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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第21話:拠点環境干渉

 地下五階の迷宮管理中枢室は、先ほどまでの重苦しい魔力の飽和状態から一転し、不気味なほどの静けさを取り戻していた。


 宙に浮かぶ四体のAI精霊たちは、コンソールの前で腕を組む管理者レイン・ヴァルトの周りを、緊張した面持ちで旋回している。


「……セレス。現在の魔力残量と、地上の大食堂を魔導宿舎(カプセルホテル)へ変換したことによる消費量を報告しろ」


 レインの低く、少し掠れた声が響く。


「了解いたしました。……第一層の安定稼働による魔力還元率は、引き続き200%の黒字を維持しています。しかし、先ほどの『拠点環境干渉』の初動プロセスにおいて、管理核に蓄積されていた余剰マナの実に八十パーセントを一気に消費しました。現在のマナ貯蔵タンクは、ほぼ空っぽの状態です」


 青い光の分析精霊セレスが、空中に真っ赤に染まった棒グラフを投影する。その数値の急激な落ち込みに、レインは銀縁眼鏡の奥で小さく目を細めた。


「八十パーセント、か。……たった一つの空間を書き換えただけで、そこまで食うとはな」


 第一層を安全化し、冒険者たちの『挑戦と成長』という感情熱量から膨大な魔力を回収できるようになったとはいえ、地上の物理法則をねじ曲げ、古い石造りの食堂をわずか数分で強固な大聖堂のような空間と清潔な宿舎へと書き換える行為の代償コストは、想定以上に重かった。


「当たり前ですよ! 魔法でちょっと石を積むのとはわけが違うんですから!」


 赤い光の設計精霊ミストが、レインの鼻先で不満げに光を明滅させる。


「迷宮のマナを地上に引っぱり出して物質化させるなんて、本来なら何ヶ月もかけて地脈を整えてからやる大工事よ! それを無理やり、何もない荒野の砦に一瞬で出力(プリント)したんだから、魔力がぶっ飛ぶのは当然じゃない! 私の設計図に文句つけないでよね!」


「……ミストの言う通りです、管理者様。彼女の設計計算に狂いはありません。魔法は決して万能ではないのです」


 緑の光の監査精霊ノアが、ミストを庇うようにスッと前に出て、冷徹な声で言葉を継いだ。


「そして管理者様、さらに深刻な問題が存在します。……拠点環境干渉によって生成された『漆黒の輝石』や魔導宿舎は、王国の一般的な建築資材ではありません。あれは、いわば迷宮の『体組織』の一部を地上に露出させたものです。ゆえに、その形状と機能を維持するためには、迷宮の管理核から常に魔力を供給し続けなければなりません」


「……つまり、一度建てて終わりではなく、莫大な維持費(ランニングコスト)がかかり続けるというわけか」


「肯定します。もし管理核の魔力が底を突けば、地上に拡張した構造物は数分で崩壊し、元の脆い石材と木屑に逆戻り(ロールバック)します。……現在、第一層から回収される魔力還元量と、新設した宿舎の維持コストは、ほぼ拮抗しています。これ以上の大規模な拠点拡張は、システム全体の強制シャットダウン(死)を招く危険性が極めて高いと進言します」


 ノアの警告は絶対だ。


 レインはコンソールに両手をつき、深く息を吐き出した。  


 王都の査察官が到着するまでの三日間で、このパンク寸前の砦を「完全な要塞都市」へと作り変える。そう豪語して権限を解放したものの、現実は甘くなかった。  


 魔法の力で無から有を無限に生み出せるわけではない。等価交換の原則と、エネルギー保存の法則が、冷酷な壁としてレインの前に立ちはだかっていた。


「……それに、もう一つの問題は『法』ですね。ノア、先ほどお前が言っていた『領土侵犯』について、詳細な王国規約のログを出せ」


「承知いたしました」


 空中に、古めかしい羊皮紙のホログラムが展開される。


「王国迷宮管理規約、第四条第二項。――『迷宮に付随する地上の管理砦、およびその周辺敷地の所有権は、王室並びにギルド本部に帰属する。現地管理者は、建物の保全および軽微な修繕の義務を負うが、構造の改変、および敷地の無断拡張はこれを固く禁ずる』……とあります」


