仲直り大作戦
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《探偵視点》
「……喧嘩、した?」
そう尋ねると、アルテは一瞬だけ視線を宙に彷徨わせ――
それから、静かに頷いた。
「……はい……」
短い返事だった。
けれど、その一言に含まれた重さが、胸の奥をきゅっと締めつける。
昨日、私が崖から落ちなければ、あんな事には……。
「そっか……」
すぐには言葉が続かなくて、ほんの少し間を置いてから、私は慎重に口を開いた。
「ごめんね……。
私のせい、だよね」
しかし、その言葉が終わるよりも早く、アルテは慌てたように首を横に振る。
「そんなこと……!
……私の、せいなんです」
俯いたままの彼女の肩は、かすかに震えているように見えて……。
私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
――代わりに。
アルテは、私があの場を離れた後に起きた事を、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
言葉は多くない。
でも、その一つ一つが重くて……。
聞いているうちに、胸の奥に冷たいものが溜まっていく。
……あぁ。
私が知らないところで、こんなにも大きな感情がぶつかっていたんだ。
私はただ、アルテの話が途切れないように、静かに耳を傾け続けた。
──そうして……
二人の間に起こった出来事を聞いた後、
「……よし!」
私は、思い切って声を出した。
自分で自分を奮い立たせるように、小さく拳を握りしめて。
「……?」
突然の声に、アルテはきょとん、とした表情でこちらを見る。
少し伏せがちだった視線が、戸惑いと一緒に私へ向いた。
その様子を見て、私はもう迷わず、勢いよく宣言する。
「仲直り大作戦! しよ!」
「…仲直り、大作戦……?」
アルテは、その言葉を確かめるようにゆっくりと繰り返した。
まるで、初めて聞く概念みたいに。
私は何度も、うんうんと頷く。
「そう!だって、このままじゃさ、魔界……リハイトと一緒に行けないでしょ?」
「それは……」
アルテは言葉を詰まらせ、視線を足元へと落とす。
「でも……。
仲直りと言っても……どうすれば……」
その声は、弱々しくて。
本気で悩んでいるのが、痛いほど伝わってくる。
「二人に足りないのってさ、たぶん――
“話し合い”だと思うんだよね」
私は指を一本、立てる。
頭の中を整理するみたいに。
「リハイトは、アルテと違って心が視れない。
だからこそ、ちゃんと言葉で伝えないと、ダメだと思う」
そして、もう一本。
「アルテは言葉が足りないし、一人で溜め込みすぎ」
「う"……」
これは図星だったらしく、アルテが小さく唸る。
視線がさらに下がって、長い前髪が表情を少し隠した。
「で、リハイトはリハイトで……仲間の事になると、冷静さが薄れちゃうって言うか……なんて言うか……」
私は少しだけ考えて、言葉を探すのを諦める。
「……とにかく!
二人とも、コミュニケーションが足りてない!」
するとアルテは俯いたまま、小さく呟いた。
「でも……私、師匠にあんな事をしてしまったのに……。
仲直り、なんて……できるでしょうか……」
その声は、不安で揺れている。
「悪気はなかったんでしょ?」
でも私は即答した。
迷う余地なんて、ない。
「アルテはただ、リハイトの心を、少しでも楽にしたかったんだよね?」
「…はい……。
でも……結果的に、傷つけてしまいました」
震える指先が、ぎゅっと握られる。
「ちゃんと謝れば、大丈夫だって!
仲直りなんて、小っちゃい子供でもできる事なんだから!」
「…子供にも、できる事……」
アルテはその言葉を、噛みしめるみたいに小さく繰り返した。
心なしか……ほんの少しだけ、表情が和らいだ気がする。
「……ねぇ。
皆って、喧嘩とか、しないの?」
ふと思いついて、私は聞いた。
「はい……。
師匠とは……した事、ないです。
……一度も」
すると、アルテは首を横に振る。
それがどれだけ大切に築かれてきた関係なのか、逆に伝わってきて、胸がちくりとした。
「……じゃあ、初めての喧嘩なんだね」
「…はい……。
だからこそ、不安で……」
少し恥ずかしそうに、でも否定せず、彼女は頷く。
「無問題!!
喧嘩するほど何とやら!だよ!」
私は軽く拳を握る。
自分にも言い聞かせるみたいに。
「寧ろラッキーなぐらいだよ!
