第2話:最悪の現状分析
薄暗かった地下の中枢室が、四色の淡い光に照らし出されている。
宙に浮かぶ四つの光球――古代のAI精霊たちを前に、歴戦の傭兵のようなガルムでさえ、あんぐりと口を開けて硬直していた。
「おい……なんだよ、こいつら。生きてんのか?」
「正確には、魔力で構成された疑似人格のインターフェースです」
レインの冷静な返答に、騒ぎを聞きつけて階段を駆け下りてきたベルダも目を丸くした。
「ちょっと、あんた何をやったのさ! その石っころが光るなんて、私がここに来てから十年間、一度も見たことがないよ!」
「十年間、放置されていたということですね」
レインは小さく息を吐き、宙を舞う四体の精霊に向き直った。
彼らは管理核に紐づく補助存在だ。それぞれが高度な知能を持つが、専門分野が極端に偏っているため、単独では迷宮の運営を任せられない。最終的な統合と判断は、人間の管理者が行う必要がある。
「全員、静かに。まずは状況を整理する。セレス、迷宮全体の被害状況を簡潔に報告してくれ」
『了解しました、管理者様』
青い光の精霊、セレスがすうっとレインの前に進み出た。
『現在、当迷宮は事実上の機能停止状態にあります。特に深刻なのは、第一層における「魔物の生態系崩壊」と「深刻な赤字」です。ゴブリンなどの下級魔物が本来の縄張りを越えて徘徊しており、採集可能な資源の八十二パーセントが枯渇しています』
「なるほど、素材が採れないから冒険者が来ない。……安全面はどうだ、ノア?」
『最悪の一言に尽きます』
緑の光の精霊、ノアが厳しい声色で告げる。
『第一層の初心者用通路に、壊れた第三層用の「即死級の落とし穴」が混入したまま放置されています。また、崩落による安全基準違反が四百件以上。現在の状態での立ち入りは、自殺行為に等しいと断言します』
「おいおい……」と、背後でガルムが顔を引きつらせた。「あそこ、最近でも新人のガキ共が潜り込もうとしてたぞ……」
『罠を直したくても資材がないんだよ!』
黄色の光の精霊、ルカがせわしなく飛び回りながら叫ぶ。
『管理核の魔石残量は五パーセント未満! 自動巡回ゴーレムも全滅! 壊れた罠の再装填ラインも、動力不足で動かしたくても動かせない!』
『それに何より、道が汚いわ!』
最後に、赤い光の精霊ミストが不満げに声を上げた。
『崩れた壁のせいで導線がぐちゃぐちゃ。見栄えも最悪。これじゃあ冒険のロマンもへったくれもないわよ! せっかくの私の美しいダンジョン設計が台無しじゃない!』
四体の報告を聞き終え、レインは顎に手を当てた。
魔物の偏在、罠の故障、資材不足、導線の崩壊。
王都の書類では「収益悪化」の一言で済まされていたが、現場の惨状は想像を絶していた。文字通り、迷宮としての前提が崩壊している。
「……こいつら、迷宮の状況を全部把握してやがるのか」
ガルムが唸るように呟いた。
「だが、把握したところでどうにもならねえ。これだけ壊れちまってたら、直す金も人も足りない。やっぱり終わりじゃねえか」
『いいえ、解決策はあります!』
ミストが自信満々に前に出た。
『深層エリアに封印している予備魔力を全部引っ張り上げて、第一層の地形を丸ごと作り直しましょう! ついでに、壁を大理石にして噴水を――』
『却下します』ノアが即座に切り捨てる。『第一層の景観など無意味です。まずは全冒険者を締め出し、三年かけて安全監査と補修工事をやり直すべきです』
『三年も待てるか!』ルカが反発する。『手っ取り早く、第一層に毒ガスを充満させて魔物を一度全滅させようぜ! リセットすれば縄張りも元通りだ!』
『どれも非現実的です』セレスが冷ややかに告げた。『私の計算では、王都に巨額の追加予算と討伐部隊の派遣を要請するのが、最も生存率の高い最適解です』
「…………」
大改造、三年封鎖、毒ガス掃討、そして王都への泣きつき。
四者四様の極端すぎる提案が飛び交い、ベルダとガルムは完全に呆気にとられている。
「……おい、新入り」
ガルムが胡乱な目でレインを見た。
「この光る玉っころ共は、揃いも揃って頭が湧いてんのか? 大理石だの毒ガスだの、そんなもん用意できるわけねえだろ」
ガルムの言う通りだった。
精霊たちは有能だが、彼らの出す答えはあくまで「己の担当領域における理想論」に過ぎない。
現場のしがらみや、リソースの限界という概念が抜け落ちているのだ 。
レインは騒ぎ立てる精霊たちを見つめ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「全員、静かにしろ」
静かな、しかし有無を言わせぬ響きを持った声。
その一言で、中枢室の空気がピリッと張り詰め、四体の精霊がピタリと動きを止めた。
「ミスト、深層の封印は解かない。ノア、三年も封鎖したらこの砦が干上がる。ルカ、毒ガスを使ったら採集素材まで駄目になる。そしてセレス――俺を左遷した王都が、追加予算など出すわけがない」
淡々と、すべての提案を論理的に切り捨てる。
精霊たちが不満げに明滅する中、レインは迷宮の全体図が薄っすらと浮かぶ管理核に触れた。
「机上の空論は終わりだ。ここからは、現場の現実を見てもらう」




