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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第十一章〜綴縁の群像録
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仲直り大作戦

✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《探偵視点》




「……喧嘩、した?」


そう尋ねると、アルテは一瞬だけ視線を宙に彷徨わせ――

それから、静かに頷いた。


「……はい……」


短い返事だった。

けれど、その一言に含まれた重さが、胸の奥をきゅっと締めつける。

昨日、私が崖から落ちなければ、あんな事には……。


「そっか……」


すぐには言葉が続かなくて、ほんの少し間を置いてから、私は慎重に口を開いた。


「ごめんね……。

私のせい、だよね」


しかし、その言葉が終わるよりも早く、アルテは慌てたように首を横に振る。


「そんなこと……!

……私の、せいなんです」


俯いたままの彼女の肩は、かすかに震えているように見えて……。

私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。

――代わりに。

アルテは、私があの場を離れた後に起きた事を、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

言葉は多くない。

でも、その一つ一つが重くて……。

聞いているうちに、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。


……あぁ。

私が知らないところで、こんなにも大きな感情がぶつかっていたんだ。

私はただ、アルテの話が途切れないように、静かに耳を傾け続けた。

──そうして……

二人の間に起こった出来事を聞いた後、


「……よし!」


私は、思い切って声を出した。

自分で自分を奮い立たせるように、小さく拳を握りしめて。



「……?」


突然の声に、アルテはきょとん、とした表情でこちらを見る。

少し伏せがちだった視線が、戸惑いと一緒に私へ向いた。

その様子を見て、私はもう迷わず、勢いよく宣言する。


「仲直り大作戦! しよ!」

「…仲直り、大作戦……?」


アルテは、その言葉を確かめるようにゆっくりと繰り返した。

まるで、初めて聞く概念みたいに。

私は何度も、うんうんと頷く。


「そう!だって、このままじゃさ、魔界……リハイトと一緒に行けないでしょ?」

「それは……」


アルテは言葉を詰まらせ、視線を足元へと落とす。


「でも……。

仲直りと言っても……どうすれば……」


その声は、弱々しくて。

本気で悩んでいるのが、痛いほど伝わってくる。


「二人に足りないのってさ、たぶん――

“話し合い”だと思うんだよね」


私は指を一本、立てる。

頭の中を整理するみたいに。


「リハイトは、アルテと違って心が視れない。

だからこそ、ちゃんと言葉で伝えないと、ダメだと思う」


そして、もう一本。


「アルテは言葉が足りないし、一人で溜め込みすぎ」

「う"……」


これは図星だったらしく、アルテが小さく唸る。

視線がさらに下がって、長い前髪が表情を少し隠した。


「で、リハイトはリハイトで……仲間の事になると、冷静さが薄れちゃうって言うか……なんて言うか……」


私は少しだけ考えて、言葉を探すのを諦める。


「……とにかく!

二人とも、コミュニケーションが足りてない!」


するとアルテは俯いたまま、小さく呟いた。


「でも……私、師匠にあんな事をしてしまったのに……。

仲直り、なんて……できるでしょうか……」


その声は、不安で揺れている。


「悪気はなかったんでしょ?」


でも私は即答した。

迷う余地なんて、ない。


「アルテはただ、リハイトの心を、少しでも楽にしたかったんだよね?」

「…はい……。

でも……結果的に、傷つけてしまいました」


震える指先が、ぎゅっと握られる。


「ちゃんと謝れば、大丈夫だって!

仲直りなんて、小っちゃい子供でもできる事なんだから!」

「…子供にも、できる事……」


アルテはその言葉を、噛みしめるみたいに小さく繰り返した。

心なしか……ほんの少しだけ、表情が和らいだ気がする。


「……ねぇ。

皆って、喧嘩とか、しないの?」


ふと思いついて、私は聞いた。


「はい……。

師匠とは……した事、ないです。

……一度も」


すると、アルテは首を横に振る。

それがどれだけ大切に築かれてきた関係なのか、逆に伝わってきて、胸がちくりとした。


「……じゃあ、初めての喧嘩なんだね」

「…はい……。

だからこそ、不安で……」


少し恥ずかしそうに、でも否定せず、彼女は頷く。


「無問題!!

喧嘩するほど何とやら!だよ!」


私は軽く拳を握る。

自分にも言い聞かせるみたいに。


「寧ろラッキーなぐらいだよ!

