しくは言えない。君には申し訳ないことをした。私は人界に降りても事情があって君に会えずにいる。いろいろと君に伝えたいことがあるが、これだけを言っておこう。大害四鬼、百面白皮には気をつけろ。   蔣蘭


そこには兄の名が書いてある、楼蘭あての手紙があった。兄は人間時代、字の名匠に稽古をつけてもらっていたことがあり、その手紙の字は兄のようにとても美しい字であった。間違いない、これは兄からの手紙だ。あれから失踪したと思っていた、あれからずっと待っていた兄からの。楼蘭の枯れ果てたはずの涙が目からこぼれ出した。

「奔朗、これを持ってきた人がどこに行ったか知ってるかい?私はこの人をずっと探していたんだ。」

急に泣き出した楼蘭に筝尉と煉稟はうろたえていた。

「ごめん、居場所まではわからない。でも彼がどんな人だったかはわかる。僕にもその人探しを手伝わせてくれないか。その人最後に僕にこういったんだ。それを見て泣いた人についていくといいってね。」

楼蘭は顔を上げ、奔朗を見て、もちろん、といった。兄は生きている。そしてなぜかこの少年に手がかりを託していった。さらに大害四鬼、百面白皮に気をつけろとはどういう意味なのか。しかしこれを全て暴けばあれだけ待ち焦がれた兄に会えるかもしれない。希望が見えてきた、と楼蘭は思った。

「筝尉、煉稟。私は今から兄を探す旅に出る。手伝ってくれるかい?」

楼蘭は美しい笑顔で二人にそう言った。

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