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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第33話 幻視 第3章 追跡とノイズ

 廃ビルは、音がなかった。


 外の車の音も、風も、ここには入ってこない。


 入口のガラスは割れている。


 だが、破片は散らばっていない。


 踏んでも音がしない。


 床が、静かすぎた。


 水谷は中に入る。


 足音が、響かない。


 自分の呼吸だけが、やけに近い。


 止まる。


 周囲を見る。


 異常は、ない。


 視界は正常。


 匂いも、変わらない。


 だが。


 違う。


「……いるな」


 小さく呟く。


 一歩、進む。


 その瞬間。


 視界の端に、何かが入る。


 反射的に、視線を切る。


 見ない。


 歩く。


 もう一度。


 今度は正面。


 廊下の奥。


 人影。


 立っている。


 白い。


 長い髪。


 動かない。


 水谷は、足を止める。


 数秒。


 視線を外す。


 壁を見る。


 ひび割れ。


 汚れ。


 何もおかしくない。


 戻す。


 いる。


 同じ場所に。


 同じ姿で。


 同じ距離で。


「……さっそく固定か」


 歩く。


 距離は、変わらない。


 近づいているはずなのに。


 位置は、変わらない。


 無視する。


 横を通る。


 視界に入れない。


 入っている。


 端に残る。


 消えない。


 階段を上がる。


 一段。


 二段。


 三段。


 振り返らない。


 振り返る意味がない。


 いるからだ。


 上階。


 廊下。


 同じ構造。


 同じ静けさ。


 同じ光。


 水谷は歩く。


 止まらない。


 視界の端。


 増えている。


 一つではない。


 二つ。


 三つ。


 位置は違う。


 だが。


 全部、同じ。


 白い。


 長い髪。


 動かない。


「……増殖型」


 短く言う。


 そのとき。


 奥の部屋から、音がした。


 小さい。


 だが、確実な音。


 水谷の足が止まる。


 次の瞬間、動く。


 ドアを蹴る。


 開く。


 中。


 女がいる。


 床に膝をつき、何かを見ている。


 震えている。


「……いる……」


 女が呟く。


「見てる……見てる見てる見てる」


 水谷は一歩、踏み込む。


「動くな」


 低く言う。


 女の視線が、ゆっくりと上がる。


 目は焦点が合っていない。


 だが。


 “何か”を見ている。


「……来ないでっ!」


 女が言う。


 次の瞬間。


 手が動く。


 ナイフ。


 どこから出したのかも分からない。


 反射で振る。


 速い。


 だが、直線。


 水谷は半歩ずらす。


 刃が空を切る。


 そのまま踏み込む。


 手首を叩く。


 骨が鳴る。


 ナイフが落ちる。


 同時に。


 顎。


 当て身。


 女の身体が崩れる。


 床に落ちる。


 音はしない。


 呼吸だけが残る。


 生きている。


「……排除対象じゃない」


 確認。


 それだけ。


 水谷は女を見ない。


 もう必要ない。


 その瞬間。


 空気が、変わる。


 温度が落ちる。


 音が消える。


 さらに、深く。


 “静か”になる。


「……来たか」


 言葉と同時。


 視界が歪む。


 壁が、伸びる。


 床が、遠ざかる。


 女の身体が、ぼやける。


 ノイズ。


 重なる。


 剥がれる。


 現実が、薄くなる。


 そして——


 切り替わる。


 廃ビルは消える。


 別の空間。


 暗い。


 広い。


 境界が曖昧。


 上下が曖昧。


 距離が歪んでいる。


 残響空間。


「……引きずり込んだな」


 水谷は言う。


 周囲を見る。


 静止。


 音はない。


 風もない。


 だが。


 “いる”。


 前方。


 女。


 一体。


 変わらない姿。


 白い。


 長い髪。


 動かない。


 距離は、一定。


 五メートル。


 だが。


 今度は違う。


 視界の端。


 後ろ。


 横。


 下。


 いる。


 同じものが。


 同時に存在している。


「……全部、本体か」


 分析。


 即座。


 次の瞬間。


 動く。


 女が、消える。


 同時に、現れる。


 背後。


 水谷は振り返らない。


 足だけ動く。


 半歩。


 避ける。


 何かが通る。


 空間が裂ける。


 音はない。


 だが、確実に“斬られた”。


 水谷の頬に、浅い傷。


 血が滲む。


「……速いな」


 感想。


 それだけ。


 次。


 前方。


 同時に三体。


 距離は同じ。


 動きはない。


 だが。


 次の瞬間には、来る。


 分かっている。


 水谷は、動かない。


 視線も動かさない。


 呼吸も変えない。


「……認識依存型」


 小さく呟く。


「見るな」


 それだけ。


 目を閉じる。


 一瞬。


 開く。


 いる。


 変わらない。


 だが。


 “位置”がわかる。


 ズレがある。


 完全ではない。


「……甘い」


 言う。


 踏み込む。


 一歩。


 距離を詰める。


 その瞬間。


 景色が爆発する。


 ノイズ。


 記憶。


 他人の視界。


 知らない部屋。


 知らない顔。


 知らない恐怖。


 一気に流れ込む。


 だが——


 水谷は止まらない。


 足も止まらない。


 呼吸も乱れない。


 ただ。


 一直線。


「……効かねぇな」


 短く言う。


 そして。


 距離が、ゼロになる。


 女の目前。


 同時に。


 周囲のすべてが、動く。


 無数の“それ”が、襲いかかる。


 空間ごと。


 圧し潰すように。


 だが。


 水谷は、笑わない。


 恐れない。


 ただ。


 手を、わずかに動かす。


「——遅い」


 その一言と同時に、


 戦闘が、始まる。


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