これで二人は、もっと仲良しになれるね!」


「……仲直り、できれば……ですけど」

「できるって!」


「……頑張ります」


まだ不安は消えないけど、それでも逃げない。

…そんな意志が伝わってくる声で、アルテはそう言った。


「偉いッ!」


彼女が少しでも前向きになってくれたのが嬉しくて、私は思わず親指を立てた。




✿ ✿ ✿ ✿




──数分後、

私達は厨房に立っていた。


「翠山と言えばさ~!

やっぱり、美味しい料理だよね!」


翠山は食文化が豊かで、なんでも美味しい。

香辛料の香り、乾物の並ぶ棚、磨かれた調理器具の数々――

ここに立つだけで、自然と気分が上がる場所だ。

美味しい料理はみんなを幸せにしてくれるし、胃を掴めばこっちのもんである。


「ちょっと安直だけど……リハイトの好きな物、用意してみよ!」

「師匠が……好きな物、ですか……」


アルテは少し戸惑ったように視線を泳がせる。

それは、急に「好きな物」と言われて、頭の中で思い出を探っているみたいだった。


「そ!

私はリハイトの好み、全ッ然わかんないけどさ」


私は肩をすくめて、あっけらかんと続ける。


「アルテなら、わかるでしょ?」

「うーん……。

そうですね……」


すると、アルテは顎に指を当てて、少しだけ考え込んだあと……ぽつりと答えた。


「……お肉が、好きだったと思います」

「じゃあ決まり!お肉料理、作ろう!」


私が即決すると、アルテは一瞬安心したように見えたものの、すぐに不安そうに俯いてしまう。


「……和茶さんに、相談した方がいいでしょうか……」


その声は慎重で、失敗したくない、という気持ちが滲んでいた。

和茶さんは世界一の料理人。

相談すれば間違いなく美味しい料理が出来るだろう。

……でも――


「確かに和茶さんの料理は美味しいけどさ」


私はそれを聞いて、ゆっくりと首を横に振る。


「アルテが一人で作った方が、気持ち、ちゃんと伝わると思うよ」

「…そう、ですよね……」


すると、彼女は少し考えるように目を伏せてから、素直に、ゆっくりと頷いた。


「これは……私が解決しないといけない問題、ですもんね」


その声には、さっきよりも少しだけ――

確かな決意が宿っている。


「……頑張ります!」

「うん!味見は、私に任せて!」

「ふふっ……。

では、お願いしますね」


アルテは小さく微笑んで、ぎゅっと袖をまくった。

まだ不安は残っているけれど、それでも前を向こうとする、その横顔は――

さっきより、ずっと強く見えた。




❅┈✼••┈┈┈┈••⋆͛ ✼ ⋆͛••┈┈┈┈••✼┈❅

《リハイト視点》




「う"ッ……」


喉の奥がひりつくように痛み、それに引きずられるように鈍い頭痛が走る。

意識が水面から浮かび上がるように戻ってきて、まぶたを開いた瞬間、視界が一度大きく揺れた。


……眩しい。

反射的に眉を寄せ、天井へと焦点を合わせる。

そこに広がっていたのは、見慣れた木組みの梁。

鼻腔をくすぐるのは、この屋敷…特有の、少し乾いた木と布の匂いだ。


「ここは……?」


……翠竜塔の客室、か。

掠れた声で呟いた途端、胸の奥が微かに軋む。

理由を考えるまでもない。


「リハイトさん、目が覚めましたか」


すぐ傍から、落ち着いた声が降ってきた。

視線だけをそちらへ向けると、そこにはいつも通り……いや、いつも以上に背筋を伸ばした永護の姿がある。


「……永護、これはどういう状況だ」


声を出した瞬間、胸の奥が、きし、と小さく鳴った。

言葉の裏にあるものを、自分自身が一番よく分かっているからだ。


「覚えてませんか?」


永護は責めるでもなく、淡々と問い返してくる。

その落ち着きが、逆に胸に刺さった。


「……忘れられるもんなら忘れたいぐらいだな」


吐き出すように言った途端、嫌でも記憶が蘇る。

──川辺を刺すような冷気。

──自分の、制御の利かない怒鳴り声。

──そして……

アルテの、怯えきった表情。


「ッ……」


断片が繋がるたび、胃の奥が重く沈んでいく。


「あの……。

姉上は、その……」


永護の言葉が、一瞬だけ歯切れを失う。

その“間”だけで、何を言おうとしているのかは十分すぎるほど伝わった。


「……わかってる。

俺も、頭に血が上ってた」


言い訳にもならない言葉を吐きながら、自分の拳を、布団の上で軽く握りしめる。

分かっていながら止まれなかった自分が、どうしようもなく情けない。


