表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/102

第6話「影の消える交差点」 その2 光の下にある空白

 梓が現場に到着したのは、それから二十分後だった。


 黒いコートの裾を押さえながら、規制線の下をくぐる。

 夜気は冷たく、街灯の白光がコートの布地を淡く照らしている。


 交差点を見渡すと、まるで“光の輪郭がどこか歪んでいる”ように感じた。

 配置も照度も問題ないのに、妙な空白がある。


(……光源の問題ではありません。

 “情報の欠損”です)


 梓は喉の奥で小さく息を吸った。


 高峰が、横断歩道の中央でこちらに手を挙げる。


「遅かったな」


「できる限り急ぎました。

 ……高峰さん。

 現場の“空気”が、少し……歪んでいます」


 高峰はうんざりした顔をした。


「そういう言い方をされると、もう普通の事件じゃない気しかしない」


「普通ではない、と思います」


「やっぱりかよ」


 溜息混じりに言いながらも、高峰の目はもう“警察だけの視点”ではなかった。


 梓は横断歩道の中央に立つ。

 アスファルトに落ちる自分の影が、ゆっくりと揺れた。


(光源の角度、距離、照度……問題なし)


 しゃがみ込み、影の輪郭に指を伸ばす。

 アスファルトに触れた指先が、かすかにざらついた。


 人の影の上に“もう一層の何か”があるような感覚。


「……やはり、ここの影は正常ではありません」


「どう異常なんだ?」


「“厚み”がありません。

 影は光が生むものですが、“情報の影”は、人の存在が生むものです。

 ここには、その“情報の厚み”が薄い。

 つまり──」


「影のデータが奪われている?」


「はい。

 影とは、視覚だけでなく“存在の輪郭”ですので」


 高峰は腕を組んだ。


 彼が“影の輪郭”という単語を拒絶しないあたり、

 梓は小さく安心する。


(……以前なら、“オカルトか?”と言われていました)


 経験は、人の認識を変える。

 それが祓屋の世界に踏み込んだ代償でもあり、強さでもある。


「とりあえず、被害者の行動を遡る。

 影が消えたタイミングが分かれば、何かが掴める」


「では、私の方では“影の欠損範囲”を調べます。

 残響が侵食するなら、どこかに“境界”があるはずです」


 梓は量子暗号札を取り出し、

 交差点の四隅に向かって静かに歩き出した。


 札は祓詞を唱えなくても微弱な反応を示す。

 空気の歪み、情報の乱れ、祈りの残火──

 それらを光として拾う。


 北側。


 札は反応しない。

 普通の道路。


 西側。


 やはり異常なし。


 南側に近づいた瞬間、札が淡い赤を灯す。

 微かな“影の揺らぎ”が指先に伝わる。


(ここが……“入り口”)


 札を地面に近づけると、街灯の光が歪み、

 影が一瞬だけ、足元から抜けるように薄くなる。


(……これほど露骨に“影情報”が消えるのは珍しい)


 影は光と物体の関係で決まる。

 だが、“精神と存在”の輪郭としての影は、

 残響がもっとも好む標的。


 影は“存在の最下層データ”。

 そこを食われれば、記憶だけでなく、

 人格の境界も侵される。


「高峰さん。

 ここが、影の消失が始まる境界です」


 高峰がやって来て、跪く。

 梓が示した路面を覗き込む。


「ただのアスファルトにしか見えないが」


「目ではなく、情報としての“影”が欠けています。

 この地点から先、被害者の影は消えています」


「じゃあ、この先に“影を喰う何か”がいるってわけか」


「可能性は高いです」


 高峰が顔をしかめた、その時だった。


 交差点に止められたパトカーの陰から、

 鑑識が走ってきた。


「高峰警部補! 追加の映像データが届きました!」


「何だ」


「十日前の事故の映像です。

 今日のものと……似ています」


「似ている?」


「影が、ありません。

 それと──」


 鑑識は言葉を濁す。


「“誰かが横断歩道の中央に立っているように見える”と……

 複数の鑑識が言っています。

 ただ、フレームに形は映っていないんです」


「……“誰か”?」


「はい。

 重ねて見ると、そこに“影を吸う影”がいるように見える」


 高峰と梓は、同時に無言で交差点の中央を見た。


 そこには誰もいない。

 ただ深夜の光が落ちているだけ。


 だが──


(……影が、少し遅れている?)


 梓の視界に、一瞬だけ“光の揺らぎ”が走った。

 ほんの僅かだが、

 “そこにあったはずの影”が抜け落ちたように見える。


「高峰さん。

 ここには確かに、“影喰い”がいます」


「影喰い、ね……。

 そいつは何を目的にしている?」


「“影”は、人の存在を確定させるものです。

 奪われれば、人は“生の領域”から半分外れます」


「……つまり、死に近づくってことか」


「はい。

 残響は、被害者を“影の側”に引き込んでいる可能性があります。

 死ではなく、死と生の“境界側”へ」


 高峰は呼吸を一つ深く吐いた。


「また厄介なやつか」


「はい。

 そして、この残響は……放置すれば必ず増えます。

 影は、連鎖するので」


 梓の言葉が落ちた直後、

 無線が再び鳴った。


『こちら指令。

 同交差点から五百メートル地点で、新たな事故発生。

 被害者は……“影が消失している”との通報』


「……始まったか」


 高峰が立ち上がる。


 梓は札をそっと握りしめた。

 札の赤い脈動が、静かに強くなる。


「急ぎましょう。

 “影喰い”が移動しています」


 交差点の中心で、

 街灯の下の影が、

 一瞬だけ“揺れて”見えた。


 そこに、何かが立っていたように。



次は


第3章:被害者視点 “影の内側に引きずられる”


へ進みます。


続けてよろしければ、

「続けて」

と送ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