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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第36話 反魂 第4章 襲撃

 圧が、空間そのものを押し潰していた。


 影が重なり合い、幾層にも折り重なった“人の形”が梓へと押し寄せる。距離も奥行きも意味を失い、ただ密度だけが増していく。


 梓はその中心で、受け続けていた。避ける。流す。祓う。だが、終わらない。消しても補われ、崩しても再構成される。


 この術は、単なる生成ではない。維持されている。


 ならば、核がある。供給源がある。


 梓は視線を上げた。


 そこにいる。半分が現実、半分が影に溶けた男。その背後に、無数の“誰か”。すべてが、繋がれていた。


《……まだ立つか》


 低い声には、苛立ちが混じっていた。


《壊れるべきものが、壊れぬ》


 梓は呼吸を整えながら言う。


「壊れるものじゃない」


 一歩、踏み出す。影がぶつかる。衝撃。だが、止まらない。


「壊しているのは、あなたの方だ」


 その言葉に、影が揺れた。ほんのわずかに。だが、確実に。


《……壊しているだと?》


 声が低くなる。


《戯言を申すな!》


 圧が増す。

 梓は、それを正面から受け止める。


「成立していません」


 はっきりと言う。否定ではない。断言だった。


 その瞬間、影が一斉に動く。


《黙れ、痴れ者が!!》


 怒号とともに圧が跳ね上がる。四方から叩き潰すように迫る。梓は受ける。押される。床に膝が触れる。


 それでも、視線は逸らさない。


「……あなたは」


 圧の中で、言葉を続ける。


「これを“戻した”と思っている」


 一拍置く。


「でも、これは繋ぎ止めているだけです」


 影の動きが、わずかに鈍る。だが、すぐに戻る。


《同じだ》


 即座に返る。


《繋がっていれば、それでよい》


 迷いはない。だが、強すぎる。その強さ自体が、歪みでもあった。


 梓はもう一歩、踏み込む。


「違います」


 もう一度、言う。


「繋がっているように見せているだけです」


 一瞬の沈黙。


 そして、空気が重く沈んだ。


《……これ以上の侮辱、許さぬ》


 低い声。怒り。だが、それだけではない。揺れがある。


《我が術を。我が理を。否定するか》


 圧が増す。だが、先ほどとは違う。乱れている。


 梓はそれを見逃さない。


「否定ではありません……」


 静かに言う。


「……あなたがやろうとしていることは、分かります」


 一歩、近づく。影が来る。だが、受ける。


「失ったものを、もう一度そこに置きたい」


 さらに一歩。


「繋ぎ直したい」


 影が止まる。完全ではない。だが、確実に弱まる。


《……》


 声が出ない。代わりに、背後の影が不安定に揺らぐ。


 梓は続ける。


「だから、繰り返している。精度を上げるために。何度も」


 沈黙が落ちる。長く、重い沈黙だった。


 男の形が、わずかに歪む。怒りではない。拒絶でもない。自分の行為を言語化された、その認識が刺さっていた。


《……それが》


 ようやく声が出る。


《それが、何だというのだ!》


 強がりだった。明らかに。


《それで届く! 届かせる!》


 言い切る。だが、確信は揺れている。


 梓は言った。


「……届きません」


 はっきりと。逃げずに。


「今のままでは」


 沈黙。


 男の顔が歪む。怒り、否定、そして理解。そのすべてが混ざる。


《……分かっておる》


 小さく、呟く。


 初めて、本音が漏れた。


《分かっておるとも。これは完成などではない…完全ではない…繋いでおるのだ》


 一歩、前に出る。影が揺れる。


《だが……ここで止めるわけにはいかぬ!》


 強いのは、術ではない。意志だった。


《ここで終われば、我の全てが無駄になる》


 それが本音だった。理ではなく、執着だった。


 梓はそれを見る。そして、言う。


「終わりじゃありません」


 静かに。


「ここは途中です」


 一拍置く。


「続けるなら、次の理でやるべきです」


 沈黙が落ちる。長く、苦しい沈黙だった。


 道満の表情が揺れる。拒絶したい。認めたくない。だが、理解している。ここでは届かない。どれだけ繋いでも、どれだけ重ねても、“それ”には至らない。


《……我は》


 声が震える。


《我は、ここで終わるために術を積んだのではない》


 怒りではない。悔しさだった。


《……未完のまま……終わるなど》


 言葉が詰まる。術者としての矜持が、それを許さない。


 だが、限界も理解している。


《……》


 長い沈黙のあと、ゆっくりと目を閉じる。


《……ならば》


 絞り出すように言う。


《……次だ》


 認めた。敗北ではない。延期として。


《来世で再び繋いで見せようとぞ》


 目を開ける。その中には、まだ火が残っていた。


 梓は静かに頷く。


「はい」


 手を上げる。祓詞の構えを取る。


「あるべき形に戻します」


 空気が整う。


《……頼む》


 影が静まる。完全に。防備を解く。


 その瞬間だった。


 空気が裂けた。


「――祓詞、滅祓!」


 低い声が横から走る。


 一瞬で距離を詰めた影。祓詞を纏った刃が、道満を貫く。完全に。


《――おのれ、謀ったかっ!!……》


 声が途切れる。理解する暇もないまま、存在が崩れる。術が断ち切られる。繋がりが、強制的に切断される。


 道満の姿は、霧散した。


 途中で。


 無理やり、終わらされた。


 静寂が落ちる。


 残るのは、崩れた空間と、そこに立つ水谷だけだった。


 梓は振り返る。


 その目に、はっきりとした怒りを宿して。

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