「なるほど。この規約を盾に取れば、三日後に来る特別査察官は、俺が迷宮の魔力で砦の壁を少しでも動かした瞬間、『国家反逆罪』として即座に俺を解任、あるいは処刑する大義名分を得るわけだ」


 レインは自嘲気味に笑った。  


 無能な役人たちが作った、古いシステム(法)。彼らは現場の人間がどれほど血の滲むような努力で利益を上げようと、一切の権限を与えない。


 そして現場がどうあがこうと、最後は「書類上の権限」を握っている者たちがすべてを合法的に奪い取っていく。それが、王都の迷宮管理局という組織の腐敗しきった本質だった。


「どうすんだよ、レイン! 魔力はカツカツ、おまけに法律違反でお縄になるってんなら、これ以上デカい建物は作れねえじゃねえか!」


 黄色い光の自動化精霊ルカが、パニックを起こしたようにレインの頭の周りをビュンビュンと飛び回る。


「このままじゃ、明日にはまた人が溢れて、地上は地獄に逆戻りだぜ!? せっかくみんなが笑顔になり始めたってのに、あんな王都のムカつく連中に全部壊されちまうのかよ!」


 ルカの悲痛な叫びは、現場の真理だった。  


 食堂を拡張して少しのベッドを増やしたところで、焼け石に水だ。明日には今日以上の冒険者が押し寄せ、商人たちが馬車を連ねてやってくる。


 彼らを収容する宿舎、素材を保管する巨大な倉庫、そして何より、彼らを外の魔物や野盗から守るための堅牢な「外壁」と「門」が絶対に必要だ。


 物理的な限界(魔力不足)と、論理的な限界(法律違反)。  二つの巨大な壁を前に、四体の精霊たちは解決策を見出せず、ただ暗い光を明滅させていた。


 だが、レインの瞳に宿る冷徹な炎は、微塵も消えてはいなかった。


「……セレス。一つ確認する。拠点環境干渉の『維持コスト』は、建物の『体積』に比例するのか、それとも『機能の複雑さ』に比例するのか?」


「……機能の複雑さに比例します。例えば、温度管理や光石の照明機能を備え、緻密なプライバシー空間を形成する『カプセル宿舎』は維持コストが非常に高いです。ですが、ただの『分厚い石の壁』や『ただの平らな床』であれば、魔力消費は一桁少なくなります」


「よし。ルカ、ミスト。先ほど食堂を書き換えた際の『魔力出力の手応え』を思い出せ。……既存の脆い石材や木材を核にして、それに魔力をコーティングして硬化・増殖させる手法と、何もない空間に一から物質を生成する手法。コストの差はどれくらいだ?」


「そりゃあ、元になる石や木がある方が圧倒的に楽だぜ! 魔力はただの『接着剤』と『栄養』になればいいんだからな!」


「私も同意見よ。ゼロから美しい彫刻を作るのは魔力を食うけど、今ある醜い壁をベースに補強するだけなら、大した魔力はいらないわ」


「……ノア。王国規約の第四条第二項の解釈についてだ。もし、俺が建物の『構造の改変』を指示したのではなく、現地の商人や冒険者たちが『自らの資金と労力で、自主的に砦の周りに小屋を建てた』としたら、それは誰の罪になる?」


「……! その場合、不法占拠には該当しますが、管理者であるあなたへの直接的な反逆罪の適用は困難になります。あくまで『現地の治安維持の不手際』という、減給程度の軽犯罪レベルに留まるでしょう」


