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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第19話:人が増えたからこそ見える「ボトルネック」

 第一層の「安全区画」が正式稼働して、およそ一週間が経過した。


 灰霧前砦の朝は、これまでにない異様な熱気と、すえたような汗の臭い、そして怒号に包まれていた。


「こら! 押すんじゃないよ! あんたたち、何度言ったら分かるんだい。買い取りの査定は整理券の番号順だって昨日から言ってるだろうが!」


 一階の受付カウンターの奥で、受付嬢のベルダが血走った目で怒鳴り声を上げていた。


 彼女の目の前には、砦の入り口から外の荒野に向かって、ズラリと長蛇の列ができている。


 リナたち第一陣が持ち帰った「規格外の成果」と「絶対に死なない迷宮」という噂は、この一週間で風に乗り、最寄りの宿場町や近隣の村々にまで確実に届いていた。


 一攫千金を夢見て押し寄せた若い流れ者たち。鍬を剣に持ち替えた近隣の農民。そして、噂を嗅ぎつけていち早く馬車を走らせてきた、近隣都市の中規模商会の買付人たち。


 絶対数で言えば、百人にも満たない規模だ。だが、元々「十数人の死に損ない」を収容するためだけに細々と維持されていたこの辺境の小さな砦にとって、その人数の増加は、致死量の飽和オーバーフローを意味していた。


「ベルダの姐御! 昨日の預かり証の換金はまだか!? ギルドからの現金輸送馬車が着くって話だったじゃねえか!」


「うるさいね! 今、外の馬車から金庫に銀貨を移してる最中だよ! 数える暇もないんだから、ちょっと待ってな!」


 怒号を飛ばしながら、ベルダは両手で羽ペンを握りしめ、新規入場者の名簿と、支払いの預かり証の照合を猛烈な勢いで並行処理していく。


 彼女の背後、本来なら居住区であるはずの二階への階段下には、寝所(宿舎)に入れなかった冒険者たちが私物を広げて座り込み、通路すら塞ごうとしている。元々の宿舎は、せいぜい十人強が雑魚寝できる程度の広さしかなかったのだ。


「親方! こっちの麻袋、もう置く場所がねえぞ!」


「倉庫はとっくに満杯だ! 仕方ねえ、食堂のテーブルを端に寄せて、そっちに積み上げろ!」


 ホールの反対側では、現場作業員頭のガルムが、大槌を杖代わりにして荒い息を吐いていた。


 一週間前にレインの指示で導入した大型の重量計(台秤)はフル稼働しているが、量った後の「巨大な麻袋」を一時保管する場所が、砦のどこにもないのだ。


 運び込まれた素材の山は、受付の裏を占拠し、通路に溢れ、ついには唯一の憩いの場であるはずの大食堂の床面すらも埋め尽くそうとしていた。さらに悪いことに、大量の生草が密集して置かれたことで内部に熱がこもり、一部の薬草が発酵してツンとした腐敗臭を放ち始めていた。


「おい、食堂が草と泥の袋で一杯じゃねえか! これじゃ飯も食えねえし、休む場所もねえぞ!」


寝所ベッドが空くのを三日も待ってるんだ! 廊下で寝てたら、昨日なんて上を誰かが踏んでいきやがった! ふざけんな!」


 迷宮から戻ってきた冒険者たちが、行き場を失ってホールで不満の声を上げる。


 稼げるようになったことで、彼らはより長く迷宮に滞在し、より疲労して帰ってくる。だが、砦には彼らが安全に休息し、装備を手入れし、泥を落とすための「設備」が、もはや物理的に存在しなかった。