これで二人は、もっと仲良しになれるね!」
「……仲直り、できれば……ですけど」
「できるって!」
「……頑張ります」
まだ不安は消えないけど、それでも逃げない。
…そんな意志が伝わってくる声で、アルテはそう言った。
「偉いッ!」
彼女が少しでも前向きになってくれたのが嬉しくて、私は思わず親指を立てた。
✿ ✿ ✿ ✿
──数分後、
私達は厨房に立っていた。
「翠山と言えばさ~!
やっぱり、美味しい料理だよね!」
翠山は食文化が豊かで、なんでも美味しい。
香辛料の香り、乾物の並ぶ棚、磨かれた調理器具の数々――
ここに立つだけで、自然と気分が上がる場所だ。
美味しい料理はみんなを幸せにしてくれるし、胃を掴めばこっちのもんである。
「ちょっと安直だけど……リハイトの好きな物、用意してみよ!」
「師匠が……好きな物、ですか……」
アルテは少し戸惑ったように視線を泳がせる。
それは、急に「好きな物」と言われて、頭の中で思い出を探っているみたいだった。
「そ!
私はリハイトの好み、全ッ然わかんないけどさ」
私は肩をすくめて、あっけらかんと続ける。
「アルテなら、わかるでしょ?」
「うーん……。
そうですね……」
すると、アルテは顎に指を当てて、少しだけ考え込んだあと……ぽつりと答えた。
「……お肉が、好きだったと思います」
「じゃあ決まり!お肉料理、作ろう!」
私が即決すると、アルテは一瞬安心したように見えたものの、すぐに不安そうに俯いてしまう。
「……和茶さんに、相談した方がいいでしょうか……」
その声は慎重で、失敗したくない、という気持ちが滲んでいた。
和茶さんは世界一の料理人。
相談すれば間違いなく美味しい料理が出来るだろう。
……でも――
「確かに和茶さんの料理は美味しいけどさ」
私はそれを聞いて、ゆっくりと首を横に振る。
「アルテが一人で作った方が、気持ち、ちゃんと伝わると思うよ」
「…そう、ですよね……」
すると、彼女は少し考えるように目を伏せてから、素直に、ゆっくりと頷いた。
「これは……私が解決しないといけない問題、ですもんね」
その声には、さっきよりも少しだけ――
確かな決意が宿っている。
「……頑張ります!」
「うん!味見は、私に任せて!」
「ふふっ……。
では、お願いしますね」
アルテは小さく微笑んで、ぎゅっと袖をまくった。
まだ不安は残っているけれど、それでも前を向こうとする、その横顔は――
さっきより、ずっと強く見えた。
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《リハイト視点》
「う"ッ……」
喉の奥がひりつくように痛み、それに引きずられるように鈍い頭痛が走る。
意識が水面から浮かび上がるように戻ってきて、まぶたを開いた瞬間、視界が一度大きく揺れた。
……眩しい。
反射的に眉を寄せ、天井へと焦点を合わせる。
そこに広がっていたのは、見慣れた木組みの梁。
鼻腔をくすぐるのは、この屋敷…特有の、少し乾いた木と布の匂いだ。
「ここは……?」
……翠竜塔の客室、か。
掠れた声で呟いた途端、胸の奥が微かに軋む。
理由を考えるまでもない。
「リハイトさん、目が覚めましたか」
すぐ傍から、落ち着いた声が降ってきた。
視線だけをそちらへ向けると、そこにはいつも通り……いや、いつも以上に背筋を伸ばした永護の姿がある。
「……永護、これはどういう状況だ」
声を出した瞬間、胸の奥が、きし、と小さく鳴った。
言葉の裏にあるものを、自分自身が一番よく分かっているからだ。
「覚えてませんか?」
永護は責めるでもなく、淡々と問い返してくる。
その落ち着きが、逆に胸に刺さった。
「……忘れられるもんなら忘れたいぐらいだな」
吐き出すように言った途端、嫌でも記憶が蘇る。
──川辺を刺すような冷気。
──自分の、制御の利かない怒鳴り声。
──そして……
アルテの、怯えきった表情。
「ッ……」
断片が繋がるたび、胃の奥が重く沈んでいく。
「あの……。
姉上は、その……」
永護の言葉が、一瞬だけ歯切れを失う。
その“間”だけで、何を言おうとしているのかは十分すぎるほど伝わった。
「……わかってる。
俺も、頭に血が上ってた」
言い訳にもならない言葉を吐きながら、自分の拳を、布団の上で軽く握りしめる。
分かっていながら止まれなかった自分が、どうしようもなく情けない。
