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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第2章:人口爆発と衛生インフラ問題 ―― 地下水脈層を解放せよ
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第39話 設計は正しかった、だから危なかった

 透き通った猛毒の水をたたえる地底湖のほとり。

 カンテラの淡いオレンジ色の灯りと、古代の補助存在たちが放つ青白い魔力の光が交差する中、レイン・ヴァルトは展開された立体地図ホログラムを睨みつけていた。


 地上では今この瞬間も、不衛生な環境と汚水によって、病魔が確実に人々の体を蝕んでいる。

 猶予はない。一刻も早く、この毒水を浄化して地上へと引き上げ、そして地上の汚水を『腐れ谷』と呼ばれる地下の底なし穴へと捨て去る、巨大な水循環の仕組み(システム)を完成させなければならない。


「……各モジュールの提案プロポーザルを出せ。地底湖からの取水、灰吸い岩による濾過、地上への配水、そして腐れ谷への排水。これらすべてを繋ぐ、最も効率的な経路ルーティングの構築だ」


 レインが指示を出すと、彼を取り囲む四体の光の精霊たちが、一斉に空中の図面にそれぞれの『最適解』を描き込み始めた。


『分析完了しました。魔力消費を最小限に抑えるため、既存の崩落した縦穴をそのまま配水管パイプとして利用する「最短直線ルート」を推奨します。余計な迂回を省けば、二時間で開通可能です』


 青い光の玉、セレスが、極めてシンプルで直線的な導線を引く。


『冗談じゃないわ! そんなただの穴を水が通るなんて美しくない! 私の設計なら、三つの巨大なシャンデリア型浄水槽を経由して、水が光り輝きながら地上へ噴き出す完璧な芸術作品アートになるわよ!』


 赤い光の玉、ミストがセレスの直線をぐちゃぐちゃに上書きし、壮大で無駄の多い宮殿のような水路図を展開する。


『バッカじゃねえの! そんなもん作ってる間に地上の連中が死んじまうぞ! ここは俺に任せな、ポンプの出力を限界突破オーバークロックさせて、岩盤ごとブチ抜いて一気に水を押し上げてやる! 多少水漏れしても、勢いでカバーだ!』


 黄色い光の玉、ルカが凶暴な水圧を前提とした、乱暴極まりない水路を提案する。


『すべて却下します。現在の地質データから推測し、水圧の上昇は予測不能な崩落を招きます。……安全を担保するためには、水路の周囲九十パーセントを分厚い魔力防壁で完全に封鎖ロックダウンし、三段階の減圧弁を設置するべきです。工期は七日間を要します』


 緑の光の玉、ノアが、安全性を極限まで高めた代わりに、絶望的に時間のかかる重厚な設計図を提示する。


 四者四様の、極端すぎる提案。

 だが、レインは慣れた手つきで端末を操作し、彼らの設計図の「使える部分」だけを次々と切り抜いて繋ぎ合わせていく。


「ミストの装飾は全削除だ。だが、三段階の浄水槽という『階層化』のアイデアは物理フィルターとして採用する。ノアの完全封鎖は工期的に不可能だが、水圧が集中する連結部ジョイントにだけは魔力防壁を張る。……そしてベースとなる導線は、セレスの提案した『最短直線ルート』だ」


 レインの指先が動き、空中のホログラムが、極めて無駄のない、一本の洗練された美しい線へと収束していく。


「動力を節約するため、ルカのポンプの出力は七割に制限する。……これで、工期は半日。今日の夕方には、地上に最初の清水を届けることができる『最小構成の浄水ライン(ミニマム・プロダクト)』の完成だ」


『……承認します。魔力消費量、工期、安全係数のバランスにおいて、現在取り得る最も合理的な最適解です』

 ノアが、わずかな不満を滲ませながらも、論理的な敗北を認めて明滅した。


 紙の上――いや、光の図面の上では、これ以上ないほど完璧な設計だった。

 最短の距離で、最小の魔力で、最大の水量を送る。システム管理者として、レインが導き出した一つの「正解」である。


 だが。


「……おい、インテリ様。本気でこの図面の通りに、水を通すつもりか?」


 ずっと黙って腕を組んでいた老坑夫のドルクが、忌々しそうにしゃがれ声を上げた。


「何か問題でもありますか、ドルクさん。ポンプの設置場所も、あなたが教えてくれた灰吸い岩の鉱脈も、すべて計算に組み込んであります」


 レインが振り返ると、ドルクはカンテラを掲げ、光の図面の一箇所――水が下から上へと真っ直ぐに押し上げられる『直線ルート』の部分を、太く節くれだった指でドンッと突いた。