「では……姉上と、"話し合い"してくださいますか?」

「…話し合い……」


その言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。

……俺が、あいつと。

正面から向き合って、"感情をぶつける"のではなく"言葉を交わす"――

それは……

簡単なようで、”今の俺”には重い言葉だ。


「はい。仲直り、です」


永護はそう言って、僅かに柔らいだ目でこちらを見る。


「……言われなくても」


ぶっきらぼうに返した声は、自分でも分かるほど低く、硬かった。

それでも、拒む気など最初からなかった。


「それなら良かったです」


その一言に、永護がどれほど気を遣ってくれていたのかが滲んで、胸の奥がじくりと痛んだ。


「悪い、永護。

……迷惑かけたな」


視線を逸らし、喉の奥から絞り出すように言う。

真正面から言うには、まだ、少しだけ……勇気が足りなかった。


「いえ。気にしないでください」


変わらない調子で答える永護に、俺は小さく息を吐いた。

……本当に。何してるんだ、俺は。




✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《探偵視点》




あれから……特に問題も無く、アルテは料理を完成させた。

完成したお肉料理からは、食欲をそそる良い香りが立ち上っている。

でも、その料理を前に、彼女はピタリと止まってしまった。


「どうしよう……やっぱり、怖いです。

もし、また師匠を怒らせてしまったら……」


お盆を持つ指先が、カタカタと小さく震えている。

その様子を見て、私の胸の奥が、ふっと熱くなった。

……助けたい。

どうすれば、二人の間のあの「冷たくて重い空気」を、壊せるんだろう。


「ッ……」


……あれ?

その時だ。頭の片隅に、さっきまで見ていた夢の景色がフラッシュバックした。


『不和を司る女神……』


誰かが……そう、言っていた気がする。

朱い瞳の女の子と、穏やかな声の男の子の姿が、脳裏をよぎる。


「エニューオー……アレス……」


あの二人の前で、私はなんだか……もっと、自信満々に笑っていたような。


「不和……不和、か……。

……ふふっ、なんでかな……。

何となく、使い方わかっちゃうや」


無意識に、指先がピリリと痺れた。

まるで、私の意志に応えるみたいに。

……夢は、いつも私に何かを思い出させてくれる。

何が……必要なのか、何をすべきなのか……。

教えてくれる。

今日、あの二人を思い出した事……。

そして、"この力"を思い出した事には、意味がある筈だ。


「不和」って、軋轢を生み出す力だよね?

……だったら、今二人の間にある「遠慮」とか「気まずさ」とか、そういう中途半端なものを全部バラバラにして、壊しちゃえばいいんじゃない?


「……アルテ、ちょっと貸して」


私は、アルテが驚く暇もないくらい自然に、お皿のふちに指を添えた。


「え……?探偵さん?」

「んー、おまじない!

詳しい内容は後でゆっくり話すけど……今日の夢で、教えてもらった気がするんだ」


私はアルテの目を見つめ、確信を込めて言葉を続ける。


「これは……私の予想。

……だけど、これこそが、私の…"本来の異能力"だと思う」


そう言って目を閉じると、指先からドロリとした……でも温かい「何か」が、料理に溶け込んでいく感覚があった。

それは、黒い霧のようでもあり、激しい火花のようでもある。

リハイトの「怒り」と、アルテの「溜め込みすぎな心」。

それを……無理やり表に引き摺り出すための、小さな毒。


「……よし、完了!

毒……じゃなくて!隠し味、入れといたよ!」

「ど、毒……?!

今、結構ハッキリ毒って言いませんでした?!」


不安そうに首を傾げるアルテに、私はいたずらっぽく笑ってみせる。


「やだなぁ冗談だって!

ちょっと本音を話したくなっちゃう火種だよ!」

「それって自白剤……」

「火種だよ」


私はアルテを安心させる為に、盛り付けた後のお皿から、ひょいと一口つまみ食いした。

決して、ただ味見がしたかったとかではない。

うん。今入れたものが毒じゃない事を確認してもらう為だ。


「私ね、今の二人には、綺麗な言葉よりも、ちょっとした『火種』が必要だと思うんだ」


この『不和』が具体的にどんな事を引き出してくれるのかは分からない。

……でも、あの夢の中の私が言っていた事なら、きっと間違ってないはず。


「根拠は無い……けど、だけどね!

