第8話 【烏が鳴くのはゆうやけこやけ】
鷹一と友助は講義が始まる時間に間に合うバスへ乗り込んだ。
鷹一はやっぱりケバブは重かったかなぁと後悔しつつ、車両後方に二人掛けの座席が空いているのを見つけ、友助に進言する。
「あそこの席空いてるけどどうする?」
「ちょうど空いてるし、そこ座ろうか」
そのまま空いていた二人掛けの席に座る。
席に座った鷹一は手持無沙汰になり、乗り込んでくる乗客をボーっと見ていると、見覚えのある少年が乗り込んできたことに気が付いた。
「・・・あれ?あの男の子、もしかして・・・」
「ん?どうしたん?」
窓際に座り、鷹一同様手持無沙汰に窓の外を眺めていた友助が鷹一の声に反応した。
友助が反応したことに気付いた鷹一がバスに乗ってきた少年を指し示す。
鷹一が指し示したほうを見た友助はその少年を見るとハッとなった。
「あれ?あの子、『マサル』くんじゃないか」
「やっぱりそうだよな。高校戻るのかな?」
憶測を張り巡らせつつ、『マサル』少年を観察していると、先ほどのレジ袋が一袋減っていることに気付き、鷹一は少しだけ引いてしまった。
すると、友助が別のことに気付いた。
「なぁ、ちょっと見えづらいけどマサルくん誰かと一緒じゃないか?」
友助はマサル少年が誰かと話をしているようなことに気付いた。
そう言われた鷹一は少しだけ身を乗り出し、マサル少年のほうを見ると、マサル少年と何かのやり取りをしている男性が一緒にいるのがわかった。
鷹一はその男性を観察してみると、その男性は筋骨隆々と言っても言い過ぎではないほどに体格が良く、身にまとっているレザーのジャケットとパンツが張り裂けんほどに筋肉で盛り上がっているのがわかった。
その男性は鷹一たちがいる方向に背を向けていて、人相まではわからないが、ちらちらと風貌は見えたが、その男性とやり取りをするマサル少年の表情はあまり楽しそうではなかった。
見えたことを友助に伝えると不思議そうな顔をしつつ、鷹一にぼそりと聞いてきた。
「あの二人どういう関係なんだろうな?」
「友助・・・赤の他人の交流関係気にしてんじゃねえよ。下世話すぎる」
そう鷹一にちくりと言われた友助だったが、どうしても言われっぱなしは気に入らないのか言い返す。
「でも鷹一も気になるでしょ?」
「それは・・・」
そう言ってきた友助は心底いやらしそうな顔をしていた。
鷹一はその友助の表情がむかついたので、友助の額めがけてデコピンを放った。
咄嗟のことに友助は反応できず、額にバチリとデコピンをもらった。
思いのほか威力があったのか後ろにのけぞる友助。
「ちょっ痛っ!?何すんのさ!?」
見事にデコピンが額に入った友助は周囲の乗客に配慮してか、悲鳴を抑えながら
涙目になりながら赤くなった額を押さえた。
思ったより痛がっている友助に後ろめたさを感じつつ、話を続けた。
「たしかに気にならないではないけど、知り合いってわけでもないからな。あんまりしゃしゃり出ないのが一番だろ」
「まぁそうなんだろうけど・・・いてて」
額をさすりながらそう同意する友助だった。
その後、その話題が再び出ることはなく、気付けば『マサル』少年とその同伴者もいつの間にかバスからいなくなっていた。
そして、二人を乗せたバスは定刻通りに大学に到着し、鷹一と友助は問題なくそれぞれの残りの講義を受けたのだった。
それから時間は過ぎ、空が真っ赤に染まる頃。
一人の男が走っていた。
夕暮れ時、帰宅を急ぐサラリーマンのようでも、学業後のアルバイトに急ぐようでもなく、ただただ必死に走っていた。
まるで何かから逃げているかのように。
「い、いやだ・・・!ハァハァ・・・まだ・・・し、死にたくない!」
走っている男は醜くはない程度の見た目をしていたが、なりふり構わず走っているせいで、顔はひどいことになっていた。
そして必死に走りながらそんなことをこぼす。
「おぶ!?」
だがその足も限界を迎え、男は足をもつれさせながら勢いよく転んだ。
転倒し数メートル滑りながら、砂埃を起こしつつ、生えていた木の根元で止まった。
「ハァ・・・ハァ・・・ここは・・・」
男は腕をつきながら上半身を起こし、息を整える。
周囲を確認するするために見渡すと、男の近くにベンチがあったり、少し離れたところにブランコ等の遊具が見え、自分が走ってきた先がどこかの公園で、夕暮れ時のためか周囲に人の気配がしないということが分かった。