「ああもう、どうすりゃいいんだ……! これじゃ、金はあっても砦がぶっ壊れちまう!」


 ガルムが頭を抱え、限界を迎えたベルダが絶望的な顔で天を仰いだ、その時だった。


『――カンカンカンカンッ!!』


 受付ホールの二階、吹き抜けになっている内廊下の手すりを、硬い金属で叩く甲高い音が鳴り響いた。


 一瞬にして、ホールの喧騒がピタリと止む。


 群衆が一斉に見上げた先には、銀縁眼鏡をかけた黒髪の青年――迷宮管理者、レイン・ヴァルトが、感情を排した冷徹な眼差しで見下ろしていた。


「全員、その場から動くな。これより、本拠点における『入場制限トラフィック・コントロール』を発動する」


 レインのよく通る声が、静まり返ったホールに響き渡る。


 彼は手すりに寄りかかり、眼下に広がる惨状――溢れ返る素材の山、身動きが取れなくなった冒険者たち、そして限界を迎えているベルダとガルムを、まるで壊れかけた機械の基盤を診断するような目で観察した。


「現在の灰霧前砦は、需要に対する処理能力を完全に超過している。……ベルダさん、親方。直ちに新規の受付を一時停止してください。迷宮への入り口の鉄格子を下ろせ」


「なっ!? ふざけんな! 俺たちは稼ぐために隣町からわざわざ歩いてきたんだぞ!」


「そうだ! 迷宮は安全なんだろ!? なんで止めるんだ!」


 入場を待っていた新規の者たちから、激しい怒号とブーイングが巻き起こる。だが、レインは微塵も動じることなく、氷のような視線で彼らを射抜いた。


迷宮なかは安全だ。だが、この拠点そとが限界を迎えている。……今この瞬間に、十人分のベッドを捻出できる者はいるか? 溜まりに溜まった百人分の素材を、一時間以内に鑑定して現金に変えられる者はいるか?」


 レインは二階の階段をゆっくりと降り、群衆を割って歩き出した。


「お前たちが素材を抱えて帰ってきた時、計量する人員もおらず、休むベッドもなく、ただ重い荷物を抱えたまま外の魔物が徘徊する荒野で野宿することになる。それは、この灰霧の濃い土地では『緩やかな死』を意味する。このシステムを放置すれば、お前たちは全員、砦の内部で疲弊して共倒れ(クラッシュ)する。それが望みか?」


 レインの言葉に、反発していた者たちが息を呑み、押し黙った。


 レインは足を止め、群衆の端に陣取っていた、身なりの良い数人の男たち――近隣都市からやってきた中規模商会の買付人たちに向かって向き直った。


「そこの商会の皆さんに提案がある。……あなた方は今、我々が王都のギルド本部を通しておこなっている『素材の現金化』のタイムラグに目をつけ、直接ここで買い叩いて利益を得ようと、現金と空の荷馬車を引っさげてやってきたはずだ」


 図星を突かれた商人たちが、ビクッと肩を揺らす。その中の一人、恰幅のいい金の指輪をはめた男が、一歩前に出て、値踏みするようにレインを見上げた。


「……ほう、若造のくせに鼻が利く。近隣の商会の連合を代表して、私が聞こう。確かに、この草の山は我々からすれば金塊の山に見える。だが、ギルドが独占的に卸している特級素材を、一役人のあんたが独断で我々に流せるのかね? あとで横領の罪に問われるのは御免だ」


「規約のバグ(穴)を突くだけの話です。ギルド規約第十二条『緊急時における現物精算の代行』。拠点の機能維持が困難な場合、管理者は現地の商会に素材を一時売却し、即時の換金とリソース確保を優先できる。……皆さんの持っている『空の荷馬車』と『豊富な現金』を、今すぐこの場で提供してください。砦に溢れているこの素材の山を、市場価格より三パーセント安く、すべて一括で卸します」


 その破格の条件に、商人たちの間にざわめきが走った。三パーセントの割引は、この物量であれば莫大な利益になる。


「……魅力的な話だ。だが、我々は慈善事業じゃない。馬車を出すだけでなく、人員まで貸せという話じゃなかったか?」


 別の、細身の商人が眼鏡を光らせて問うた。


「そうです。あなた方の商会から、計算と査定に長けた『事務員クラーク』を、明日からこの砦に常駐派遣してもらいたい。ギルドの独占業務を一部解放アウトソーシングします。我々は素材の保管と輸送の手間が省け、即座に現金が手に入る。あなた方は最高品質の素材を、誰よりも早く、独占的に仕入れる権利を得る。……断る理由がありますか?」