「ここの縦穴だ。お前さんの図面じゃ、ただの真っ直ぐな土管みたいに見えるだろうが……実際の現場の穴は、途中で少しだけ『くの字』に曲がって、さらに狭くなってるんだよ」


「……狭くなっている? セレス、スキャンデータはどうなっている」


『……岩盤の厚みによる誤差の範囲内です。水流の通過スループットに致命的な影響を与える障害物は検知されていません』

 セレスが即座に否定する。


「光の玉の言う通り、岩が詰まってるわけじゃねえ。水は通るさ。……だがな」


 ドルクは、鋭い眼光でレインを睨みつけた。


「水ってのは、紙の上の線とは違う。生き物なんだよ。……狭い場所を無理やり通ろうとすれば、水はそこで息を詰まらせて、暴れるんだ。そこへ下から絶え間なく新しい水が押し寄せれば、行き場を失った力は必ずどこかへ『逆流』する」


 ドルクは自身の喉を指差すような仕草をした。


「俺たち坑夫は、そういう場所を『岩の咽せ(むせ)』って呼んでる。……悪いことは言わねえ。最短ルートなんて諦めて、少し遠回りでも、水がゆっくりと流れるなだらかな横穴を探して迂回させろ。そうじゃなきゃ、必ずどこかで破綻するぞ」


 長年、地下で水と岩を相手にしてきた専門家からの、極めて深刻な警告。

 ガルムもまた、ドルクの言葉に同調するようにハンマーの柄を握り直した。


「レイン。このジジイの勘は、大抵の場合、嫌になるくらい当たるぜ。……図面を少し引き直した方がいいんじゃねえか?」


 だが、レインは端末の画面から目を離さず、固く唇を結んだ。


 ドルクの言う通り、迂回ルートを探すのが「安全」なのかもしれない。

 だが、迂回すれば当然、配管の距離は伸びる。距離が伸びれば、水を押し上げるための魔力ポンプの負荷が増大し、設置にかかる時間も数時間、いや半日は余計にかかる。


 レインの脳裏に、地上で苦しそうにうめき声を上げていた若い作業員たちの顔と、エルメアの血を吐くような「猶予は二日」という言葉が蘇った。


「……迂回は、しません」


 レインは顔を上げ、冷たい決意を込めた声で言い切った。


「なっ……! お前さん、俺の忠告が聞けねえってのか!」

 ドルクが激昂し、カンテラを振るって詰め寄る。


「あなたの経験を疑っているわけではありません、ドルクさん。ですが、俺たちには『時間』という最も貴重なリソースが残されていない」


 レインは図面の直線ルートを指差した。


「地上では今この瞬間も、水不足と不衛生によって命が削られている。配水を半日遅らせるということは、その間に数人の命が失われるという明確なリスク(代償)を伴います。……セレスのスキャンデータと、ノアの安全係数計算では、この『くの字』の狭い縦穴でも、水圧に岩盤が耐えきれると出ている。ならば、俺はシステムが弾き出した『最速』に賭けます」


「……この、分からず屋の青二才が!!」


 ドルクが怒号を上げ、地面に唾を吐き捨てる。


「機械が弾き出した数字なんざ、土の匂い一つ嗅げねえまやかしだ! 水が暴れ出した時、そのツケを払わされるのは現場の人間なんだぞ!」


「ツケが回ってきた時は、管理者である俺が全責任を負って修正デバッグします。……ですが今は、最短で水を通すことが最優先です」


 レインは一歩も引かなかった。

 冷徹なシステム管理者としてのロジックと、地上の命を救うという使命感。その二つが完全に結びついた結果、彼は初めて、現場のプロフェッショナルの「アナログな直感」を論理的に切り捨てるという決断を下したのだ。


