第7景
「くふっ……くっ、くくく」
強い酒精にわずかながらもむせ返りそうになり、とっさに笑ってごまかす。一息で飲み込むつもりだったのに、杯には少し残ってしまった。ちびりちびり飲むのは格好わるいと言う人間が居るが、オレはそう思わない。むしろ今のオレのように、一気に飲もうとして量を見誤り、わずかに残してしまったりする方がよっぽど格好わるいと思う。いや、異国風に言うと、ダサい。
「うひ、うひひひひ」
「けけけけけけけけ」
うん、なんて言うか、侮蔑的な意図がしっかり伝わる良い言葉だよね。ダサい。
この言葉を教えてくれたのも、こういう飲み方云々の指導をしてくれたのも、人付き合いを0 から10 まで叩き込んでくれたのもこいつらだから。あ、師匠とかって言うより兄弟子的な感じだけど。だからまぁ、オレがどんだけダサいのかはお互いわかってるわけで。
「けーっけけけけけけけけ!」
「ひーははははははははは!」
「あんまり笑ってるとオレが先に次行くよ」
……わかってても苛立ちを抑えられないことってあるよね。
杯の底に残った酒を呷り、笑う二人を尻目に次の杯を選ぶ。どうせ二人ともしばらく笑いっぱなしだろうし一番たくさん入ってるのを……これか、
「それは困るな」
突然の野太い声とともに、脇から伸びてきた太い腕がオレの指が触れた杯を取り上げる。もちろん二人はまだ笑ってるからこの腕の持ち主はそのどちらでも無くて、
「サヴァジーさん、それオレが狙ってたのに……」
「ふん。三人だけで飲むとは、親に対する礼儀がなっとらんなぁ」
オレ達三人の師匠とも言えるこの酒場の主人、サヴァジー・ドンクラスのものだ。二人が趣味を指導してくれたとするなら、この人は旅の仕方や商品の仕入れ方、交渉の仕方などの仕事の仕方を指導してくれた。厳つい顔には似合わない繊細さで、方々巡って研究したと言う美味い酒の肴を女給達に仕込み、また彼自身の手で披露してくれる驚異の117歳。既に奥さん二人に先立たれているけど、何を隠そうクーバンの実父……あれ、祖父だったっけ? 本人は弟子を平等に息子のように思っているとか言ってくれてるけど、どちらかと言うとオレは贔屓されてるんじゃないだろうか。アンテのこともあるし、クーバンが彼を肉親と思って油断してる部分を正してやらないのだから。
ちなみに、この一族の傾向として酒に目がないことがあげられる。サヴァジーさんもクーバンも死んでしまった前妻さんも、クーバンの兄弟姉妹も皆お酒好き……ただし弱い。クーバンとやはり死んでしまっている後妻さんが例外的に強いだけで、後は皆酒に弱い。好きなのにね。
だからオレから取り上げたたっぷり入った杯の中身も、割とちびちびなめている。
「いやでも、サヴァジーさんがそれ飲み終わってくれないと、オレ次の杯に行けないんだけど」
「残念だったなテルン、さーってどの杯にしようかな」
サヴァジーさんの横紙破りにあわせ、クーバンが正攻法で意地悪をしかけてくる。この辺、クーバンも親に甘いってことなのかもしれない。
「まぁ待てよクーバン、サヴァジーさんが飲み終わるの待てばなんか作ってくれるだろうぜ」
「いや、ここは隙を見せたテルンが悪い。良い杯を確保するのは酒飲みの義務だ」
「取り上げといてそれは無いでしょうよサヴァージ師」
「固いぞボルダナ。ところでテルン、向こうではどんな物が食われてるんだ?」
それに比べるとボルダナは相変わらずサヴァジーさんにはちょっと固くなるな。もともと孤児だったところを拾われて雇われて、と言う経緯を思うとわからんでも無いけど、オレはずっと自由にのびのびとやらせてもらってるからね。むしろ若干不義理だとすら言えるかもしれない。
サヴァジーさんの言葉にオレは懐から草で編んだ篭を取り出し、これ見よがしにその篭を一部ほどいて、中から出てきた物を口にいれる。そしてクチャクチャと噛み締めながらニヤリと笑った。
「それは、これが欲しいっていいですかにゃ?」
噛んだ。
顔からいろんな意味で火が出そうだけど、サヴァジーさんは気にした様子も無く篭に釘付けになっている。ちょっと篭を振ると、目の前に餌がある犬のように一々顔が動くのがかわい……可愛くはないな。ともあれこれはつまり、向こうでもっぱら酒の肴として好まれる物をオレがしっかり確保して持ってきたと言うことに他ならない。
ちなみにこれは、蛇の毒で味付けしたとある虫を油で揚げたものだ。表面はカリッとしているが、中は引き締まった肉質っぽくホクホクサクサク食べられる。そして蛇の毒がもたらす圧倒的な辛さ! これがまた甘くて刺激的なサボテンの酒に合うんだ。続けて飲み食いすると舌がすごい勢いでしびれて、よってなくても呂律が回らなくなるけど。
「また始まったよ……」
「親父、時々テルンに甘くないか?」
こらそこ、小声でぼそぼそ喋らない。というかクーバン、お前の親父がこうなってるのはお前の気が利かないからだ。