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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第27話 奪う者と狩る者 その9 捕食者

 炎の向こうから、ゆっくりと影が現れた。


 黒いドレス。

 長い黒髪。

 赤い瞳。


 場違いなほど静かな足取りで、少女は歩いてくる。


 徳次郎が目を細めた。


《……何だ、てめえは!?》


 少女は答えない。

 ただ、周囲を見回す。


 燃えさかる町。

 転がる死体。

 血と煙。


 まるで散らかった部屋を眺める子供のように、首を傾げる。


「わあ」


 無邪気な声だった。


「いっぱいある」


 徳次郎の眉が動く。


《……貴様、恐れぬのか》


 少女はようやく徳次郎を見る。


 その瞳に、嫌悪も憎悪もない。


 ただ――好奇心。


「あなたが、一番強いの?」


 徳次郎は、そこで初めて笑った。


《強い? 我を量るか、小娘!》


 刀を構える。


《この場で最も愉しんでいるのは我だ!》


 踏み込む。


 刃が一直線に走る。


 鋭い居合い。


 火炎を裂き、空気を斬る。


 梓の目にも、水谷の目にも、完全な一撃だった。


 だが――


 少女は、少し横に身体をずらしただけだった。


 刃は空を切る。


 表情は変わらない。


 徳次郎の動きが止まる。


《…なっ…!》


 もう一度。


 今度は連撃。


 足を払う低い斬撃から、上段への跳ね上げ。


 殺しの軌道。


 だが少女は、まるで踊るように身を捻る。


 刃が触れない。


 焦りが、徳次郎の眉間に滲む。


《貴様……一体何だ!?》


 少女は鎌を持ち上げる。


 巨大な刃。


 しかし振り下ろさない。


 絡めるように、空間へ差し出す。


「あなた、面白いね」


 徳次郎の背筋に、初めて冷たいものが走る。


《我を侮るなぁ!!》


 踏み込む。


 全力の斬撃。


 空間そのものを断ち割る勢い。


 少女は――動かない。


 刃が届く直前。


 鎌が滑り込む。


 刃ではない。

 柄でもない。


 鎌の“内側”が、徳次郎の輪郭に触れた。


 瞬間。


 徳次郎の身体から、何かが引きずり出される。


《……なっ……!?》


 思念。


 記憶。


 血の匂い。


 斬撃の歓喜。


 すべてが、鎌に絡み取られる。


 徳次郎が後退る。


 初めて、明確な恐怖が浮かぶ。


《待て……!》


 少女は無言。


 鎌を引く。


 徳次郎の身体が、空間ごと引き裂かれる。


《まて、まて、まて……!》


 声が裏返る。


《我は――我はまだ愉しんでおらぬ!》


 さらに引く。


 徳次郎の輪郭が崩れ始める。


《やめろ…我を助けろ……!》


 誰に向けた言葉か分からない。


《助けてくれればオマエが気に入らんヤツを全員斬る! 金もいくらでもやる! 何でもやる!》


 情けないほどの懇願。


 先ほどまでの余裕はない。


《我は盗賊だぞ! 誇りある大盗だ!!》


 少女は、ただ首を傾げる。


「うん」


 淡々と。


「だから、ほしい」


 鎌が深く絡む。


 徳次郎の声が裂ける。


《いやだ、いやだ……! いやだぁぁ!!》


 泣き叫ぶ。


《まだ消えたくないぃぃっ!!!》


 炎が揺らぐ。


 死体が崩れる。


 世界そのものが、徳次郎の恐怖に反応する。


 だが、少女の表情は変わらない。


「だいじょうぶ」


 優しい声。


「私の中で、ずっと遊べるよ」


 次の瞬間。


 徳次郎の思念が、激しく引き抜かれた。


 悲鳴が空間を震わせる。


《やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!》


 だが止まらない。


 輪郭が崩れ、砕け、吸い込まれていく。


 胸元の翡翠が、濁った赤に光る。


 徳次郎の姿は、縮み、裂け、細くなる。


《助け……》


 最後の言葉は、音にならなかった。


 完全に、消えた。


 同時に。


 根石健光の身体も崩れる。


 徳次郎の器だったもの。


 支えを失い、崩壊する。


 悲鳴すら残らない。


 空間は急速に静まり返る。


 炎が消える。


 死体が溶ける。


 残響空間が、音もなく閉じ始める。


 少女は鎌を下ろす。


 胸元の翡翠が、わずかに濁る。


 満足そうに、小さく息を吐く。


「おしまい」


 梓は、言葉を失っていた。


 水谷は、血を流したまま立っている。


 少女が振り向く。


 梓は言葉を失い、水谷は血を流したまま立っている。


 少女の赤い瞳が、梓と水谷の方へ向いた。


 じっと見つめる。


「何のためにそんなことしてるの?」


 無邪気な声。


「それとも、あなたも私の中に入りたいの?」


 水谷は答えない。

眼の奥の視線が揺れない。


 少女は少し考え、


「でも、あなたのことは聞いてないから」


 首を傾げる。


「また今度ね」


 空間が裂ける。


 彼女はそのまま、音もなく消えた。


 残響世界が崩れ、現実が戻る。


 焦げた匂いと、血の温度だけが残る。


 水谷が、低く吐き捨てた。


「…この…悪食め」


 その声には、嫌悪と、わずかな警戒が混じっていた。


 梓は、まだ少女の言葉を反芻している。


 ――なんのために。


 問いは、消えないままだった。

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