「では……姉上と、"話し合い"してくださいますか?」
「…話し合い……」
その言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
……俺が、あいつと。
正面から向き合って、"感情をぶつける"のではなく"言葉を交わす"――
それは……
簡単なようで、”今の俺”には重い言葉だ。
「はい。仲直り、です」
永護はそう言って、僅かに柔らいだ目でこちらを見る。
「……言われなくても」
ぶっきらぼうに返した声は、自分でも分かるほど低く、硬かった。
それでも、拒む気など最初からなかった。
「それなら良かったです」
その一言に、永護がどれほど気を遣ってくれていたのかが滲んで、胸の奥がじくりと痛んだ。
「悪い、永護。
……迷惑かけたな」
視線を逸らし、喉の奥から絞り出すように言う。
真正面から言うには、まだ、少しだけ……勇気が足りなかった。
「いえ。気にしないでください」
変わらない調子で答える永護に、俺は小さく息を吐いた。
……本当に。何してるんだ、俺は。
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《探偵視点》
あれから……特に問題も無く、アルテは料理を完成させた。
完成したお肉料理からは、食欲をそそる良い香りが立ち上っている。
でも、その料理を前に、彼女はピタリと止まってしまった。
「どうしよう……やっぱり、怖いです。
もし、また師匠を怒らせてしまったら……」
お盆を持つ指先が、カタカタと小さく震えている。
その様子を見て、私の胸の奥が、ふっと熱くなった。
……助けたい。
どうすれば、二人の間のあの「冷たくて重い空気」を、壊せるんだろう。
「ッ……」
……あれ?
その時だ。頭の片隅に、さっきまで見ていた夢の景色がフラッシュバックした。
『不和を司る女神……』
誰かが……そう、言っていた気がする。
朱い瞳の女の子と、穏やかな声の男の子の姿が、脳裏をよぎる。
「エニューオー……アレス……」
あの二人の前で、私はなんだか……もっと、自信満々に笑っていたような。
「不和……不和、か……。
……ふふっ、なんでかな……。
何となく、使い方わかっちゃうや」
無意識に、指先がピリリと痺れた。
まるで、私の意志に応えるみたいに。
……夢は、いつも私に何かを思い出させてくれる。
何が……必要なのか、何をすべきなのか……。
教えてくれる。
今日、あの二人を思い出した事……。
そして、"この力"を思い出した事には、意味がある筈だ。
「不和」って、軋轢を生み出す力だよね?
……だったら、今二人の間にある「遠慮」とか「気まずさ」とか、そういう中途半端なものを全部バラバラにして、壊しちゃえばいいんじゃない?
「……アルテ、ちょっと貸して」
私は、アルテが驚く暇もないくらい自然に、お皿のふちに指を添えた。
「え……?探偵さん?」
「んー、おまじない!
詳しい内容は後でゆっくり話すけど……今日の夢で、教えてもらった気がするんだ」
私はアルテの目を見つめ、確信を込めて言葉を続ける。
「これは……私の予想。
……だけど、これこそが、私の…"本来の異能力"だと思う」
そう言って目を閉じると、指先からドロリとした……でも温かい「何か」が、料理に溶け込んでいく感覚があった。
それは、黒い霧のようでもあり、激しい火花のようでもある。
リハイトの「怒り」と、アルテの「溜め込みすぎな心」。
それを……無理やり表に引き摺り出すための、小さな毒。
「……よし、完了!
毒……じゃなくて!隠し味、入れといたよ!」
「ど、毒……?!
今、結構ハッキリ毒って言いませんでした?!」
不安そうに首を傾げるアルテに、私はいたずらっぽく笑ってみせる。
「やだなぁ冗談だって!
ちょっと本音を話したくなっちゃう火種だよ!」
「それって自白剤……」
「火種だよ」
私はアルテを安心させる為に、盛り付けた後のお皿から、ひょいと一口つまみ食いした。
決して、ただ味見がしたかったとかではない。
うん。今入れたものが毒じゃない事を確認してもらう為だ。
「私ね、今の二人には、綺麗な言葉よりも、ちょっとした『火種』が必要だと思うんだ」
この『不和』が具体的にどんな事を引き出してくれるのかは分からない。
……でも、あの夢の中の私が言っていた事なら、きっと間違ってないはず。
「根拠は無い……けど、だけどね!
