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 戦艦クレイディアの中層階、清潔な白に包まれた医療区画。

 そこは、常に多忙を極めるドクターの聖域であり、同時にアルシノエにとって最も落ち着く家のような場所。

 微かな薬草の香りと消毒液の匂いが混ざり合い、本来なら病を連想させるその空気も、アルシノエにとっては安らぎの合図だ。

 無機質な機械音から切り離されたこの場所は、いつだって潮騒のように静かで、世界で一番安心できた。


 ここには、ドクターがいる。


「はい、アルシノエ。少しだけじっとしていてね。聖律回路のチェックをしましょう」


 ドクターの穏やかな声が、耳に心地よく響く。

 アルシノエは診察台の上で、ドクターの金色の髪が揺れるのをじっと見つめていた。

 機器を操作する為に俯いた横顔のその睫毛の揺れも、耳にかけられた金色の束も、幼い少女にとってはいつか辿り着きたい光そのものだった。


「……ねえ、ドクター」


 アルシノエが、白衣の裾を指先で小さく摘まんだ。


「アルシノエも、ドクターみたいに、きれいになれる?」


 精密スキャナーを操作していたドクターの手が止まる。

 彼女は機器を置くより先に、アルシノエの目にかかった銀髪をそっと指先で払った。


「ふふ、アルシノエは今でも、こんなに可愛いでしょう?」


 頬を包み込むドクターの手は、機械の冷たさとは対照的に、驚くほど温かい。


「私なんて、ずっとこの部屋に籠もってお堅い仕事をしている女ですよ?」

「ううん、ドクターはいちばん優しいもん。……アルシノエ、大きくなったら、おくすり作るの手伝うの」

「あら、それは心強いですね」

「だってドクターが大好きなんだもん!」


 抱き着いてきた小さな身体を抱き締め、ドクターはただ、愛おしそうにその小さな頭を撫でる。

 アルシノエは、この時間が好きだった。

 誰かに守られるだけじゃなく、ちゃんと“見てもらえている”気がするから。

 母のように慕うドクターの手に身を任せ、アルシノエは思いついたように口を開いた。




─────




 一方、その聖域の自動ドアの外――


「……内部の親密度は極めて高い。我々が干渉する必要性は、文字通り皆無だ」


 リーダーが壁に背を預け、深刻な小声で告げる。


「お前、なーにを報告してんだ。職業軍使が私情で聞き耳立てるんじゃねぇよ」


 パラディンが呆れながら、自分もドアの隙間に視線をねじ込もうとしている。


「静かにしなさい。あの子たちの時間を邪魔するのは、万死に値する野暮だわ」


 ホークアイがたしなめるが、その手にある端末には「親子お揃いコーディネート」のデザイン案が既に10種類は並んでいる。


「…………アルシノエも、姉さんばっかり……」


 エリュシオンは柱の陰で、指先に青い火花を散らしていた。

 パチパチと爆ぜるその光は、いつもより少しだけ強く、そして鋭い。

 無表情を装おうとしても、やり場のない独占欲と寂しさから制御を乱した聖力だけは、その胸に渦巻く感情を隠しきれずにいた。



「あら、皆さん。そこで何をしているんです?」


 突然ドアが開き、ドクターが現れた。


「っ!?  艦内パトロールの一環だ!」

「あ、いや、たまたま、散歩の途中でよぉ!」


 狼狽える仲間たちを、ドクターはすべてお見通しといった様子で見つめた。


「ちょうど良かった。アルシノエが、皆さんに『お礼』をしたいそうですよ」


 アルシノエはドクターに引かれた手をそっと離すと、スカートの端を小さくつまみ、教わったばかりのカーテシーを披露した。

 小さな、不慣れな動作。けれど、そのお辞儀には不思議と人を笑顔にする、ひたむきな丁寧さが宿っていた。


「いつも守ってくれて、ありがとう! リーダー、パラ兄、ホークアイ、リュシくん!」


 少女の真っ直ぐで純粋な感謝と、隣で誇らしげに目を細めるドクター。

 その光景に、四人の戦士たちは言葉を失い、ただ不器用に視線を泳がせた。


「……別に。守るのは、任務だし」


 先に視線を逸らしたエリュシオンの耳が赤くなっていることに気付いたのはパラディンだった。

 からかうように肘で小突くパラディンを煩わしげに振り払い、エリュシオンは片手で顔を覆い隠す。


「……ドクター。君の教育には、一生敵いそうにないな」


 ポツリと漏らしたのは、リーダーだった。


「ま、ドクターは俺たちの良心だからな」


 パラディンも、今度ばかりは軽口を叩かずに深く頷く。


 ドクターはアルシノエの小さな手を握り直し、優しく微笑んでおもむろに口を開いた。


「さあ、みんなで夕食にしましょう。特別なメニューを予約したんですよ」

「あのね! ドクターといっしょにかんがえたの!」


 アルシノエはドクターの手を握ったまま、楽しそうに食堂の方へと走っていく。

 その後ろ姿を、四人の戦士たちはただ、静かに見送った。


 アルシノエの笑顔が、鉄の艦内に幸福の光を灯す。

 最強の部隊を真に束ねているのは、指揮官の号令ではなく、母と娘が育むこの柔らかな絆なのだ。

 四人の戦士たちは、彼女たちの背中を追う自らの足取りが、いつになく軽いことに気づいただろう。

 それはアルシノエの“奇跡”の力か、ただ感謝の言葉に浮足立っているのか。

 ただ、リーダーは小さく息を吐き、自らの足で確かな一歩を踏み出したのだった。

【用語・設定解説】

『アルシノエの力』

 聖力や魔力、電気などエネルギーとして使われるものに同調し増幅させる“共鳴”という力を持つ。

 また、生まれた時から神の寵愛を受けており極めて運が良い。ポーカーをすればロイヤルストレートフラッシュを出し、サイコロを振れば欲しい目が必ず出る。しかしこの運の良さは自在に操作することはできず、また波もある為、どこで運の良さが発揮されるか分からない。

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