虹色の約束 -春を待つカフェ-
季節はいつの間にか過ぎ、その年の秋には佐織と勇太は両家への挨拶も済ませて正式に婚約した。
佐織の指には勇太から贈られた婚約指輪が輝いている。
婚約指輪には、ダイヤが使われることが多いが、10月生まれの佐織は、自分の誕生石のオパールのリングを選んだ。
「オパールにはね、『希望』や『幸福』という意味があるの。私たちが式を挙げるカフェ・エスポワールの名前にもぴったり合うなぁと思って……。」
そう言って佐織もとてもこのリングを気に入っている。
勇太は初めてのことで緊張したが、無事に佐織にリングを渡せてホッとしていた。
どこで渡すか、どんな店が良いか等、咲耶や隼人が勇太の相談に乗って色々アイディアを出したのは、言うまでもなかった--。
その後、来春の結婚式に向けて、具体的に準備が始まった。
勇太と佐織は、式当日の司会を結衣と野崎に頼むことにした。
カフェ・エスポワールに呼び出された二人は、
「そんな大役、俺たちにはできませんよ!」
「緊張して、喋れそうにないです。」
と口々に訴えた。
「そこを何とか頼まれてくれない?この通りっ!」
と勇太はテーブルに手をついて二人に頭を下げた。
結衣と野崎はそんな勇太に驚いて顔を見合わせた。
そして、
「勇太さんがそこまで言うなら……。」と困った顔をしながらも勇太の頼みに応じることにした。
「俺たちもそんなに堅苦しい式にするつもりはないんだ。
なっ、佐織。」
「そうなの。
本当に内輪の人しか呼ばないつもりだし、お二人にはリラックスしてやって頂けたら良いなと思って……。」
「そんな、私たち、リラックスなんてできませんよ。」
結衣が佐織を真っ直ぐに見て、真面目な顔で言った。
「何なら、原稿は俺たちで作るからさ。
君たちは、それを読んでくれたら良いよ。」
勇太も必死に続ける。
「俺たち、二人の声に惚れちゃってさ。
あの夜カフェの朗読、最高だったから。」
「えっ、本当ですか?」
野崎がびっくりしたように勇太を見た。
「うん。マジで感動した。」
「本当にお二人は素敵だったわよ。息もピッタリ合ってたし……。」
「息がピッタリ合ってただなんて。」
結衣が恥ずかしそうに俯いた。
野崎も結衣をチラッと見て照れたように視線を落とした。
そんな初々しさに見とれる佐織。
「やっぱり、お二人しかいないわ、私たちの司会をお願いできるのは。
一緒に幸せになりましょうね。」
そう言うと佐織の手を両手で包んだ。
佐織の指にはめたオパールのリングが、秋の陽射しを受けてキラキラと輝いている。
それは、まるで虹のような七色の光だった。
「えっ、一緒に幸せになる?
私たち、まだそんなんじゃないですよ。」
か細い声で顔を真っ赤にする結衣。
野崎はこの展開を呆然と見守っていた。
「おい、佐織、そのぐらいにしておけよ。
結衣ちゃん、困っているじゃないか。」
勇太が笑っている。
隼人も「全く佐織ちゃんは気が早いな。」とカウンターの中で微笑んでいた。
「そうかな?結衣ちゃんたちが可愛らしくてつい……。」
佐織がそう言うと結衣の手を優しく離した。
「あっ、二人のプロフィールムービーを作って流すのも良いわよね。」
奥から、隼人が淹れたブレンドコーヒーを運んできた咲耶が提案した。
「それは、素敵ですよね。是非、作りましょうよ。
私たちも見たいです。ねっ、直也君?」
結衣にふいに声をかけられて
慌てて野崎も「そ、そうだね。」と頷く。
勇太は、「え~っ、ハズイな、それ。」と言いながら、頭を掻いている。
「勇太君も佐織も赤ちゃんの頃からの写真や学生時代の写真、二人が付き合い出してからの写真なんかを持ってきてよ。
私、楽しいムービー作っちゃうから。
そうだ、また、夜カフェの時の映研の方たちにも相談しようかな?」
咲耶はかなり、乗り気だ。
「それは、良いですね。
俺、また映研の佐々木や阿部に声をかけてみますよ。」
野崎が明るい口調で咲耶を見た。
「本当に?野崎君、ありがとう。」
咲耶が嬉しさで頬を紅潮させている。
佐織も喜びの声をあげた。
「わぁ、嬉しい!
野崎君、宜しくお願いします。
咲耶、私、写真探してみるね。
勇太君もね。」
佐織に念を押されて「はい、はい。」と答える勇太。
「おい、隼人~。俺はもう、なんでも佐織の言うこと聞いてるよ。」
「いいんじゃない?それで。奥さんの言うことを聞いてあげたら、夫婦円満にいくよ。」
隼人が可笑しそうに勇太を見つめている。
「まだ、夫婦じゃないし~っ。」
勇太の声に、皆が笑う。
カフェの空気もふわりと和らいだ。
「咲耶、式当日の写真撮影は、日下部さんに頼めるかな?」
隼人の申し出に
「わかった、私、日下部さんに聞いてみる。」
と咲耶がすかさず答える。
「私からも日下部さんにお願いしてみるわ。
日下部さんの撮る写真、私も好きだから。」
佐織も隼人と咲耶に笑顔でそう告げた。
「これは……夜カフェメンバー、再び集結だな。」
勇太が嬉しそうに呟く。
音楽は、生演奏で誰かに頼むとして……
料理は、近所でフランス料理店を営む原田シェフに声をかけようかな……
隼人は、そんなことを腕組みしながら、考えていた。
「隼人、何か考えてるの?」
勇太の問い掛けに
「うん、ちょっとね。」
そうにこやかに答えた隼人。
来春に向けて、カフェ・エスポワールに集う皆が勇太と佐織の門出をどう演出するか、どう心からお祝いするかを考える時間も隼人にとっては幸せな時間だった。
同じく幸せな気持ちは、今、ここにいる咲耶たちにも静かに広がっている。
窓の外は少しずつ寒さを増していくが、このカフェには春のような温もりがあった。
希望に満ちたその一日が、美しく虹色に輝くように。
秋の優しい光の中で、隼人はそう願わずにはいられなかった。