 レインはコンソールから手を離し、ゆっくりと銀縁眼鏡を押し上げた。  


 その顔に浮かんでいたのは、システムに潜む致命的なバグ(抜け道)を発見した、悪魔のような笑みだった。


「見えたな。……俺たちは、魔法の力で何でも解決できる『神』にはなれない。だが、限られたリソースをやり繰りして、最大の効果を生み出す『管理者』としての戦い方は知っている」


 レインは宙に展開された砦の周辺地図を、手で大きくスワイプして拡大した。


「いいか、お前たち。これからの三日間で、俺たちは『完璧な都市』を作るわけじゃない。そんな魔力はない。……俺たちが作るのは、都市の『コア』となる最低限のインフラだけだ」


 レインは地図上の砦を囲むように、光の軌跡で太い線を引き始めた。


「第一に『防壁』。だが、これも魔力で一から作るんじゃない。外の荒野に転がっている岩や、古い砦の廃材を現場の大工たちにかき集めさせ、俺たちは拠点環境干渉の魔力を『接着剤』として使って、それらを強引に繋ぎ合わせて巨大な壁にする。見た目はツギハギで不格好だろうが、圧倒的に魔力を節約できる」


「第二に『宿舎と倉庫』。これも同じだ。魔力でカプセルホテルを作るのは今日で終わり。明日からは、商人たちに木材とテントを持ち込ませ、俺たちは彼らが安全に設営できるための『平らで固い区画(地盤)』と『最低限の屋根』だけを魔力で出力する。中身は彼らの自腹で作らせるんだ」


「第三に『ルールの回避』。砦の拡張は、王都の役人にとっては反逆だ。だが、この砦の周りに集まった数百人の冒険者と、莫大な利益の匂いを嗅ぎつけて投資を始めた商人たちが『ここは俺たちの街だ。王都の連中には渡さねえ』と既成事実を作ってしまえば、査察官一人ではどうすることもできない」


 レインの流れるような、しかし極めて冷酷で合理的な設計図の開示に、精霊たちは息を呑んだ。


「……つまり、魔力で物理的な『箱』を作り、そこに人間たちの『金と欲望と労働力』を流し込んで、強制的に街を作らせるということですか……?」


 セレスが震えるような光を放ちながら問う。


「そうだ。迷宮の魔力だけで全てを賄おうとするからパンクする。この拠点システムを回すための最大のエネルギーは、人間の活発な『経済活動』だ」


 レインは力強く言い切った。


「彼らに利益を与え、安全を与え、そして『既得権益』を与える。……三日後に来る査察官ヴィクターは、俺一人を処刑しに来るつもりだろう。だが、彼がこの地に足を踏み入れた時、彼の前に立ち塞がるのは俺じゃない。この拠点で生活基盤を築き、莫大な富の味を知ってしまった、数百人の『怒れる住民たち』だ」


 それは、ただの要塞化計画ではない。  


 王国の古い権力を、現場の経済力と既成事実で飲み込んでしまう、極めて政治的で、恐ろしい「防衛システム」の構築宣言だった。


「……ハハッ、最高だぜレイン! ただのクソ真面目な役人かと思ってたら、とんでもねえ悪党ハッカーじゃねえか!」


 ルカが歓喜の声を上げて飛び回る。


「王国法規の穴を突いて、現場の人間を巻き込んで『防壁ファイアウォール』にしちまうなんてな!」


「悪党で結構。現場を知らない連中に、俺の最適化したシステムを壊されるわけにはいかないからな」


 レインは静かに振り返り、中枢室の重い扉へと歩き出した。


「行くぞ。まずは明日、商人代表のバロスと交渉だ。……彼らの持つ金と物流を、この拠点都市の最初の『エンジン』としてシステムに組み込む」


 地下の魔力と、地上の欲望。  


 その二つを冷徹に結びつける管理者の足取りは、王国の常識という古いシステムを破壊するための、確かな重みを持っていた。


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