第9話 【逢魔が時に魔は嗤う】
真っ赤な西日も暮れて、夜のとばりがおり始めたころ。
鷹一は本日最後の講義を終え、講義を受けた席に座ったまま講義で凝り固まった体を伸ばしていた。
「んんー!・・・はぁ。終わった終わった」
まばらに埋まっていた講義室からぽつりぽつりと人が減っていく中、鷹一は机に残った講義の道具をカバンにしまいつつ、このあとの夕飯のことを考えていた。
「待ちに待った夕飯だけど、朱花たちのこと待たせすぎちゃったかな」
心配していたケバブの満腹感は解消され、幸いなことに空腹を感じる程度には腹を空かせていた。
机の道具を片付け終わると、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、すでに講義を受け終えている朱花と友助にメッセージアプリで講義が終わったことと待たせたことの詫びの連絡を入れる。
二人への送信完了を確認するとカバンを背負い、席から立ちあがると、講義室の出口へと向かう。
「さて、どこで二人と合流しよう?」
そうつぶやきながら講義室から出た鷹一は一人でうんうんとうなる。
すると、考え込む暇もなく手に持ったままだったスマートフォンが震えた。
スマートフォンの画面を確認すると、そこには朱花からのメッセージを受信したことが表示されていた。
メッセージアプリを起動しなおし、届いたメッセージを確認すると朱花からのメッセージには用事が長引いているから店に直接行くという内容が書かれていた。
「朱花は・・・直接店直行か。友助からの連絡待ちかな」
朱花に了解の旨と店の詳細を書いてメッセージアプリから再度送信し、スマートフォンをズボンのポケットに戻した。
友助からの返信が来るまで何をして待とうかと思いながら校舎から抜け出した。
外に出て、青と赤のグラデーションに染まる夜になりかけの空を眺めていると、ポケットがバイブで震えた。
今度はメッセージ受信の震え方と違い、何度も連続したバイブレーションだった。
もしや電話か?と気付き、急いでポケットから取り出したスマートフォンの表示は友助からの通話を映しており、鷹一はそのまま電話に出た。
「もしもし」
『あっもしもし、鷹一、今どこいる?』
「ちょうど校舎出てきたところ。友助はどこにいるんだ?」
『今すぐ近くの公園に来てるよー。さっきまで図書室にいたんだけど気になるものが見えたからね』
鷹一は友助の話を聞いて大学の近くにある公園がどこなのか思い出そうとしたが、友助の気になるものを見たと言ったことが気にかかった。
「気になるもの?」
「そうそう。まぁ詳しくは会ったときにでも話すよ」
そう言われた鷹一は後で聞けばいいかと自分の中で完結させた。
その後、朱花とは店で合流することを伝え、鷹一は友助に公園のどの辺りにいるのかを聞き、また後でと通話を切った。
鷹一は友助から聞いた場所に向かって歩き出したのであった。
「はーい、それじゃまた後でね」
日が暮れ、徐々に暗くなり始めた公園の中、友助は鷹一との通話を切る。
友助は電灯の光を浴びつつ、独り言をつぶやいた。
「さっきの空飛ぶ火は結局見つけられなかったけど、話のタネにはなりそうだ」
したり顔で考えながら、鷹一との合流場所に向かって歩き出そうとしたとき、不意に後ろから声をかけられた。
「貴方・・・そんな綺麗な炎を見たの?」
「え?」
突然声をかけられ、一歩踏み出したところで思わず振り返る友助。
後ろから声をかけてきたのは全身レザーをぴちぴちにしながら着ている男だった。
突然背後にぴちぴちの全身レザー男が現れ、面食らう友助だったが、明らかに怪しそうな雰囲気を感じ、咄嗟に聞き返してしまった。
「・・・あ、あの・・・あなたは?」
「アタシのことなんて、どうでもいいじゃない。そんなことより・・・」
いつの間にかレザー男が友助の眼前に現れ、レザー男のごつごつとした指が友助のあご筋を這う。
その瞬間友助の背筋に言い知れぬ悪寒がぞくりと駆け巡る。
「あら。よく見ればかわいい顔してるじゃない」
ねっとりとした物言いと顔をなめまわすような気色の悪い視線に友助は恐怖と嫌悪感から体が動かなくなっていた。
「せっかく出会えたんだし・・・一緒に楽しみましょう?」
その一言を発したレザー男の恍惚とした表情に友助の頭の中で鳴っていた警笛が最大級に響き渡り、知らず知らずのうちに足が動いた。
早く逃げねばまずいと。目の前にいるこのヤバイ男から離れなければならないと。
「あら、貴方もおいかけっこが好きなの?なら食後の運動に付き合ってちょうだい」
レザー男が鷹一とバスで見かけた、マサル少年と共にいた男と気付かぬままに、友助とレザー男の残虐で悲惨な追走劇は幕を開けた。




