第17話「救われる側の席」 その2 救済の条件
中森安行は、古い集会所の写真を拡大した。
建物自体は、ただの廃屋だ。
宗教法人の登録はない。
過去に使われていた形跡も、地域の記録に残っていない。
それなのに——
「……人は、集まる」
失踪者は、この三週間で十二名。
年齢も、性別も、職業もばらばらだ。
共通点は、
犯罪歴がないこと。
宗教的活動歴がないこと。
そして、強い絶望を表に出していなかったこと。
「……表面上は、な」
中森は、タブレットを切り替えた。
失踪前の行動ログ。
SNSの投稿。
検索履歴。
どれも、切迫していない。
助けを求めていない。
だが、
ある言葉だけが、静かに積み重なっている。
《自分は、必要とされているのか》
《評価される意味》
《誰かに認められる方法》
「……救済を欲しがってるわけじゃない」
中森は、低く呟いた。
「“救われる資格”を欲しがってる」
そこが、今回の残響の厄介な点だ。
正しさを押し付けない。
裁かない。
責めない。
ただ、
“選ぶ”。
選ばれた者だけが、
ここに来られる。
ここにいていい。
それだけで、人は縋る。
「……天草四郎系の変種だな」
殉教ではない。
信仰でもない。
もっと柔らかい。
もっと残酷だ。
現実を否定しない。
ただ、
“現実に戻らなくていい”と言う。
中森は、別の資料を開く。
失踪者の最終位置。
すべて、同じ半径内。
集会所を中心に、
ゆるやかな円を描いている。
「……呼ばれてる」
強制ではない。
命令でもない。
“来たい”と思わせている。
中森は、スマホを手に取った。
通話先は、真名井梓。
『……もしもし』
落ち着いた声。
いつも通りだ。
「次のが来てる」
『内容は?』
「救済型。
裁かない、正さない、
ただ“居場所を与える”タイプだ」
梓は、少し間を置いた。
『……それは、危険ですね』
「だろ」
『救いを拒める人は、少ないです』
中森は、口元を歪めた。
「お前じゃ厳しい案件だな」
『……ええ』
はっきりとした肯定。
『私は、
戻す前提で動きますから』
中森は、もう一つの名前を思い浮かべる。
「結衣には?」
『……向いています』
梓の声は、淡々としている。
『彼女は、
“戻さない選択”を取れます』
中森は、短く息を吐いた。
「……同時に動かす」
『分かりました』
「ただし、
お前は“救う側”で行け」
『……はい』
通話を切り、
中森は、集会所の写真を見つめた。
誰も、縛られていない。
誰も、強制されていない。
それなのに、
人は、戻らない。
「……救済ってのはな」
中森は、小さく呟いた。
「一番、斬りづらい」
画面に、新しい通知が表示される。
失踪者、さらに一名。
時刻は、
午前三時。
また一人、
“席”が埋まった。




