第12話「赦しを縫い合わせたもの」 その2 記録に残らない違和感
最初は、連続通り魔事件として処理された。
被害者は二十代から四十代まで、性別も職業もばらばら。
繁華街、住宅地、駅前。
動線にも一貫性はない。
唯一共通していたのは――
犯行時、周囲にほとんど悲鳴や争いの音がなかったこと。
「刃物は?」
「発見されてません」
「鈍器?」
「それもなし」
県警本部の会議室で、資料が次々と並べられる。
高峰修一は、無言で目を走らせていた。
被害者の死因は“多岐”にわたる。
事故死。
転落死。
心停止、ショック死、脳機能の急激な停止。
だが、どれも直接的な加害者がいない。
急死についての遺体解剖も痕跡がみつからない。
「毒物は?」
「検出されてません」
「薬物反応も?」
「陰性です」
捜査員の声が、次第に歯切れを失っていく。
「じゃあ何だ。
全員、勝手に死んだとでも言うのか」
誰かが苛立ったように言った。
「現場付近の防犯カメラは?」
「……映ってます」
映像が再生される。
夜の路地。
被害者が歩き、男が近づく。
距離は詰まっている。
だが、揉み合いはない。
被害者は立ち止まり、男を見上げ、
次の瞬間――崩れ落ちる。
「……おかしいな」
誰かが呟く。
高峰は口を開いた。
「被害者の表情は?」
捜査員が拡大する。
画面に映る顔は――
恐怖ではなかった。
困惑。
戸惑い。
そして、その奥にある、諦めの様な“絶望”。
「……抵抗していない」
高峰の言葉に、重い沈黙が落ちた。
「むしろ……説得されてるみたいだ」
次の資料。
藤田和宏という名前が、捜査会議の席に再び上がった。
一年前、藤田と敵対した相手が今回ち突然死が多発した。
今回同様、凶器や毒物が見つからず、重要参考人として確保に動く2日前に突然、一家無理心中で迷宮入りした事件。
当時、事件としては容疑者不在となり「継続」の案件だった。
「……ただし」
担当捜査員が、スクリーンを切り替える。
「今回の無差別殺人事件と照合した結果、
無視できない一致点が出ています」
映し出されたのは、藤田和宏のスマートフォン解析記録だった。
「端末そのものは破損していません。
通話履歴、メッセージ履歴、通信ログも形式上は存在している」
高峰修一は、腕を組んだまま画面を見つめた。
「……形式上?」
「中身がありません」
会議室が静まる。
「履歴として“枠”は残っている。
だが、内容がすべて空白です」
「削除されたのか?」
「削除痕跡はありません」
捜査員は首を振った。
「意図的な消去なら、痕跡が残る。
復元も可能です。
しかし――」
次の画面。
「この履歴は、
最初から“何も入っていなかった”ようにしか見えない」
「あり得るのか、それは」
「通常は、ありません」
沈黙が落ちる。
スマートフォンは嘘をつかない。
だが、今回に限っては、
嘘をついているようにしか見えなかった。
「もっと奇妙なのは、次です」
時系列のグラフが表示される。
「藤田和宏の端末に、
空白の通信履歴が残っている時刻」
赤いラインが、引かれる。
「その時刻と――」
別の一覧が重ねて表示される。
「藤田と敵対していた人物たちの死亡時刻が、
ほぼ一致しています」
誰かが、低く舌打ちした。
事故死。
転落死。
急病。
それぞれ原因は違う。
場所も違う。
だが、死亡推定時刻だけが、揃いすぎている。
「偶然としては……」
「苦しいな」
高峰が、低く言った。
「藤田は一年前の時点で、
短期間のうちに若頭に近い立場まで昇格しています」
別の資料が映る。
「資金の流れも追いました。
金回りは明らかに良好です」
「借金も整理され、
生活に困っていた形跡はありません」
「それでも――」
捜査員の声が、僅かに落ちる。
「精神的に追い詰められていた状況だけは、
複数の証言から確認されています」
「理由は?」
「はっきりしません。
不安、焦燥、
『何かに急かされている』という表現が多い」
高峰は、目を閉じた。
昇格。
潤沢な金。
遺書なし。
それでも追い詰められていた――。
「一家無理心中と判断した根拠は?」
「現場状況です」
争った形跡は薄く、
外部侵入の証拠もなかった。
「ですが……」
捜査員は言葉を濁した。
「藤田本人のスマートフォンだけが、
死亡直前まで“何かとやり取りしていた”痕跡を残しています」
内容は分からない。
誰とでもない。
文章でも、音声でもない。
だが、時間だけが残っている。
「今回の被害者の端末にも、
同じ形式の空白履歴が残っていました」
高峰は、ゆっくりと息を吐いた。
「……藤田和宏事件は、終わっていなかった」
誰かが、顔を強張らせる。
「表では、無理心中だ。
再捜査はできない」
「ですが」
「だが、これは警察としても見過ごせない」
高峰は、静かに言い切った。
「“犯人が誰か”は、まだ断定できない。
だが――」
スクリーンに映る、
空白の履歴と一致する死亡時刻。
「誰かが、
藤田和宏を“使っていた”可能性はある」
会議は、それ以上進まなかった。
公式発表はこれまで通り。
一年前は無理心中。
現在は無差別殺人。
だが、高峰の中では、
ひとつの確信が強まっていた。
藤田和宏は、実行者ではない。
そして――
今回の事件は、
その延長線上にある。
廊下に出て立ち止まる。
高峰は、スマートフォンを取り出した。
(……そろそろだな)
この違和感を、
警察の論理だけで追うのは無理がある。
だが、それを伝えれば――
それでも、
真実はそこにしかない。