しかしそのことが分かったもののそれ以上の思考ができるほど頭に酸素が回っておらず、自分のすぐ近くに生えていた木の根元に背を預け、一息ついた。
「まぁ・・・さすがに、ここまで来れば・・・」
「あら、カテゴリークロウさん?おにごっこは終わりなの?」
「っ!?」
呟きながら息を整えていると男が寄りかかった木の後ろから声をかけられた。
男にとっては最も声をかけられたくない相手に。
カテゴリークロウと呼ばれ声をかけられた男は喉の奥から声にならない悲鳴を上げ、体をびくりと震わせる。
そして声のした方向にゆっくりと顔を向けると、そこには絶望が待っていた。
「まぁアタシも疲れちゃったし、ここらが切り上げ時かしらね」
「あぁ・・・あぁ・・・」
電灯がちょうど陰るような位置取りに逃げていた相手の全貌は見えない。
それなのに男は絶体絶命を感じていた。
カテゴリークロウは喉から言葉にもならないうめき声を発し、すでにその絶望から逃げる気力すらなくなっていた。
「抵抗がないのは楽できるからいいけれど・・・男としての魅力は感じないわよねぇ」
カテゴリークロウはそう言われながら、どこから取り出したのかわからないような刀の刃を首元に当てられた。
鋭利な刃を首に当てられたことを理解するとカテゴリークロウは一斉に血の気が引くのを感じた。
だがカテゴリークロウはここで咄嗟に思いついたことを口走る。
「ま、待ってくれ!俺と手を組まないか?」
「・・・何を言っているの?」
「あんたが他のカテゴリーとつるんでるのは知ってるんだ!俺の力なら情報収集が楽にできるようになるぞ!」
冷静さを失っていた男は妙案と、手を組むことを提案してきた。
その後もまくしたてるように自分の能力をひけらかしたカテゴリークロウだったが、その返答は冷たいものだった
「・・・はぁ。魅力を感じないどころか、意地汚く命乞いなんて・・・」
「・・・え?」
そう言い放った相手がちょうど電灯の光を浴びる位置に移動すると、そこにいたのは髪をオールバックに、服は上下レザーを身にまとい、盛り上がる筋肉でレザーをパンパンに張らせた筋骨隆々な男だった。
「言っとくけど、アタシが『マサル』くんと一緒にいるのは利害が一致してるから。それだけよ」
日中、鷹一たちがバスで『マサル』少年と共に見かけた男は明らかな女言葉で提案を一蹴した理由を説明をする。
「それにあと残り二人しかいない同種のカテゴリーを生かしておく理由にはならないわよね?」
「待ってく・・・」
レザー男はそう見下しながら言い、右手に持っていた刀を振りぬき、悲壮にまみれた顔をしたカテゴリークロウの首を容赦なく切り飛ばす。
だがカテゴリークロウは首を切られたにも関わらず、血を一滴も吹き出すことなく、体から青白い粒子を吹き出しながら、その場から消え去った。
カテゴリークロウから吹き出した青白い粒子はレザー男の体全身に収束し、まるで吸収されるように消えていった。
「はぁ~体に沁みるわぁ~。この感覚だけはやめられないのよねぇ」
レザー男はうっとりとした表情でつぶやいた。
青白い光を浴びるように堪能したレザー男は頬に手を当て、腕を組みつつ物思いにふける。
「さて・・・これで鳥のカテゴリーはあと一人。さっきの男を探すのもだいぶ動き回ったことだし、また時間がかかりそうねぇ」
レザー男はふと近くにベンチがあるのに気づき、一息つこうとおもむろに腰を下ろした。
「まぁ私の存在もほとんど安定しているし、あとのはマサルくんの手伝いでもしながらのんびり探そうかしらね・・・あら?」
レザー男がそうぼやいているとそう離れていない場所から何かの音が聞こえてきたのを感じた。
「この音・・・学校のチャイムかしら?でもマサルくんの高校のチャイムじゃなさそうだし・・・そうだ!」
何かを思いついたレザー男はすぐさま立ち上がり、足取り軽やかに音が聞こえてきたほうに向かって歩き始めた。
刀を持っていたはずの手にはいつの間にか美しい真っ赤な造花が握られてあり、それを指揮棒のようにフリフリと揺らしていた。
「久しぶりに若くて可愛い子と遊ぶのもいいわよね。マサルくんの高校じゃなかったら約束も破らないで済むし」
レザー男は自らの欲望を満たすために歩き出した。
一人の男の命を奪っているにも拘わらず、妄想にふけつつ、ほくほく顔で進んだ。
そしてこのとき、鷹一たちの通う大学で全講義の終了を知らせるチャイムが鳴り響いていたのだった。