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前途洋洋、前へと進む

 この世には伝説という逸話がかなり残っている。その中でもこの世界を作ったとされる創造神「羊蹄大君」の話は有名だ。しかしここで語られる伝説とはそのような素晴らしい伝説ではない。最も素晴らしくない伝説、「大羅太子」の話である。

 古代中国、世界が想像されて間もなく、まだ人界と天界の区別があいまいだったころ、人界で伝説を残し、他の人間から敬われる人間が神となり天界へと昇った。そして今から三百年前、齢十八で天界へと昇った男がいた。その名も蔣蘭、大羅国の太子だった男だ。その才能からたった一夜で千の鬼を排し、人民にあがめられ武神となった。それだけを聞けば素晴らしい人物でとてもそのような「伝説」に残るような人物に思えない。しかし彼が伝説に残るのはこれからである。神になり、わずか一年で大罪を犯し、天界を統べる神「政隴大君」の怒りを買い、神でありながら人界へ落されてしまった。以降、彼は才能をどぶに捨て、目先の利益から罪を犯した残念な神として語り継がれるようになった。なぜ、私がこのような神の話に詳しいかって?それはその残念な神「大羅太子」は私の兄だからである。


 この世界には神が天界をまとめ、人間の生きる人界に施しを与えるのが常であった。また神の中にも序列があり、天界のトップ、神を統べる神は大君と呼ばれる。神にもいろいろと能力があるが多くは武の力に長けた武神と知の力に長けた文神に分けられる。今の大君が武神であることもあり、人民から敬われるのは武神のほうが多く、そのため武神が大きな力を持っている。当たり前ではあるが武神には男の神が多く、そのため高い序列を持った神はほとんど男である。しかし女として唯一武神となり天界へ上った者がいた。その名も楼蘭、かつて世界で最も栄えたと言われる国、大羅国の王の娘である。つまり彼女は大羅国の王女であるため、皆彼女を大羅殿下と呼ぶ。彼女は当時、瑛零国と戦をしていた大羅国の軍を率いて大敗だった戦いを大羅国の勝利まで導いた。その軍配の才に加え、彼女自身の武の才が評価され、彼女は齢十九で天界へと昇った。彼女は年若くして神になった栄光と神になった後もその軍配の才を発揮し、順調に人界の信徒を増やし、今や女神で一番の地位を築いていた。

「大羅殿下、そろそろ天界録のお時間です。」

楼蘭の部下でありそうな神が彼女に声をかける。

「わかったわ。ありがとう。はあ、月に一度の苦痛の話し合いに行きましょう」

彼女は部下にそう声をかけ、天界での自分の宮、楼蘭宮を後にした。


「政隴大君のおなり」

大きな声とともに壮大な音楽が流れ、天女のような恰好をした文神が優雅に舞踊を舞う。どうやら大君がお越しになるらしい。珍しいな、と同時に何か厄介ごとが降ってきたのだろうと楼蘭は思った。そもそもこの天界録は人界で起こったことを天界の神々と共有する場である。そのため天界に三百といる神が天界の中心、大君宮に一堂に集まる会だ。基本的に神の参加は自由であるが、序列二十位以上の神はその影響力の大きさもあり、参加が必須である。しかし一番の力を持っている大君はその多忙さもあり不参加なことも多々ある。しかしその大君が参加するということはよほどの面倒ごとがあるのだ、と考えるのが自然である。

「みんな、集まってくれてありがとう。私がなかなか出席できない中、集まってくれてとても感謝しているよ。」

大君が口を開くだけで会場全体がざわめく。それもそのはずだ。下位の神が大君を見るのはこの機会しかないが、その大君がなかなか出席しないのだ。

「今回、皆に集まってもらったのはほかでもない、大害四鬼の一鬼、暗黒紫水についてだ。嶺文、詳細を頼む。」

大君はそう言って文神のトップ、嶺文にまとめさせた内容を話させた。

「皆さんもご存じの通り、人の魂が怨念や後悔に飲まれることによって生まれる鬼、その中でも上位四鬼に位置する大害四鬼のうちの一鬼、暗黒紫水の居場所がつかめなくなりました。大害四鬼はその凶悪さ故、殺すことが難しい。そのため天界で居場所を管理していましたが、昨日から暗黒紫水の行方が不明になりました。そのため天界から暗黒紫水の居場所を見つける任をどなたかに任せようかと思っています。」