100パーセント大丈夫だから!行ってきなよ!」


私はアルテの背中を、トン、と軽く押した。

その掌に残るピリピリとした感触を、私は不思議と「心地よい」と感じていた。






︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧︎✧

《アルテ視点》




探偵さんに促され……。

私は、ノックも忘れて師匠がいる部屋に足を踏み込んでしまった。


「え、ま、待ってくださ……」


慌てて振り返ると、満面の笑みを浮かべた探偵さんが扉を閉めてしまった。

……に、逃げ道が、消えた。

……ここまで来てしまったら、もう引き返す事はできない。


「ッし、師匠!ごめんなさい!!」


覚悟を決めて口を開くと、自分でも驚くくらい大きな声が出た。

勢いのまま思いきり頭を下げたので、私の視界には、床だけが映っている。

その瞬間、目の前で衣擦れの音がして――


「え、あ、あぁ……」


師匠が、押されるように一歩後ろへ下がった気配がした。

……やっぱり、急すぎましたよね。

胸がどくどくと鳴る。

でも、ここで黙ったら、また逃げてしまう。


「その、お詫びの品を用意したので……。

ええっと……お詫びといっても、大したものじゃないんですけど……」


顔を上げると、師匠はまだ少し戸惑った表情のままこちらを見ていた。

その視線から、逃げない。逃げたくない。

仲直りする為に物を使うのは、ちょっとずるい気もした。

……けれど、ずっとこのままの方が、もっと嫌だった。


「これは……」


机に料理を置くと、師匠の目が、はっきりと見開かれる。

皿の上に並ぶそれを見つめながら、私は小さく息を吸い込んだ。

――そして、


『ハマーム・マフシー』


料理の名を口にした瞬間、師匠と、声が重なった。


「……。」


わずかな沈黙。

空気が……ふっと変わる。


「太陽の国“スーリヤプラバーラ”……。

師匠が生まれ育った国の料理ですよね」


彼の無き故郷。

遠い太陽の匂いがする国。


「あぁ……。

祝いの席で提供される料理だな」


その声は、少しだけ低くて、柔らかかった。


「……覚えていますか?

私が、初めて師匠のお屋敷にお邪魔した時、この料理を食べさせてもらいましたよね」


視線を合わせる。

あの頃の私は、まだ何も知らなくて、ただ無邪気で。


「……そうだったな」

「シェフではなく、師匠が作ってくれた事もありましたよね」

「あったな、そんな事も」


ぽつり、ぽつりと。

懐かしい記憶を、二人で確かめるみたいに。

私は皿を、彼の前へそっと押し出す。

まだ湯気が、わずかに立っている。


「冷めないうちに、どうぞ」


「……いただきます」


師匠は静かに椅子へ腰掛け、ゆっくりと料理を口に運ぶ。

その一動作を、私は息を詰めて見つめていた。

飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

そして――


「……久々に食べた」


彼はそれだけ、小さく呟いた。


「ど、どうですか?再現できてます?

味とか……変、じゃないですか?」


思わず前のめりになる。

「不味い」でも「全然違う」でもいい。

感想が聞きたい。

何も言われない方が、怖い。


「……。」


私は怯えつつ、祈るように彼を見つめる。

すると……

しばらくの沈黙のあと、師匠がこちらを見た。


「……変じゃない。ちゃんと再現できてる。

懐かしい味だ。」


その言葉と同時に、彼の表情がほんの少しだけ緩む。

そして――


「あ……」


――笑った。

いつものように。

優しくて、あたたかい笑顔が……私に向けられている。


「……故郷を、思い出せた。

ありがとう」


胸の奥に溜まっていたものが、一気にほどける。

あぁ……良かった。


「…お口に合って……良かった」


気づけば、私も笑っていた。

さっきまで震えていた声が、今は少しだけ、軽い。

まだ全部が元通りじゃないかもしれない。

でも――

同じ思い出を辿って……同じように、笑えた。


「……良かった」


それだけで、今は十分だった。




︎✧︎✧✦.✦·········✦.✦✧︎✧




料理の湯気が、ゆっくりと消えていく。

静かな食卓に、かすかな食器の音だけが残る。

そうして、料理が殆ど師匠の中へ消えた頃……。

そういえば……と、私は思い出す。


探偵さんは、料理にどんな"隠し味"を入れたのだろう?

たしか……異能力とか、火種だと言っていたような……?