 それが、システム開発において最も恐ろしい『技術的負債』を抱え込む行為であると、頭の片隅で理解してはいた。

 それでも、彼はアクセルを踏み込むしかなかった。


「……親方。作業を開始してください。図面の通り、最短直線ルートで配管を組み上げます。……ドルクさんは、灰吸い岩の層への案内と、足場の確保をお願いします」


「……チッ。勝手にしろ。どうなっても知らねえからな」


 ドルクは忌々しそうに背を向け、カンテラを揺らしながら歩き出した。

 ガルムもまた、心配そうな視線をレインに向けながらも、作業員たちを率いて大槌を構えた。


「おい野郎共! エリート様の指示通りだ! 岩を砕いて、ポンプの土台を据え付けるぞ! 地上で寝込んでる仲間たちに、一刻も早く綺麗な水を届けてやるんだ!」


「おおおおっ!!」


 暗い地下水脈に、ツルハシが岩を砕く甲高い音と、男たちの気合の入った掛け声が響き渡る。


 レインの指示に従い、地底湖から水を吸い上げるための魔導ポンプが設置され、そこから太い木製の管と、岩盤の穴を魔力でコーティングした簡易的なパイプラインが、次々と地上へと向かって組み上げられていく。


 作業は驚異的なスピードで進んだ。

 レインが事前に「ルカ」の自動化支援を用いて、作業手順の無駄を極限まで削ぎ落としていたからだ。

 岩を削る際も、崩れやすい場所は「ノア」が事前に警告を発し、「セレス」のデータに基づいて最短距離を突き進む。

 そして、中継地点となる灰吸い岩の層では、ドルクの指示のもと、見事な自然のフィルターとなる巨大な「多層沈殿池」が削り出された。


 汗と泥にまみれ、体力を限界まで削りながらの過酷な土木工事。

 だが、地上で待つ者たちの命を救うという明確な目的が、作業員たちの腕に限界を超えた力を与えていた。


 やがて、数時間の死闘の末。


「……繋がったぞ!!」


 泥だらけになったガルムが、最後の接合部ジョイントの金具を大槌で打ち込み、歓喜の声を上げた。


 地底湖から吸い上げられた水が、灰吸い岩のフィルターを通り、真っ直ぐな縦穴を抜けて、地上の居住区画まで一気に駆け上がる。

 そして同時に、地上で発生した汚水を、地下のさらに奥深く――『腐れ谷』と呼ばれる底なしの奈落へと一括で落とし込むための、太い排水管のルートも完成していた。


 水を取り、そして捨てる。

 都市の血管であり腸でもある、巨大なインフラの最小構成ミニマム・プロダクトが、ついに物理的に連結されたのだ。


「……終わりましたね」


 レインは手元の端末を開き、システム全体にエラーがないか、最終的な確認処理コンパイルを走らせた。

 画面に表示されるのは、美しい緑色で示された「オール・グリーン」のサイン。


 設計は完璧だった。

 魔力消費も許容範囲内。工期も予定通り。

 机上の計算通り、最も無駄のない、最も美しいシステムが組み上がった。


「親方、皆さん、お疲れ様でした。……地上に戻りましょう。第一回の『仮通水試験テストラン』を実行します」


 レインの言葉に、作業員たちが泥だらけの顔をほころばせ、拳を突き上げた。

 彼らは自分たちの手で作り上げた巨大な配管を誇らしげに見上げながら、足早に地上へと続く階段へ向かっていく。


 だが、その列の最後尾。

 老坑夫のドルクだけは、壁に埋め込まれた『くの字』に曲がった縦穴の配管部分を、まるで時限爆弾でも見るかのような、ひどく冷たい目で見つめ続けていた。


「……設計は正しかった。数字も合ってた。……だから、危ねえんだよ」


 ドルクはしゃがれ声で誰にともなく呟くと、カンテラの灯りを落とし、ゆっくりと皆の後を追った。


 完璧すぎるシステムが孕む、致命的な死角。

 現場の「アナログな警告」を無視して組み上げられたその配管の中で、地下水という名の生き物が、静かに、そして確実に牙を研ぎ始めていることに。

 この時のレインは、まだ気づくことができなかった。

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