嶺文が口を開くと会場内がさらにどよめきに包まれた。

「おい、いったい誰が行くんだ?」「そんな命知らずな任、いくら大君の頼みとはいえ誰もやりたくはないだろう」

憶測や怯えが会場内を飛び交う。そんな混沌の中、大君が一度大きく手をたたく。その澄んだ清涼な音に会場がまた静けさに包まれる。

「今回の任はなにも暗黒紫水を倒すことが目的ではない。居場所を見つけるだけだ。だから暗黒紫水に早くも決闘を申し込んでしまうような者は向かない。かといって文神には危険すぎる仕事だ。だからもう、適任者を決めてある。」

その言葉と同時になぜか大君は楼蘭のほうを向く。なぜだろう、なぜこちらを向くのか、楼蘭は冷や汗が出るがなんとその予感は当たってしまった。

「楼蘭、私は君が適任だと思うが君はどう思う?」

その瞬間、皆の視線がこちらに向く。やはり、このような面戸事を持ってくるとは。楼蘭は今すぐ神という座を投げ出したくなった。だから天界録は嫌いなのだ、と楼蘭は思った。

 楼蘭は天界録が終わりそそくさと自分の宮に帰ろうと思った。帰ろう、さあ帰ろう。そして申し訳ないが大君には忙しく私にはできそうにないという文を送ろう。そしてしばらく一年くらいは宮に閉じこもっていよう。楼蘭はこの天界録の終わりの礼の後すぐに外に出れるようひそかに扉の前を陣取っていたがそれはあるものによってはばかられてしまった。

「これは殿下、お久しぶりです。その、あなた様の兄上にあのようなことがあってから合わせる顔がなく、文はお送りしていたものの殿下はどこにいるか消息がつかめないことが多々ありましたから挨拶が出来ず申し訳ございません。」

そう大声で挨拶したのは西の武神、西方将軍の憧聯だ。なんと彼の普段の天界録の定位置は扉の前だったとは。楼蘭は彼と顔を合わせないよう天界を過ごしてきたのにこうも簡単に見つかってしまうとは。彼は楼蘭の兄大羅太子の人間時代の臣下であり、兄が天界に上った後も人間のみでありながら神を補佐する武官として兄とともに天界へ上った人物の一人である。兄の失脚とともに一度人家に戻ったが十年後、西を守る将軍として評価され神となり天界へ戻ってきていたのだ。ではなぜ楼蘭が彼を避けていたかというと理由は単純明快、気まずいからである。兄の犯した大罪とは大罪が故にあまり多くは明かされていない。それは臣下である憧聯でも同じこと。つまり彼は自分が知らないうちに自分の主が失脚していたのである。彼がそのことについてどう思っているかはわからないが、兄の人間時代からの臣下だ。つまり楼蘭も人間時代から知っている人物であり、それなりに仲が深かったのである。そして彼がとてつもなく頭の固い、真面目人間であることを楼蘭は知っている。きっと兄の失脚について申し訳なく思っているから、今度は自分を楼蘭の臣下にでもしてくれと泣いてわめくに違いないということは馬鹿でもわかる。そんな面倒事に巻き込まれるのはごめんだと思い、楼蘭は彼が天界に上ってきてからの二百五十年余り、彼を避けてきた。しかしこうも大声で今ここで声をかけられれば彼のめんどくさい思い出話に付き合わなければならないどころか、大君に頼まれそうな面倒事まで引き受けてしまうことになる。とりあえずここを逃げることが優先だと思った楼蘭はなんとか憧聯を落ち着かせ、憧聯に話をする。

「西方将軍、お久しぶりですね。そのいろいろとありましたし、積もる話もあると思うのですが、私はどうやら今すぐ宮に帰らなければならないようです。私の用事がかたずいてからまた私の宮にご招待しますので、今はこれで失礼してもよろしいでしょうか。」

「そんな、敬語など使わず、昔のように私のことは憧聯とお呼びください。待ちます、私、いつまでも待ちますから、どうか私を避けないでください。」

楼蘭は久しぶりだったこともあり、気まずさで初対面のような敬語を使ったがそれは悪手だったらしい。憧聯はさらに大声でわめいてしまった。

「憧聯、どうか静かに。わかった、わかったから。一週間以内にあなたと会うから、どうか静かにしてくれ。」

楼蘭は憧聯に向かって懇願するように言った。それは小さな声であり、周りの神にいくら聞こえなくても憧聯が大声を出してしまった以上、扉の前で騒ぎがあったことは一目瞭然だ。そしてそれは物事をあまりにも最悪な方向に進ませてしまった。

「楼蘭、天界録は終わったのにまだ話したりないのか?まあ、私も先ほど君に頼んだ暗黒紫水についての任の詳細を話したかったところだ。」

そう声をかけたのは大君だ。その声は大君宮に響き渡っていた。それもそのはず、楼蘭が憧聯とひと悶着している間にとっくに天界録は終わっており、扉の前で騒ぎを起こすので皆、裏手から退出していたのである。つまりここには大君と楼蘭、憧聯と物好きな神、数人しかいなかったのである。楼蘭は憧聯都の面倒事を一週間以内に引き受ける約束をし、大君の面倒事も引き受けることとなってしまったのである。

