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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第7話「響かない叫びの町」  その3 燃える声の夢

 夢だと気づいたのは、

 喉の奥が裂けるほど痛んだ瞬間だった。


(……声が出ない……?)


 六畳ほどの小さな部屋。

 障子は焦げて黒ずみ、

 畳の縁は焼けて灰になっていた。


 温度は熱くない。

 汗も出ない。

 けれど息を吸うたび、喉がジュッと音を立てる。


(痛い……なんで……?)


 夢だとわかっているのに、

 現実の痛みのように深く刺さる。


 部屋の奥で、何かが動いた。


 ゆっくり、ゆっくりと。


 少女の影──

 輪郭が揺れ、焦げ跡のように黒く溶けた影が、

 障子の前に立っていた。


(女の子……?)


 しかし、その姿は少女ではなかった。

 “少女の形をした何か”だった。


 髪は黒く長いのに、

 風もないのに、ゆらゆら揺れている。


 白いはずの小袖は、

 ところどころ焦げ、煤にまみれ、

 袖の端から灰がぽろぽろと落ちていた。


 そして──


 顔は伏せているのに、

 部屋中に“泣き声の熱”が広がった。


 聞こえないはずなのに、

 なぜか“泣いている温度”だけが伝わる。


(泣いてる……?

 どうして……)


 少女の喉元が震える。

 助けを求めるように口が開く。


 しかし声は出ない。


 代わりに──

 部屋の温度が一瞬だけ上がり、

 焦げた空気がこぼれた。


「……ッ……!」


 少女は必死に声を出そうとしていた。


 でも、出たのは声ではなく熱だった。


(助けて、って……言ってる……?

 でも……声が……出ない……)


 次の瞬間、

 影の少女が“こちら”に顔を上げた。


 目は……黒かった。

 煤で汚れた涙が頬を伝い、

 涙の粒が落ちるたびに灰に変わった。


 少女がこちらへ歩いてくる。


 一歩、また一歩。


 床に残る足跡が、

 灰になって崩れる。


「や……やめ……」


 声が出ない。


 少女はまっすぐこちらの喉元へ手を伸ばす。


 細く、美しい指。

 でもその指先は黒く焦げ、

 爪は熱で割れている。


(やめて……! 触らないで……!)


 夢の中で叫んでも、声は出なかった。


 少女の指先が喉元に触れた瞬間──


「ッ……!!」


 喉が焼ける音が、

 意識の奥で爆ぜた。


 炎はないのに、

 皮膚が熱に溶かされるような痛み。


 少女は必死だった。


 殺そうとしているのではない。


 “奪おうとしている”のでもない。


 ──助けを求めている。


(……あなた……声が……欲しい……の……?

 誰かに届く声が……?)


 息が苦しい。

 涙が溢れ、視界が白く滲む。


 少女は泣きながら、

 奪ったばかりの誰かの声で叫んだ。


「……たす……けて……ッ……!」


 その声は少女自身の声ではなかった。


 なにもかもが焼けて、

 その場に“届かなかった声”だけが残っている。


 少女は祈っている。


 燃え尽きる前に誰かに助けてほしかった

 八百屋お七の、

 最後の祈り。


(たすけて……?

 あなたも……苦しいの……?)


 問いかけようとした。


 でも喉からは──

 焦げた息しか出ない。


 少女が、もう一度喉に触れた。


「や……っ……!」


 光が爆ぜ、

 世界が白く塗りつぶされた。


(助けて……

 誰か……助けて……)


 声は、やはり出なかった。

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