 レインが淡々と突きつけたWin-Winの条件。商人たちはしばし顔を見合わせ、やがて最初に声を上げた男が、愉快そうに腹を揺らして笑った。


「……ハハッ! 面白い! まさか、王国でも屈指の堅物揃いのギルド役人から、これほど合理的で商売人じみた提案を受けるとはな。……いいだろう、乗った! 我々の商会の書記官三名を、今夜からここへ派遣しよう。その代わり、第一層の素材の優先買い付け権、確かに頂くぞ!」


「商談成立です。……親方!」


「おう!」


「商人たちが買い取った素材を、直ちに彼らの馬車へ積み込んでください。これで廊下と仓库の空き容量ストレージを強制的に確保する。……そして、空いた大食堂のスペースを使って、大工衆に『三段ベッド』を限界まで組ませてください」


「お、おい、エリート様。食堂にベッドを置くってのは、さすがに……。あそこは、あいつらが唯一まともに飯を食える場所だぜ?」


 ガルムが少し躊躇うように言った。


「親方、トリアージです。今のこの砦に『飯を優雅に食うスペース』と『死なないための睡眠スペース』、どちらが優先順位プライオリティが高いかは明白です。宿舎はとっくにパンクしている。ならば、最も床面積の広い食堂を、一時的な『高密度居住セクター』に転用するしかない」


 レインは食堂の入り口を指差した。


「食堂の半分はベッド。残りの半分は立ち食いの配膳スペースに縮小してください。……冒険者たちの休息スレッドを最低限確保しなければ、過労で判断力が鈍り、せっかく安全にした迷宮の中で自滅する者が出る。それはシステム管理者として容認できません」


「……へっ、相変わらず情けねえ理屈だが、筋は通ってやがるな。分かったよ! 野郎共、袋を外の馬車に運び出せ! それと、ギルドから徴収した建築用木材を全部食堂へ回せ! 一晩で簡易宿舎を作り上げるぞ!」


 ガルムの号令で、荒くれ者たちが一斉に動き出し、詰まっていた物理的な渋滞が、まるで水門が開いたかのように解消され始める。


 ベルダはその光景を、椅子に崩れ落ちながら、信じられないものを見るような目で見つめていた。


「……恐れ入ったよ。あんた、王都では本当にただの『落第者』だったのかい?」


 ベルダが呆れたようにため息をついた。


「俺はただのシステム管理者です。ボトルネックを見つけ、リソースを適切に再配分したに過ぎません。……ですが、ベルダさん」


 レインの視線が、再び冷たく鋭いものに変わる。


「これでもまだ、急場しのぎの応急処置です。砦の面積そのものが限界だ。本格的に『砦の外壁を拡張し、新しい居住街を作る』段階に入らなければ、遠からず完全に崩壊します」


『管理者様。至急、ご報告があります』


 その時、レインの耳元の通信機から、監査精霊ノアの低く緊迫した声が響いた。


『第一層の莫大な魔力還元と、この一週間の異常な黒字化のデータが、王都のギルド本部へ自動送信されました。その結果……システムが外部からの「強い干渉」を検知しました。……かつて管理者様をこの地へ左遷した、ダリウス筆頭管理官の権限によるものです』


「……ダリウス、だと」

 レインの目が細められる。


『はい。彼らはこの辺境砦の急激な利益増を「データの改ざん」または「不正な横領」とみなし、直ちに【特別査察官】を派遣する旨の通達を出しました。……魔導船を使った強行軍で向かっている模様。到着は、数日後と推測されます』


「……なるほど。致命的なバグの修正が進むと、古いシステム(権力者)が特権を奪われまいと邪魔をしに来るわけですか」


 レインは薄く、ひどく冷酷な笑みを浮かべた。


「いいでしょう。査察官が来る前に、この拠点の構造を、彼らが手出しできないレベルまで完全に作り替えてやりますよ」


 地下迷宮を制圧した反逆の管理者は今、地上の権力闘争という、最も厄介なバグとの全面対決に向け、静かにそのメスを研ぎ澄ませていた。

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