「た、大君、どうかお手柔らかにお願いします。」

それは悪手を引き続けてしまった楼蘭の最後の懇願であった。


 大君は楼蘭に地図を見せながら説明する。

「先ほども言ったように暗黒紫水の居場所が分からなくなった。彼がこちらの居場所捕捉の術を解いてしまったのか、それとも彼自身に何かあったのか、それはわからない。だが彼の実力から、後者は考えにくい。まあとにかく、君には彼を見つけ出してほしい。もちろんただ見つけるだけでよい。彼を倒そうなんて思わなくてよい。見つけたら天界に戻りすぐに報告を。彼の居場所は占いによってあらかた目星がついている。それがここだ。」

大君は持っていた地図に筆で印をつける。大君が印をつけた場所は楼蘭にとってなじみ深い場所であった。

「ここは、かつての大羅国では?」

楼蘭は大君に聞いた。

「そうだ、君にならここの土地勘があるのではないかと思ってな。暗黒紫水を見つける任では奴に神と悟られてはならない。つまり神の力や術は使えないのだ。武相の方法が術に頼りきっている文神には頼めない仕事なのだ。ある程度武術の心得があり、なおかつ彼にばれないような行動ができる頭の良さを持っている神。つまり君にしか頼めない。できるか?」

大君は優しい眼差しで楼蘭を見つめた。楼蘭は最初はこの面倒事を断ろうと思っていたが、楼蘭とて心がないわけではない。尊敬する神のトップにこうもお願いされては断ることもできない。

「わかりました、楼蘭、謹んでお受けいたします。」

楼蘭は泣きそうになりながらもそういった。すると大君は嬉しそうに口を開いた。

「そうかそうか。よかった。では補佐の官をつけよう。誰がいいか、君の補佐は確か文官だったろう。この機に新しく武官の補佐をつけるのはどうだ?」

「手伝いの武官は私が決めますから大丈夫ですよ、大君。では私はすぐに暗黒紫水を見つける任に出かけてきます。」

そう言って新たな面倒事に巻き込まれないようそそくさと大君宮を出て行った。そして自分の宮に手紙を置きに行く。それは楼蘭の補佐をしてくれている文官、鄭瑯に向けたものだ。内容は面倒事を引き受けてしまい、いつ帰れるかわからない。その間の業務はすべて君に任せる、というなんとも他責なものだった。ため息をつきながら自分の宮に戻ると見知らぬ武官が二人立っていた。一人は高い位置で髪をまとめた凛々しい顔をした筋骨隆々な少年、もう一人は低い位置で編み込んだ髪を持つ中性的な顔をした少年だ。少年は恰好から文官に見間違われそうだが体つきが武官のそれであった。楼蘭は見知らぬ客人に恐る恐る話しかけた。

「その、君たちは私の宮に何か用があるのかな。」

すると少年たちは手を合わせ礼儀正しく挨拶をした。そして筋骨隆々な少年が先に口を開く。

「私は西方将軍に仕える武官、筝尉です。西方将軍の命により、此度の任の補佐を任されました。」

憧聯め、面倒なものをよこしやがった。楼蘭はそう思った。そしてもう一人の武官にも目をやる。

「私は南西将軍に仕える武官、煉稟です。私も南西将軍の命によりあなたの補佐を任されました。」

南西将軍、慎靱のことか、と思った。慎靱とは楼蘭の兄、大羅太子に人間時代から仕えていた臣下の一人である。詳細は憧聯と同じだが、彼は憧聯よりも天邪鬼な性格をしている。どちらにしても楼蘭が人間時代から知っている者からの贈り物ということだ。なんて面倒なことをしてくれたんだ、二人とも、と楼蘭は思った。せっかく大君の武官派遣の打診を断ってきたのに結局は武官がついてきてしまった。ここでもまた断ったりして大君の耳にこのことが入れば今度こそ自分の補佐に武官をつけなければならなくなる。

「二人とも、よろしくね。君たちの主人とはまあまあ既知の仲なんだけど一応自己紹介すると大羅国の王族の娘、武神の楼蘭だよ。よろしくね。」

楼蘭は二人ににこやかに笑いながらも、内心面倒事を起こす人材でないことを願っていた。まあ、こんなところで願っていても仕方がない。楼蘭は兄の口癖を思い出していた。

「前途洋洋、進んでいけばきっと道が開けるさ。」

それはいわゆる未来への懇願だった。


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