第14話「祈りを欲しがる家」 その2 LIST of the Faithful
中森安行は、報告書の束を無造作に机へ放り投げた。
写真。
間取り図。
近隣住民の聞き取り。
すべてが「問題なし」を示している。
外部侵入の形跡なし。
争った痕跡も、ほとんどなし。
家族三人は、それぞれ自室で発見された。
——ただし。
「……揃いすぎだろ」
中森は、低く呟いた。
発見状況が、あまりにも“整っている”。
父親は寝室で仰向け。
母親は台所で椅子に座ったまま。
娘は子ども部屋のベッドで、ぬいぐるみを抱いている。
抵抗した形跡はない。
恐怖で暴れた様子もない。
死因は、三人とも同じ。
——急性脳機能停止。
脳の特定部位が、
内側から圧壊されたような損傷。
中森は、タブレットを操作し、
過去数ヶ月の類似案件を一覧表示させた。
地方都市。
郊外。
集合住宅ではなく、一戸建て。
共通点が、また一つ浮かび上がる。
「……“家”だな」
すべての事件が、
「外界から遮断された空間」で起きている。
学校でもない。
職場でもない。
宗教施設でもない。
“家”。
本来、最も安全で、
最も無防備な場所。
「家族を守りたい、か」
中森は、鼻で笑った。
誰もが一度は考える。
誰もが一度は祈る。
——この日常が、壊れませんように。
その祈りは、
条件付きだ。
守る対象があるから。
失いたくないから。
裏を返せば、
それを“使われる”。
中森は、別の資料を開いた。
闇市場で回収した断片ログ。
匿名掲示板の消されたスレッド。
閉鎖されたカルト系SNS。
そこに、同じフレーズが繰り返し出てくる。
《祈れば守られる》
《捧げる覚悟が足りない》
《家族のために出来ることがある》
「……はぁ」
ため息が、自然と漏れた。
これはもう、
個人を狙う寄生じゃない。
——単位が“家族”に拡張されている。
天草四郎系統の特徴。
信仰を「集団化」し、
一人ではなく“まとまり”を媒介にする。
中森は、ペンでメモを取る。
・家族
・祈り
・守る対象
・閉鎖空間
・名簿思想(Saved)
「……完全に噛み合ってやがる」
そして、もう一つ。
この事件には、
“実行者”が存在しない。
包丁を握った人間はいない。
首を絞めた者もいない。
祈りそのものが、
家族を殺している。
宗教と弾圧の残響が、
「守るためなら殺していい」という
歪んだ結論を導き出している。
中森は、ふと、
《LIST of the Saved》を思い出す。
名簿。
個人の名前が並ぶ、あのテキスト。
今回の家族の名前も、
すでにそこに登録されていた。
《STATUS:EXECUTED》
——実行済み。
実行者は、家そのもの。
「……冗談じゃねぇな」
中森は、スマホを手に取った。
通話履歴の中から、
佐々木結衣の名前を選ぶ。
呼び出し音が一度鳴る。
『……何』
相変わらず、感情の起伏のない声。
「次のヤツが来てる」
『どんなの』
「家族単位だ。
祈りが“防犯装置”みたいに働いてる」
一拍、沈黙。
『……最悪』
「だろ。
お前が一番嫌うタイプだ」
『守るために壊すやつ』
「そう」
中森は、声を低くした。
「今回の残響、
たぶん“自分が悪い”って思ってない」
『……』
「“正しいことをした”って顔で、人を殺す」
その沈黙の向こうで、
結衣が何を考えているか、
中森には想像がついた。
兄を失った原因と、
限りなく似ている。
「行けるか」
『……行く』
即答だった。
「場所は?」
「郊外の戸建て。
表向きは“突然死”。
検死してもわからん。
警察は深追いしない」
『都合いいね』
「だから裏で動いてる」
中森は、最後に一言だけ付け足した。
「……今回は、
助かる人間が出んかもしれん」
『最初から期待してない』
通話が切れる。
中森は、スマホを机に置いた。
画面には、
次のリストが表示されている。
《No.34》
《No.35》
《No.36》
家族三人分の番号。
「……祈りを欲しがる家、か」
中森は、深く息を吸い、吐いた。
この手の事件は、
滅殺しても、後味が残る。
だが、放置すれば、
“家”という単位で世界が壊れていく。
「……結衣ちゃん」
誰に向けるでもなく呟く。
「お前の戦場だぞ、ここは」
名簿は、
静かに、確実に更新され続けていた




