番外編 寄生型残響・藤田宏和事件 その3 滅する側
通知は、音を立てなかった。
ただ、視界の端で小さく光っただけだ。
佐々木結衣は脚を止めずに、
そのまま情報を開く。
【中森】
《案件。寄生受胎型》
《宿主:藤田宏和》
《進行率:上昇中》
《使用媒体:不明コード》
無駄な言葉はなかった。
いつも通りの、業務連絡。
「……了解」
声に出す必要もない。
返信も打たない。
記録として受け取るだけだ。
彼女はヘルメットを被った。
夜の空気が頬をなぞる。
エンジンをかけたバイクが、低く唸る。
車は使わない。
この手の案件は、身軽な方がいい。
ハンドルを握る指に、無駄な力は入っていなかった。
アクセルを開ける。
街の灯りが、線になって流れていく。
ネオンが、目に焼き付く前に消える。
人の顔も、同じだった。
流れて、重なって、消えていく。
藤田宏和。
ヤクザ。
残響コード使用者。
寄生型受胎宿主。
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
仲間はいない。
共有しない。
報告も最低限。
この稼業は、
一人でやるものだ。
湾岸部に近づくにつれ、
空気が変わり始めた。
夜の海の匂いに、
違うものが混ざる。
油でもない。
金属でもない。
“湿った気配”。
皮膚の裏側をなぞるような感覚。
結衣は速度を落とさない。
むしろ少し上げた。
感じてから減速すると、
細かい感覚が乱れる。
マンションの敷地が見えてきた。
古い外壁。
錆びた非常階段。
窓の一部だけが灯っている。
三階の一室。
ヘッドアップディスプレイに
淡い解析が重なる。
《反応検知》
《寄生干渉率:82%》
《対象ユニット:三》
人間:三。
妥当だ。
だが、
その中にもう一ついる。
人間じゃないものが。
結衣はエンジンを切った。
バイクの音が止まり、
代わりに街の遠いノイズが戻ってくる。
風の中に、
腐った甘さが混じる。
「……まだだな」
小さく呟く。
間に合うかどうかなんて問題じゃない。
滅するのは、
“今”だけだ。
ヘルメットを外す。
髪が夜風に揺れる。
視線を上げると、
三階の窓の向こうに人影が動いた。
——人間の形をしているだけのもの。
結衣は、何も思わない。
感情を挟んだら、
刃が鈍る。
玄関方向へ歩く。
廊下の蛍光灯が、ちらついた。
途中の部屋に住んでいる人間は、
まったく気づいていない。
ここで何かが育っていることを。
ピンポン、という音すら鳴らさない。
結衣は、
三〇三号室の前に立つ。
中から、
子供の声がかすかに漏れる。
「パパ…?」
結衣の目は、瞬きもしなかった。
八鍵を起動する。
掌に光が走る。
淡い、
だが刃のような光。
ドアの内側から、
足音。
重たい足音。
人の体に、
合っていない足音。
そして声。
「……誰だ」
人間の声。
だが中身が薄い。
結衣はドアノブに手をかける。
冷たい金属。
向こう側は、生ぬるい熱。
「佐々木結衣」
名乗る相手は、人間じゃない。
「——滅却対象の確認に来た」
ドアの取っ手が、
内側からゆっくりと動いた。




