第13話「消えない名簿」 その3 滅殺者のための刃
中森の事務所に入った瞬間、煙草と古い紙の匂いが鼻を刺した。
佐々木結衣は、顔をしかめるでもなく、
いつもの無表情で中に進む。
壁際のカラーボックスには、何に使うのか分からない電子機器と、
使い古された神具と、節操なく混ざった骨董品が雑然と並んでいる。
「散らかってる」
「おっ、今日も辛口」
中森はカウンター代わりの机に肘をついていた。
目の前にはタブレットと、コンビニコーヒー。
「呼び出した」
「あぁ、呼んだな」
会話は必要最低限だ。
中森は、タブレットを指で弾き、結衣の方へ向けた。
そこには、《LIST of the Saved》の画面が表示されている。
《No.31 SASAKI YUI》
「……は?」
一拍遅れて、結衣の眉が動いた。
「何これ」
「闇で出回ってる“名簿”だ。
ここ数ヶ月の変死体、全部このリストの住人だった」
「救われる者の名簿、ね」
結衣はタイトルの英字を無表情に読み上げた。
目だけが、僅かに冷たく光る。
「……救うって言葉、安くなったね」
「お前が言うと重てぇな」
中森は肩を竦め、立ち上がる。
部屋の奥の、鍵付きの棚を開ける。
中から黒い布に包まれた何かを取り出し、
カウンターにドンと置いた。
「ほれ、新作だ。
お前用」
布を剥がすと、鎖のついた短刀が現れた。
刃は黒く、光を吸い込むような質感をしている。
柄の部分は御神木のような手触りがあり、
そこに微細な祓詞構文が刻み込まれている。
結衣は無言でそれを手に取った。
重さを確かめ、バランスを掌で感じる。
鎖を指先に絡めて一回転させる。
動きに、ほとんど迷いがない。
「名前は」
「《八咫刃》」
中森が答える。
「梓の《八鍵》の親戚みてぇなもんだ。
ただしあっちが“調和”なら、こっちは“断絶”だ」
「滅殺専用」
「そういうこと」
結衣は、刃の黒をじっと見つめた。
そこに、何か自分と同じものを見つけたような表情を一瞬だけ浮かべる。
「……しっくりくる」
「だろうな」
中森は、コーヒーを一口啜った。
「今回の元ネタは、バテレン大名の残響だ。
名前はどうでもいい。
信じ過ぎて、守ろうとして、失敗した側の祈りの塊」
「……殉教者、ってやつ?」
「それがそのままなら美談だがな。
“救われなかった”方の祈りだけが、放置されてる」
だからこそ、
今になって「救済」を名乗りながら、人を殺し始めている。
結衣は、リストの自分の名前を指でなぞった。
「私も、救うつもりなんだ」
「お前を“救う”ってのは、
世界の方が勘違いしてるよ」
「私を救う方法なんて、一個しかないのにね」
その言葉の意味を、中森は聞かなかったふりをした。
「今回の被害者の一人、河島涼。
最後にアクセスしてたサイトがその名簿だ。
部屋には……まぁ、ちょっとした“教会ごっこ”の残骸が残ってる」
「教会ごっこ?」
「正しさに縛り付ける遊びだよ。
——やりに行くか?」
結衣は、八咫刃の柄を握り直した。
「……行く」
短く、迷いなく。
「リストが増える前に、全部切る」
瞳の奥に、燃えるものがある。
復讐でも。
正義でも。
もう、そのどちらとも違う。
もっと冷たい、
「仕事」としての滅殺だった。




