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【改稿完全版】幸願病—私は、あなたの幸せを願う—  作者: 澪ナギ


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第二章


― 二 ―


 それから、私は叶から前よりもっと逃げるように生活をし始めた。


 元より、死願病になってから頻度を減らしていた、叶がいる喫煙所には一切行かず。食事も会社の食堂ではなく自分の席で。

「お昼休みに叶探してたよ? 約束とかしてたの?」

「あ、あはは、そういうわけじゃないです」

 若干強敵でもある実先輩はうまくごまかす日々。

「その、すみません。なんかご迷惑かけて」

「ううん、必死な叶見るの面白いから」

 前に叶が「姉は強い」って言ってたけど、最近本当にそう思う。彼女の言葉に思わず苦笑いをこぼして。

「それより願ノさん、今日も残業するの?」

 問われて、今度は目をそらす。

「そう、デスネー……」

「なんか手伝おうか? 最近残業多いし、帰りも叶待ってるっって言ってたけど」

 彼女の言う通り、最近、より残業が増えている。会社的にも良くないとはわかっていつつ、死願病で仕事は進まず。こうして実先輩も毎日聞いてくれるようになってしまった。本当なら手伝ってもらってパパッと終わらせるのがいいのかもしれない。けれどあまりにも申し訳なさすぎるので、毎日それは断って。

「……」

 苦笑いをさらに苦くしながら、実先輩のもうひとつの言葉に、少し考える。


 叶はあの日から待ってると言ってくれた。

 そうして私は彼を避けるようにしている。

 だから逢わないのは当然でもありながら。


 ちょっと不自然に、叶と逢わなくなっているということも、ある。


 おかしな話をしているのはわかっている。けれど、ずっと待っていると言った叶は私が残業して下に行くといないのだ。そして探していると、寺山さんやほかの経理課の人がやってきて、叶は帰ったと知らせてくる。叶の性格なら残業が終わるまで待っているけどなと疑問には思った。実際、死願病になる前は待ってくれていたし。期待をしているわけでは、ないけれど。どこか、叶にしては不思議だなと思う。それを、実先輩は知ってか知らずか。

「それにしてもよくまぁ二か月もこう、すれ違うよね願ノさん……」

「ちょっと、うん、まぁ私もびっくりはしていて」

 恐らく向こうからもそのすれ違いについては聞いているのだろう。少し苦笑いをする彼女にまた苦いものを返す。

 そう、二か月。その二か月、不思議とすれ違っている。ただまぁその日々に、少しだけ感謝をしているのも事実。

 理由は、死願病が前以上に進んでしまっていたから。

 すれ違う日々とはまた違う意味で心が痛んだ。でも逢わなければ罪悪感もいくらか減る。つくづく自分のことが可愛いんだなと自嘲しながら、私はキーボードを叩いて、先輩の帰り支度を視界に入れていた。

 カタカタとキーボードの音が響く部屋に、実先輩は音を入れる。

「でもさぁ、いいの?」

「何がですか」

 振り向いたのがわかって。


「好きな人、って言ってたじゃん」


 言われた言葉に、キーボードを打つ手が止まった。

 それをきっと見ていた先輩は、どこか困ったように、わざとらしく「あーぁ」と言って。

「……まぁ、深くは聞かないけども? 話す必要があるならちゃんと話し合った方がいいんじゃないの」

 そう、言うけれど。

「……」

 私は心の中で首を振る。

 この病気のことを話すなんて。

 話すだけで、今までのすべてを変えてしまいかねないこの病気のことを話すなんて、無理だよ、と。

「……話せませんよ」

「どしてー?」

「……」

 どうして。

「……先輩は」

「うん」

「きっと、言ってしまったら。今までの何もかもを変えてしまうようなことを、好きな人に、言えますか」

「それは隠し通せないこと?」

「……隠すにも、罪悪感がいっぱいで」


 でも話したら、きっと壊してしまうこと。


 また「完了」のボタンにカーソルを合わせて、聞こえてくる「し」の言葉に恐怖しながら。それを見せないように先輩の声を待った。

 ボタンは押せないまま、時間だけがすぎて。

「うーん」

 どのくらい経ったかわからないけれど。先輩の優しい声が聞こえた。そうして。


「ほんとに変えてしまうものだったりするのかな」


 心のどこかで願いたい希望を、口にする。


「……」

「相手の捉え方とか、自分の話し方によっては何も変わらずに済んじゃったりするんじゃないかなぁ」

 その言葉に、ほんの少しだけ喉が熱くなる。それに気づいてるのか、先輩からは「ふっ」と笑んだ音が聞こえた気がした。そうして、いつの間にか近くに来ていた先輩は私の頭にぽふって手を置いて。

「ま、そいつに嫌われちゃったらそいつはそこまでの人間ってことよ」

「……」

「あたしは何があっても好きでいる自信あるよ、願ノさんのこと」


 だから、


「もしだめになったら、今度はあたしに話してみなさいな」

 つらいこと、苦しいこと、悩んでいること。

「大半の人が嫌がることでも、どんなに少数でも。ちゃんと受け入れてくれる人はいるからね。――それはあたしの弟も」

「……」

「だからさ、」


 大丈夫だよ。


 優しいその声に、ほんの少し背中を押されて。

 まだ「完了」ボタンは押せないけれど。

 代わりに、こくり。


 一つの勇気を持つように、うなずいた。











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