「……なあ」


そんな考え事をしていると、不意に低く落ちた声。

反射的に、私の背筋が伸びた。


「……はい」


視線を上げると、師匠は皿を見つめたまま、少しだけ言葉を探しているようだった。


「一方的に怒鳴って、悪かった。

……反省してる」


その声は、強がりも誤魔化しもなくて。

まっすぐで、不器用で。

胸が、きゅっと締めつけられる。


「いえ、そんな…!私こそ……です。

今までずっと、心配も迷惑も沢山かけて……。

本当に、ごめんなさい」


謝りながら、私は両手を膝の上で握りしめる。

そして視界が滲みそうになるのを、必死にこらえた。


「お前の謝罪はさっき聞いた」

「一回じゃ、足りません」


即答してしまってから、少しだけ俯く。


「……私も、反省してます」

「それは……行動を改める気があるって事か?」


試すような目をする師匠。

でも、そこにあるのは疑いというより――心配だった。


「はい……善処……します」


申し訳なくて、ほんの少しだけ視線を逸らした瞬間。


「それ、お前の信用出来ない言葉ナンバーいくつだろうな」

「う"……」


的確過ぎる言葉が飛んできて、思わず変な声が漏れてしまった。

でも……。


「……でも!今回は本当です!

呪いのせいにして逃げるのは、やめます。

もう二度と、向き合う事を諦めません」


これは本心だ。

嘘偽り、押しとどめるのはもう……終わりにしたい。

自分の言葉を、自分に刻みつけるように……私は宣言した。


「……。」


そんな私を見て、師匠はしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。


「お前の過去も、呪いも…。

どれだけ厄介なものか、わかってきたつもりだった。

でも、実際……俺は、お前や他の奴らの抱えてる苦痛を何も知らなかった」


その声音が、かすかに震える。


「あの時、やっとそれに気がついたんだ。

お前が崖から飛び降りた時の光景が……頭から離れない」


心臓が、どくんと跳ねた。

あの冷たい風。

足元が消える感覚。


「後悔したし、悔しかった。

……頼む。

……俺は、次こそ護りたいんだ。

…お前達を。誰一人として、取りこぼしたくない…。

……一人で勝手に行くな」


視線が、まっすぐ私を射抜く。


「お前が英雄だからとか、結界が維持できなくなるからとか……そういうの抜きにして、お前が生きていてくれないと困るんだ。

ただ純粋に……共に生きたい」


胸の奥が、熱い。


「もう……俺から友人を…仲間を…大事な存在を……奪わないでくれ」


その言葉は、願いだった。

命令でも、叱責でもない。

ただの――願い。


「師匠……」


声が、かすれる。


「"誰かの痛みを肩代わりする"。

……お前の魔法は、英雄として素晴らしい力だと思う。

だがな、その痛みを全てお前が一人で負担し続けたら……。

いつか壊れてしまうかもしれないと心配になるんだ」


優しいのに、強い声が……心に、どうしようもなく響いて……苦しい。


「……俺の痛みを奪う前、民達の傷も肩代わりしたんだろ?」


……その通りだ。

一人で、何とかしようとして……私は……。


「……」


一瞬、言葉に詰まる。


「……はい」


でも、もう隠したくない。

私は情けなくて……ただただ眉を下げた。


「そんな痛みを受けた直後に……。

ッたくお前は……」


師匠は呆れたように息を吐くけれど、その奥にあるのは怒りじゃなかった。


「約束しろ。

二度と、"その力を俺に使わない"と。

喩え俺が倒れたりしても、絶対にだ」

「ッですが……それは……」


彼の言葉に、思わず顔を上げる。

だって、それは――。


「本音を言えば、その力自体、もう二度と使わせたくない。

だが……その力が、俺達に必要なのも事実だ」


約束できないと……貴方を護らせてほしいと……そう言いたかった。

でも、言えなかった。

彼にとって……これが、どれだけ苦渋の選択であるのか……。

ハッキリ、視てしまったから。


「だから制限するのは俺に対してだけにする。

……これでも、相当妥協した」


あぁ……情けない。

どうしようもなく、胸が、じんわりと温かくなる。

師匠は守ろうとしてくれている。

私の力も、私自身も。


「わかりました。約束します。

……魔導契約書にサインしましょうか?」


もう約束を……言いつけを破りたくなくて。

半分冗談、半分本気で言うと。


「いや、いい。

俺はお前を信じる」


返ってきたのは、信頼だった。


「それに、もしお前が約束を違えたとしても、二度も同じ手に引っかかることはないからな。

俺の痛みは、俺だけのものだ。

……責任を持って耐えてみせるさ」


その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。

あぁ――やっぱり。

この人は、強い。

強くて……誰よりも仲間想いで……憧れずにはいられない。

私は静かに、深く息を吸った。

今度こそ。

逃げない。

共に生きると、言ってくれたこの人と――

同じ場所で、同じ痛みを見つめながら。




︎✧︎✧✦.✦·········✦.✦✧︎✧

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