第11話「祓屋を名乗る女」その3 修正されすぎた日常
最初に気づいたのは、依頼が来ないことだった。
正確には、連絡は来ている。
「ありがとうございました」
「もう大丈夫です」
短く、丁寧で、妙に落ち着いた文面。
どれも、途中経過がない。
(……不自然)
祓屋に来る連絡は、たいてい切羽詰まっている。
眠れない、見える、聞こえる、誰かがいる。
そういう“揺れ”が、言葉の端に必ず滲む。
けれど今回のは、揺れがない。
最初から結論だけが置かれている。
八鍵を起動する。
周辺の残響濃度をざっと走査。
(……下がってる?)
数値自体は、おかしくない。
むしろ“改善”している。
場所も、人も、穏やかだ。
異臭も、歪みも、侵食の兆候もない。
(なのに……)
胸の奥で、小さな引っかかりが消えない。
梓は、直近で「解決した」人のリストを呼び出した。
共通点を探す。
年齢も性別も職業もばらばら。
けれど、全員に同じ“空白”がある。
──相談をやめた理由が説明できない。
(……記憶が綺麗すぎる)
人は問題を解決しても、
「困っていた」という事実までは消えない。
少なくとも、不快な感情の痕跡は残る。
それが、ない。
まるで、最初から問題が存在しなかったような顔をしている。
「……祓った、わけじゃない」
声に出した瞬間、はっきりした。
これは、梓の祓い方じゃない。
問題を減らしているのではなく、
問題だったという認識を整理している。
高峰から着信が入った。
『真名井、俺だ』
「高峰さん。
そっちも感じてますよね」
『ああ。
街が“静かすぎる”』
「……誰かが、先回りしてます」
『祓屋だと名乗ってる女の噂がある』
胸が、嫌な音を立てた。
「特徴は?」
『信頼できそう、優しい、話しやすい。
全員がそう言う』
「……最悪ですね」
本当に危ないのは、
“安心できる存在”を演じるものだ。
通話を切り、八鍵を再起動する。
今度は、消えたはずの揺れを探す。
波形を深く潜る。
静かな水面の下に、
違和感が沈んでいる。
(……削ってる)
残響を祓っているのではない。
感情の端、疑問、迷い。
そういう“引っかかり”を一つずつ取っている。
それは確かに、楽になる。
不安は消える。
苦しみもない。
だけど、それは――
(人が考えるのを、やめる状態)
梓は、ある住所を指定して移動した。
「解決した」と連絡をよこした女性の家。
インターホンを押すと、すぐに出てきた。
「……あ」
彼女は梓を見ると、驚いたように一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐに微笑む。
「どちらさまでしょう」
「……真名井です」
“祓屋”とは言わなかった。
「以前、相談を受けていた者です」
「ああ……そうでしたっけ」
違和感が、確信に変わる。
「困っていたこと、覚えてますか」
彼女は首を傾げた。
「特に……ありません」
否定でも拒絶でもない。
ただ、“存在しない”という反応。
梓は、八鍵をポケットの中で起動した。
彼女の背後、壁の向こう側。
薄く、人型の“整列した影”。
乱れがない。
異様なほど、整っている。
(……美しくさえある)
「最近、誰かに会いましたか」
彼女は即答した。
「はい。
とても親切な方で……」
目が、一瞬だけ遠くを見る。
「……全部、整理してくれました」
梓は、その言葉に鳥肌が立った。
祓いじゃない。
修正ですらない。
選別だ。
残していい感情と、
不要な感情を分けて捨てる。
(……これは、人を“作品”にしている)
そのとき、
廊下の奥から足音がした。
ゆっくりと、迷いなく。
私は、振り返る。
女が、立っていた。
初めて見るはずなのに、
なぜか“前にも会った気がする”顔。
整った髪。
落ち着いた表情。
柔らかい声。
「……こんにちは」
女は、梓を見て微笑んだ。
「あなたも、少し……
整理が必要そうですね」
八鍵が、低く唸った。
これは、
残響そのものじゃない。
人間が、残響のやり方を真似ている。
梓は、悟った。
(……この女は、祓屋を“演じている”)
そしてそれは、
残響より厄介な存在になり得る。
梓は、ゆっくりと息を吐いた。
「……名乗ってもらえますか」
女は、首を傾げる。
「祓屋です」
躊躇も、悪意もなく。
「みんな、そう呼んでますから」
梓は、背筋を正した。
(……終わらせ方を、間違えちゃいけない)
これは、
強さの問題じゃない。
正しさの話だ。




