第7話「響かない叫びの町」 その1無音通報
深夜二時過ぎ。
街は雨に濡れ、アスファルトがぬるく光っていた。
県警通信指令室に、一本の通報が入った。
「……ッ……ッ…………助……」
声は──聞こえない。
だが、確かに“口が動いているような音”だけが波形に残る。
オペレーターは眉をひそめた。
「こちら県警です。聞こえていたら、何か音を……」
返ってきたのは──
無音。
無音なのに、“息を焦がすような熱の揺らぎ”だけが回線に乗る。
位置情報は自動取得。
場所は、市内の古い住宅街の一角。
住宅密集地で、火災の報告は上がっていない。
「音声なし通報。場所は──例のエリアだ」
「またか……?」
最近頻発している“無音通報”。
どれも位置情報だけは正確で、
声が一切入らない。
ただ一つだけ共通点がある。
現場には、決まって焦げ臭さが漂っている。
「パトカー1−3、現場急行。
火災の兆候はなし、住人の無反応あり」
無線が飛び、
現場指揮車の高峰修一は、コーヒーを流し込みながら
車へ飛び乗った。
「……また無音かよ。
声の録音だけ消されてんのか?
それとも、声が出せねぇ状況か……?」
彼は独り言を呟きつつ、パトカーを走らせた。
⸻
現場の住宅街に入ると、
雨上がりの匂いとは別に、
くぐもった“焦げ”が鼻を刺す。
「焦げ臭ぇな……どこが燃えた?」
だが、どの家も黒煙は上がっていない。
焼け焦げた痕跡もない。
通報の家へ向かい、
インターホンを押す。
「県警です。通報を受けて来ました」
返事はない。
だが、ドアの向こうで誰かの影が揺れた。
「……開けますよ」
高峰がドアを開けた瞬間、
むわっとした、火災直後のような熱気が押し寄せた。
「うッ……」
空気が異常に乾燥している。
それなのに、部屋には煙も火も無い。
リビングのソファに、
三十代くらいの男性が座り込んでいた。
「……ッ……ッ」
口を開いている。
何かを言おうとしている。
だが声が出ていない。
「おい、大丈夫か!?」
高峰が駆けよった瞬間、
男性は喉を押さえて苦しげに息をした。
その喉は──
焼けただれたように赤黒い。
「……おい……火傷か?
でも……部屋は燃えてねぇ……」
医療班が駆け込み、
男性を担架へ乗せる。
「喉が……声帯がやられてます。
でも火傷じゃない。熱の跡じゃない……何だこれ……」
医療班の戸惑い。
確かに、火の痕ではない。
これは“焼けた”というより……
振動で破壊された跡に近い。
「声が……出ねぇのか?」
高峰の問いに、男性は必死に頷く。
その瞬間、
男性がふるふると震えながら口を動かした。
高峰は耳を近づける。
「……だれか……
だれかが……
泣いて…… あつい……きこえ……
たす……け……」
声にはならない。
だが、“声にならない叫び”が喉奥で弾けていた。
「泣いてる……?
誰がだ? 家族か? 娘さんとか──」
医療班が首を振る。
「この家、独り暮らしです」
「……じゃあ誰の声だよ」
高峰は吐き捨てるように言った。
そして──
ゆっくりと気づく。
この男の目線は、
部屋の隅の“誰もいない空間”を見ていた。
暗がりに向かって、何度も。
まるで誰かが立っているかのように。
「……おい」
高峰はその暗がりに拳銃を向けた。
「そこに誰かいるのか?」
返答はない。
ただ、焦げたような“少女の泣き声”が──
遠くで、かすかに響いた気がした。
高峰の背筋が凍りつく。
「……真名井の出番だな。
これは普通じゃねぇ」




