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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第1話:左遷先は廃迷宮

 王都から揺られること十日。馬車を降りたレイン・ヴァルトを出迎えたのは、喉にへばりつくような乾いた風と、寂れた石造りの砦だった。


 灰霧迷宮グレイホロウ


 かつては近隣の鉱山街を潤し、多くの冒険者で賑わったという辺境の迷宮拠点。だが、目の前にある「灰霧前砦」の現状は、控えめに言っても末期症状だった。


(外壁の修繕跡が雑すぎる。おまけに荷馬車の轍が不自然に歪んでいるな。搬入時の導線すら確保されていないのか……)


 レインは長旅で凝り固まった首の筋をほぐしながら、小さく息を吐いた。


 傾いた案内板の文字は掠れて読めず、広場には所在なげに座り込む薄汚れた傭兵が数人いるだけだ。活気など欠片もない。


 王都の迷宮管理局では、新規迷宮の開発や大型魔物の討伐など「見栄えのする成果」ばかりが評価された。『お前は地味な守りしかできない』――そう吐き捨てた上司の冷たい視線を思い出す。


 結果として、レインはこの事実上の左遷を受け入れた。だが、不遇を嘆いて立ち止まる趣味はない。赴任した以上、ここは自分の職場だ。


 レインは重い荷物を持ち直し、軋む木扉を押し開けて管理棟へと足を踏み入れた。


「……あ? なんだい、冷やかしなら帰ってくれ。ここはもう、まともな依頼なんてないよ」


 カビ臭い受付カウンターの奥から、けだるげな声が響く。


 擦り切れた帳簿から顔を上げたのは、三十代後半ほどの女性だった。目の下には濃い隈があり、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。事前の資料によれば、受付兼会計補佐のベルダだろう。


「本日付で灰霧迷宮の管理責任者に着任した、レイン・ヴァルトです。あなたがベルダさんですね」


「……は? あんたが?」


 ベルダはペンを置き、あからさまなため息をついた。


「王都から来るって聞いてたけど、また随分と若いのが来たね。前の管理者は半年で泣いて逃げたけど、あんたはいつまでもつやら……」


 彼女が呆れたようにぼやいた直後、奥の部屋からドスドスと重い足音が近づいてきた。


 無精髭を生やし、歴戦の冒険者を思わせる威圧感を持った大柄な男。現場作業員頭のガルムだ。


「おいおいベルダ、管理局の連中はついに頭がイカれたか? こんな優男一人よこして、このゴミ溜めをどうしろってんだ」


「初めまして、ガルムさん」


「挨拶はいい。どうせあんたも、現場も見ずに無茶な命令だけ出して、嫌になったらトンズラするんだろ。ここは罠は壊れっぱなし、魔物の生態系はメチャクチャ、金も人もねえ。完全に終わってんだよ」


 敵意と深い諦めを隠そうともしないガルムに対し、レインは表情を変えずに口を開いた。


「終わっているかどうかは、現状を正確に把握してから判断します。……一つ聞きたいのですが、外の第一倉庫口に積まれていた木材は、いつから放置されていますか?」


「あ? 三日前からだが、それがどうした」


「雨除けのシートがずれていました。この地域の湿気なら、あと二日で建材としては使い物にならなくなります。それに、あの配置では搬入馬車の旋回スペースを潰している。すぐに移動させた方がいい」


「……なに?」


 ガルムが怪訝そうに眉をひそめる。


 王都のエリート風を吹かせて偉ぶるでもなく、かといって現場の悲惨さに怯えるでもない。ただ淡々と「業務の不備」を指摘したレインの態度は、彼の想定から少し外れていたらしい。


「荷解きは後でやります。まずは、迷宮の管理中枢を見せてください」


 反論の隙を与えず、レインは静かに要求した。


 案内されたのは、管理棟の地下深くに位置する中枢室だった。


 埃っぽい部屋の中央に、巨大な黒い結晶体が鎮座している。古代文明の遺物である「管理核」。迷宮全体の状況を把握し、制御するための心臓部だ。


「見ても無駄だぜ」


 と、背後でガルムが腕を組む。


「魔力不足で、一階層の地図すらロクに映らねえ。ただのデカい石ころだ」


「……確かに、魔力の循環経路が詰まっていますね。ですが、基盤自体は生きている」


 レインは迷いなく管理核に歩み寄り、その表面にそっと両手を触れた。


 目を閉じ、自身の魔力を古代の規格に合わせてゆっくりと流し込んでいく。


(――ひどい目詰まりだ。錆びついた管に無理やり水を通すような重さがある)


 額にじわりと汗が浮かぶ。戦闘力は一般冒険者にも劣るレインだが、この「魔力波長の同調」と「構造の把握」においてだけは、局内で右に出る者がいなかった。


 切断された経路を慎重に迂回し、予備回線を叩き起こす。


(承認プロトコル、管理者権限で強制上書き――通れ!)


 直後、黒い結晶体の奥底で、青白い光がドクンと脈動した。


『――主電源の再起動を確認。生体認証完了。新規管理者権限、承認されました』


 無機質で冷たい、しかしまるで脳内に直接響くような声が室内に満ちる。


 ガルムが「な、なんだ!?」と目を見開く中、結晶の周囲に四つの光の球が浮かび上がり、それぞれが実体を持ったホログラムのように姿を結んでいく。


 古代の補助存在、AI精霊たちだ。


『現状分析を報告します。迷宮内環境は劣悪。総体評価、危険度クラス4。早急な根本的見直しを推奨します』


 最初に口を開いたのは、青い光を纏う理知的な声の精霊、セレスだった。


『あーっ、もうずっと窮屈だったんだから! ねえ新しい管理者様、まずはこの古臭い第一層の構造から全部作り直しましょうよ! 私なら最高にドラマチックな――』


『却下します。現在の安全基準違反数は第一層だけで四百件を超過。遊んでいる場合ではありません』


 構想をまくし立てる赤い光のミストを、厳格な声色を持った緑の光のノアが冷たく遮る。


『あーもうどっちでもいいから早く作業させろ! 罠の再装填機構が死んでるんだよ! 自動化ライン復旧の許可出せ!』


 さらに、黄色の光のルカがせっかちに飛び回りながら要求を突きつけてくる。


 分析、設計、監査、自動化。


 四者四様の極端な提案と警告が、嵐のように飛び交う。


 並の人間なら頭を抱えたくなるような情報量だが、レインは微塵も慌てることなく、ただ静かに光の精霊たちを見据えた。


 疲労の底から、ほんのわずかな笑みがこぼれる。


 直すべき問題が山積みであることは分かった。しかしそれは同時に、自分の手で「改善する余地」が無限にあるということだ。


「……なるほど。ガルムさん」


「あ、ああ……? なんだよこれ、お前がやったのか?」


「ええ。どうやら、あなたの見立ては少しだけ間違っていたようです」


 レインは管理核の眩い光を背に受けながら、静かに、しかし確かな熱を持った声で告げた。


「この迷宮は、まだ死んでいません」

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