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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第15話「願われた子ども」 その2 欠けた存在の居場所

 中森安行は、報告書を読むとき、必ず最初に写真を見る。


 文章よりも、

 数値よりも、

 現場の「空気」を掴むためだ。


 今回の資料も同じだった。


 室内写真。

 仏壇。

 小さな木箱。

 その前に正座した女性。


 外傷なし。

 争った形跡なし。

 急性脳機能停止。


「……またか」


 中森は、短く息を吐いた。


 最近、増えている。


 単身者でもない。

 集団でもない。


 “親”だ。


 特に、

 子を失った、

 あるいは生まれなかった親。


「願望型、か」


 いや、違う。


 願望だけなら、

 ここまで綺麗に壊れない。


 中森は、タブレットを操作し、

 過去半年分の類似案件を呼び出す。


 共通点は明確だった。


 ・流産、死産、乳児死亡

 ・仏壇、またはそれに準じる祈りの場

 ・日記、録音、独り言などの“会話の痕跡”

 ・第三者から見て異常と判断される直前まで、生活は正常


「……入り込む隙は、そこか」


 “欠けた存在”。


 いないはずのもの。

 だが、

 いなかったことを、受け入れられないもの。


 人間の精神は、

 空白を嫌う。


 だから、埋める。


 理由で。

 意味で。

 祈りで。


「……救われたかったのは、子どもじゃない」


 中森は、画面に映る木箱を見つめた。


 救われたかったのは、

 親の方だ。


 その祈りに、

 “何か”が応えただけ。


 中森は、別の資料を開く。


 闇市場で回収したログ。

 断片的な通信履歴。


 そこに、同じ語句が散見される。


《戻ってきた》

《ここにいる》

《一緒にいられる》


 宗教色は薄い。

 だが、

 思想は、確実に“あちら側”だ。


「……天草四郎の系譜だな」


 直接名前は出ていない。

 だが、構造が同じだ。


 殉教。

 復活。

 選ばれた者だけが、救われる。


 そして、

 “生きている現実”を否定する。


「……子どもを媒介にするのは、反則だろ」


 誰だって、

 拒めない。


 中森は、スマホを手に取った。


 通話先は、佐々木結衣。


『……何』


 低い声。

 いつもと変わらない。


「次だ」


『内容』


「願われた子ども。

 生まれなかった存在を使ってくる」


 一瞬、沈黙。


『……最低』


「だろ」


『家族単位より、ひどい』


「親は、逃げねぇからな」


 中森は、言葉を選ばなかった。


「自分から、喰われに行く」


『……』


「今回、

 滅殺以外、選択肢ねぇ」


 結衣の呼吸音が、

 一瞬だけ、荒くなる。


『分かってる』


「場所を送る」


『行く』


 通話は、それだけで切れた。


 中森は、端末を伏せる。


 救えない。

 戻せない。


 それでも、

 増やさないために、斬る。


「……神になれなかった祈り、か」


 小さく呟く。


 名簿の画面を開くと、

 新しい行が、静かに追加されていた。


《No.38》


 名前は、まだない。


 だが、

 “願われた席”だけは、

 もう用意されている。

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