100パーセント大丈夫だから!行ってきなよ!」
私はアルテの背中を、トン、と軽く押した。
その掌に残るピリピリとした感触を、私は不思議と「心地よい」と感じていた。
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《アルテ視点》
探偵さんに促され……。
私は、ノックも忘れて師匠がいる部屋に足を踏み込んでしまった。
「え、ま、待ってくださ……」
慌てて振り返ると、満面の笑みを浮かべた探偵さんが扉を閉めてしまった。
……に、逃げ道が、消えた。
……ここまで来てしまったら、もう引き返す事はできない。
「ッし、師匠!ごめんなさい!!」
覚悟を決めて口を開くと、自分でも驚くくらい大きな声が出た。
勢いのまま思いきり頭を下げたので、私の視界には、床だけが映っている。
その瞬間、目の前で衣擦れの音がして――
「え、あ、あぁ……」
師匠が、押されるように一歩後ろへ下がった気配がした。
……やっぱり、急すぎましたよね。
胸がどくどくと鳴る。
でも、ここで黙ったら、また逃げてしまう。
「その、お詫びの品を用意したので……。
ええっと……お詫びといっても、大したものじゃないんですけど……」
顔を上げると、師匠はまだ少し戸惑った表情のままこちらを見ていた。
その視線から、逃げない。逃げたくない。
仲直りする為に物を使うのは、ちょっとずるい気もした。
……けれど、ずっとこのままの方が、もっと嫌だった。
「これは……」
机に料理を置くと、師匠の目が、はっきりと見開かれる。
皿の上に並ぶそれを見つめながら、私は小さく息を吸い込んだ。
――そして、
『ハマーム・マフシー』
料理の名を口にした瞬間、師匠と、声が重なった。
「……。」
わずかな沈黙。
空気が……ふっと変わる。
「太陽の国“スーリヤプラバーラ”……。
師匠が生まれ育った国の料理ですよね」
彼の無き故郷。
遠い太陽の匂いがする国。
「あぁ……。
祝いの席で提供される料理だな」
その声は、少しだけ低くて、柔らかかった。
「……覚えていますか?
私が、初めて師匠のお屋敷にお邪魔した時、この料理を食べさせてもらいましたよね」
視線を合わせる。
あの頃の私は、まだ何も知らなくて、ただ無邪気で。
「……そうだったな」
「シェフではなく、師匠が作ってくれた事もありましたよね」
「あったな、そんな事も」
ぽつり、ぽつりと。
懐かしい記憶を、二人で確かめるみたいに。
私は皿を、彼の前へそっと押し出す。
まだ湯気が、わずかに立っている。
「冷めないうちに、どうぞ」
「……いただきます」
師匠は静かに椅子へ腰掛け、ゆっくりと料理を口に運ぶ。
その一動作を、私は息を詰めて見つめていた。
飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
そして――
「……久々に食べた」
彼はそれだけ、小さく呟いた。
「ど、どうですか?再現できてます?
味とか……変、じゃないですか?」
思わず前のめりになる。
「不味い」でも「全然違う」でもいい。
感想が聞きたい。
何も言われない方が、怖い。
「……。」
私は怯えつつ、祈るように彼を見つめる。
すると……
しばらくの沈黙のあと、師匠がこちらを見た。
「……変じゃない。ちゃんと再現できてる。
懐かしい味だ。」
その言葉と同時に、彼の表情がほんの少しだけ緩む。
そして――
「あ……」
――笑った。
いつものように。
優しくて、あたたかい笑顔が……私に向けられている。
「……故郷を、思い出せた。
ありがとう」
胸の奥に溜まっていたものが、一気にほどける。
あぁ……良かった。
「…お口に合って……良かった」
気づけば、私も笑っていた。
さっきまで震えていた声が、今は少しだけ、軽い。
まだ全部が元通りじゃないかもしれない。
でも――
同じ思い出を辿って……同じように、笑えた。
「……良かった」
それだけで、今は十分だった。
︎✧︎✧✦.✦·········✦.✦✧︎✧
料理の湯気が、ゆっくりと消えていく。
静かな食卓に、かすかな食器の音だけが残る。
そうして、料理が殆ど師匠の中へ消えた頃……。
そういえば……と、私は思い出す。
探偵さんは、料理にどんな"隠し味"を入れたのだろう?
たしか……異能力とか、火種だと言っていたような……?
