第13話「消えない名簿」 その2 LIST of the Saved
薄暗い雑居ビルの二階。
元はスナックだった空間を改装した事務所で、中森安行はタブレットを指で滑らせていた。
連続不可解死事件。
警察内部でそう呼ばれている案件の非公式コピーだ。
被害者は、ここ数ヶ月で九人。
年齢も性別も職業もバラバラ。
ただ、ひとつだけ共通点がある。
「……番号だな」
写真データの隅を拡大すると、必ず何かしらの「数字」が残っている。
爪で壁に掻き込んだもの。
机のメモ帳の走り書き。
スマホのメモアプリ。
あるいは、ブラウザの履歴名。
No.11、No.14、No.19 ……そして昨夜のNo.26。
順番は飛び飛びだが、確実に増えていっている。
そこにもう一つ、裏ルートで手に入れた情報を重ねる。
——闇市場に出回っている、謎のテキストファイル。
《LIST of the Saved》
開くと、ただ名前が並んでいるだけだ。
上から順に英字表記と漢字表記。
横に簡単なプロフィール。
被害者九名の名前は、そのリストの中に含まれていた。
横に、こう書かれている。
《STATUS:EXECUTED》
「処理済み、ってか。……物騒な言い方しやがる」
中森は煙草に火をつけ、灰皿代わりのマグカップの横に挿した。
さらに、下へスクロールする。
まだ事件にはなっていないが、
「次に狙われるであろう名前」が、そこに整然と並んでいる。
そして。
その途中に、一つ見覚えのある文字列があった。
《No.31 SASAKI YUI》
「……おいおい」
思わず声が漏れる。
中森は椅子に背中を預けて天井を見上げた。
「よりによって、そっちに手ぇ出すかよ」
ひとりごとの差し込みに、スナック時代の名残の鏡が暗く歪んだ顔を映し出す。
(第二幕、ってやつかね)
軽口の裏で、頭の中では別の計算が始まっていた。
——天草四郎系統。
あの鵺の残響に近いパターンだ。
「信仰」「迫害」「赦し」「処刑」がセットで絡んでくる。
ただ、今回の核は天草本人ではない。
(バテレン大名……)
史料の中にあった名前を思い出す。
禁教令以前、
西洋の宗教を積極的に受け入れた大名たち。
殉教した者。
国外追放となった者。
信仰を捨てさせられた者。
彼らの「信じ切った側」の祈りが、
弾圧と結びつくとどう歪むか。
——“正しさの押し付け”。
——“救い”の名を借りた処刑。
その思念が、今ここで
「LIST of the Saved」となって、蘇っている。
候補者をリストアップし、
順に“救っていく”。
救うとは、この場合──殺すことだ。
中森は唇を歪めた。
「神になり損ねた連中の、意地ってやつだな」
背後の棚には、古本屋を漁って集めた資料が並んでいる。
その中の一冊を抜き取り、ページをめくる。
天草四郎を鎮圧し、処刑を命じた側の記録。
その周辺で、ひっそりと消えた「名前のない信徒たち」の話。
誰にも救われなかった祈り。
誰にも赦されなかった懺悔。
それらが、
今になって「救済のプログラム」として走っている。
そしてなぜか、そのリストの中に
“祓屋”本人が含まれている。
「……結衣ちゃん、完全に指名入りじゃねぇか」
タブレットを机に置き、
中森はスマホを手に取る。
発信履歴の中から、「佐々木」の名前を探す。
呼び出し音が二回鳴ったところで、
向こうが出た。
『……何』
相変わらず、感情の薄い声だった。
中森は少しだけ口元を緩める。
「仕事だ。
お前の名前が、名簿に載った」
『……消せばいいの?』
「まぁ話は早ぇわな」




