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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第8話「祈りを書き換える者」 その2 参拝記録の空白

 京都府警の会議室。

 昼下がりの窓は鈍い灰色で、

 その向こうに連なる山並みが妙に低く感じられた。


「……また一件、願いが“叶った”らしい」


 資料を机に叩きつけるように置きながら、

 高峰修一はため息をついた。


 報告書には、

 “願いが叶った直後に人格変容”

 “急激な無気力、所有物の消失、祈願内容の記録なし”

 といった不可解な記述が並ぶ。


「オカルト投稿のまとめサイトかよ……」


 隣の若手刑事がぼそりと言った。


「いや、今回はマジだ。

 被害者は本当に“願いが叶って”る。

 ただしその直後に、本人の言動がおかしくなる」


「超能力者……とか、まさか……」


「そんな非科学的な話はしない。

 ただ、何か操作が入っている可能性はある」


 高峰は冷静に答えるが、

 内心はほとんど溜め息だった。


 “願いが叶う神社”。

 そんな都市伝説じみた噂がここ数ヶ月、学生の間で広がり、

 同時に人格変容や失踪未遂が立て続けに起きている。


 しかしーー


「場所が特定できない。

 これが一番の問題だ」


 聞き取り調査をした巡査が苦い顔で言う。


「学生全員、“神社に行った”とは言うのですが……

 場所を具体的に覚えてないんです。

 山の下だとか、近くだとか……曖昧な表現ばかりで……」


「参拝記録も?」


「はい。

 地元の防犯カメラにも写っておらず、

 GPSのログも欠損しています」


 高峰は資料をめくる。

 どの被害者のスマホログにも“特定の時間帯だけ空白”がある。


(……参拝した痕跡が、文字通り“消されてる”)


 技術的に考えれば、

 何者かがGPSを書き換え、ログを消去した可能性。

 だが、複数人、異なる機種で、複数日に渡り同じ空白が出るのは不自然だ。


「高峰さん、どう思います?」


「……分からん。

 記録が自然に消えるなんてありえない。

 ただし、誰かが意図的に空白を作っているなら話は別だ」


「操作してるやつがいる、と?」


「そうだ。

 願い事をネタに、金を取る詐欺……

 あるいは精神操作系の宗教団体。

 何でもあり得る」


 言いながらも、心の中では否定していた。


(……金でも宗教でもない。

 もっと“別の”ものだ。

 前に見た、あの“団地消失”の時の違和感に近い)


「高峰さーん」


 扉を叩きながら若手が駆け込む。


「新しい被害者です。

 沢田芳樹、大学二回生。

 昨夜のうちに“願いが叶った”とかで……

 今日は意識混濁、意味不明の言動、

 神社のことだけが全部“抜け落ちてる”そうです」


 高峰の眉が動く。


「場所は」


「“小さな山のふもとの神社”と言ってるんですが……

 どこの神社か思い出せないらしくて……

 ただ、友人の病気が急回復したのは事実です」


 室内が静まる。


(願いが叶う……?

 そんな馬鹿な話が……)


 だが、“叶った後に壊れる”というなら、

 もっと厄介だ。


「……よし。俺が行く。

 病院に搬送されてるんだな?」


「はい。

 それと……」


「何だ?」


「この現象、“超自然的な関与”を疑う声が出てます。

 上から……“例の人材”の協力を要請してはどうかと」


(……またか)


 例の人材ーー

 真名井梓。


 警察に属していない。

 職業は祓屋。

 彼女の扱う“祓詞”は警察の枠を超えている。


 本来なら関わらせたくない。

 だが、この事件は普通の犯罪ではない。


 高峰はゆっくり息を吐いた。


「……呼ぶしかないか。

 真名井に連絡を入れる」


 そう言うと、

 懐からスマホを取り出し、短くメッセージを送った。


 ーー“京都で不可解な参拝記録欠損。

    患者は願いが叶った直後に人格変容。

    調査に協力願いたい。”


 返事は十秒で届いた。


“向かいます”


 短い。

 だが迷いはない。


(また、超常と現実の綱引きか……

 真名井。頼むから無茶だけはするなよ)


 高峰は深く息を吐き、

 資料を手に病院へ向かった。

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