「……なあ」
そんな考え事をしていると、不意に低く落ちた声。
反射的に、私の背筋が伸びた。
「……はい」
視線を上げると、師匠は皿を見つめたまま、少しだけ言葉を探しているようだった。
「一方的に怒鳴って、悪かった。
……反省してる」
その声は、強がりも誤魔化しもなくて。
まっすぐで、不器用で。
胸が、きゅっと締めつけられる。
「いえ、そんな…!私こそ……です。
今までずっと、心配も迷惑も沢山かけて……。
本当に、ごめんなさい」
謝りながら、私は両手を膝の上で握りしめる。
そして視界が滲みそうになるのを、必死にこらえた。
「お前の謝罪はさっき聞いた」
「一回じゃ、足りません」
即答してしまってから、少しだけ俯く。
「……私も、反省してます」
「それは……行動を改める気があるって事か?」
試すような目をする師匠。
でも、そこにあるのは疑いというより――心配だった。
「はい……善処……します」
申し訳なくて、ほんの少しだけ視線を逸らした瞬間。
「それ、お前の信用出来ない言葉ナンバーいくつだろうな」
「う"……」
的確過ぎる言葉が飛んできて、思わず変な声が漏れてしまった。
でも……。
「……でも!今回は本当です!
呪いのせいにして逃げるのは、やめます。
もう二度と、向き合う事を諦めません」
これは本心だ。
嘘偽り、押しとどめるのはもう……終わりにしたい。
自分の言葉を、自分に刻みつけるように……私は宣言した。
「……。」
そんな私を見て、師匠はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「お前の過去も、呪いも…。
どれだけ厄介なものか、わかってきたつもりだった。
でも、実際……俺は、お前や他の奴らの抱えてる苦痛を何も知らなかった」
その声音が、かすかに震える。
「あの時、やっとそれに気がついたんだ。
お前が崖から飛び降りた時の光景が……頭から離れない」
心臓が、どくんと跳ねた。
あの冷たい風。
足元が消える感覚。
「後悔したし、悔しかった。
……頼む。
……俺は、次こそ護りたいんだ。
…お前達を。誰一人として、取りこぼしたくない…。
……一人で勝手に行くな」
視線が、まっすぐ私を射抜く。
「お前が英雄だからとか、結界が維持できなくなるからとか……そういうの抜きにして、お前が生きていてくれないと困るんだ。
ただ純粋に……共に生きたい」
胸の奥が、熱い。
「もう……俺から友人を…仲間を…大事な存在を……奪わないでくれ」
その言葉は、願いだった。
命令でも、叱責でもない。
ただの――願い。
「師匠……」
声が、かすれる。
「"誰かの痛みを肩代わりする"。
……お前の魔法は、英雄として素晴らしい力だと思う。
だがな、その痛みを全てお前が一人で負担し続けたら……。
いつか壊れてしまうかもしれないと心配になるんだ」
優しいのに、強い声が……心に、どうしようもなく響いて……苦しい。
「……俺の痛みを奪う前、民達の傷も肩代わりしたんだろ?」
……その通りだ。
一人で、何とかしようとして……私は……。
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……はい」
でも、もう隠したくない。
私は情けなくて……ただただ眉を下げた。
「そんな痛みを受けた直後に……。
ッたくお前は……」
師匠は呆れたように息を吐くけれど、その奥にあるのは怒りじゃなかった。
「約束しろ。
二度と、"その力を俺に使わない"と。
喩え俺が倒れたりしても、絶対にだ」
「ッですが……それは……」
彼の言葉に、思わず顔を上げる。
だって、それは――。
「本音を言えば、その力自体、もう二度と使わせたくない。
だが……その力が、俺達に必要なのも事実だ」
約束できないと……貴方を護らせてほしいと……そう言いたかった。
でも、言えなかった。
彼にとって……これが、どれだけ苦渋の選択であるのか……。
ハッキリ、視てしまったから。
「だから制限するのは俺に対してだけにする。
……これでも、相当妥協した」
あぁ……情けない。
どうしようもなく、胸が、じんわりと温かくなる。
師匠は守ろうとしてくれている。
私の力も、私自身も。
「わかりました。約束します。
……魔導契約書にサインしましょうか?」
もう約束を……言いつけを破りたくなくて。
半分冗談、半分本気で言うと。
「いや、いい。
俺はお前を信じる」
返ってきたのは、信頼だった。
「それに、もしお前が約束を違えたとしても、二度も同じ手に引っかかることはないからな。
俺の痛みは、俺だけのものだ。
……責任を持って耐えてみせるさ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
あぁ――やっぱり。
この人は、強い。
強くて……誰よりも仲間想いで……憧れずにはいられない。
私は静かに、深く息を吸った。
今度こそ。
逃げない。
共に生きると、言ってくれたこの人と――
同じ場所で、同じ痛みを見つめながら。
︎✧︎✧✦.✦·········✦.✦✧︎✧




