幼馴染ヒロイン七川 歩はノンデリ系ヒロイン!?
本日の三限目の授業が終わり、窓際の一番前の席に座る天子は、朝の緋影との出来事を思い出し、終始上機嫌だった。その余韻のおかげで、今日の先生の手伝いや生徒たちからの頼まれごとも捗りまくる天子なのであった。
今まで遠くから、緋影(推し)を眺めるだけで満足していた天子だった。しかし、今朝の出来事がきっかけで、ちょっとだけ欲が出てしまう。
(す、少しだけ……し、親しくなっても許されるでしょうか……)
両手を組み、瞳を閉じて思案にふける天子。その姿は、はたから見ればまさに聖女そのものだった。
彼女は、いつもは忙しなく誰かに頼み事をされ、授業中とお昼休みに弁当を食べるときくらいしか自分の席に座っている姿を見られないため、クラスメイトや廊下を通りすがる生徒たちの注目を集めていた。
(そ、それに……ま、まさか……ひ、緋影様と一緒に登校できるなんて……ゆ、夢のようなひとときでした)
緋影(推し)と一緒に登校した(実際は二、三歩どころか十歩ほど後をついていっただけ)時のことを思い出し、幸福感に浸る天子。正直、推し活している時とあまり変わらないのだが、彼女的には本日は一緒に登校したということになっていた。
そんな彼女の耳に、同じクラスの女子二人組の会話が入ってきた。
「ようちゃ…ん…今日こそは…緋影く…んの…良さを…わかって…もらうんだか…ら…ね」
「聞きたくねーって……だいたい、あれだろ、ウチにヒトカタのところに連れて行ってほしいだけだろ? あゆは……」
「そ、そんな…こ…と……ない…よ」
「目がめっちゃ泳ぎまくってるじゃねぇーか……ウチは絶対に、もう、ヒトカタには関わらないからな!!」
「そ、そ…ん…な……ようちゃ…ん……ううううううッ」
「そ、そんな、捨てられそうな子猫のような顔をしても、うちは絆されないから……ヒトカタとは絶対に今後関わらねぇーッ……あゆ、お前もわかんだろ? あの不気味な人形絶対やべぇーってッ!!」
「そ、そう…か…な……す、少し…怖い…け…ど……多分…悪い…人形じゃ…ない…よ」
「どっからどう見ても悪い人形だろ!? あれは!!」
同じクラスの七川 歩と轟 陽子の会話を聞いて、天子は、そういえばこのクラスに緋影の幼馴染がいることを思い出した。二人の会話を盗み聞きすることに申し訳なさを感じつつも、つい耳を澄ませてしまう天子なのであった。
「じゃ、じゃ…あ……緋影く…んの…昔話…とか……興味…ある…よ…ね?」
「ねぇ~よッ! いや、マジで!! なんで、「え!?」嘘でしょみたいな顔してんだよ!? あゆ、お前はッ!!」
非常に興味がありますって顔になる天子なのである。物凄い見開いた瞳でじーっと歩と陽子を凝視し、聞き耳を立てるものの、陽子が話を遮ってしまったため聞くに聞けない。
「ちょ…ちょっと…だ…け……ちょっと…だ…け…で…も……」
「ちょっとも、少しも……聞きたくねぇーよ!! この話は終わりだ!! 終わり!!!」
二人の会話が終わろうとしていた。非常に緋影の幼馴染である歩が話そうとした内容が気になる天子。悩みに悩んだ結果、意を決し勢いよく席を立ち、まっすぐに二人の元に向かった。
「あ、あの……そのお話……わたくしに聞かせてもらえませんか?」
そして、席に座って談笑する二人に、いきなり話しかける天子であった。
「あ、天ノ川!? さん……なんで?」
突然に話しかけられるはずもないような人物に話しかけられ、声をあげて驚いたのは轟 陽子なのであった。天ノ川 天子はこのクラスで、否、この学校では有名人であり、スクールカーストでいえば頂点に君臨するような人物である。
日陰者であり、腫れ物扱いの自分たちに話しかけてくるとは露ほどにも思わなかった陽子なのである。
「え、えっとですね……その……お二人の会話を盗み聞きするつもりはなかったのですが……と、とても……きょ、興味深い話をされていたので……その……えっと……」
陽子の問いに対して、物凄く歯切れの悪い返答しか返せない聖女様こと天子は挙動不審であった。指先モジモジ、顔は真っ赤、視線キョロキョロな聖女様で天使な天子は物凄く目立っていた。クラスメイトや廊下を通り過ぎる生徒達から、奇異の視線が集まる。
「あぁー、なんかウチらに話あるんなら……場所……変えるか?」
「……え? な…ん…で? ようちゃ…ん?」
「…………あゆ……お前は気まずくねーのかよ……この状況」
物凄い数の視線が三人に集まっていた。陽子が鋭い目つきで周囲を見回すと、露骨に生徒たちは視線を逸らした。
周囲の視線に気づいたのか、天子はますます顔を赤くし、俯いてしまう。傍から見れば、まるで陽子たちが天子をいじめているようにも見えた。
居心地の悪さに耐えかねた陽子は、席を立った。
「あゆ……行くぞ」
「ようちゃ…ん……どこ…行く…の?」
そう言って、何やらぽーっと考え事をしていた歩を引き連れ、教室を出ていく陽子なのであった。ついてくるもついてこないも天子の自由意志に任せた陽子なのである。
残された天子は慌てて陽子の後をついていくのであった。
そして、人気のない非常階段の踊り場まで移動した。
結局ついてこられて気まずそうな陽子とついてきてしまって気まずい天子なのである。
対して歩はというと、教室で突然天子に話しかけられてから、何やら難しそうな表情を浮かべ、考え事をしていた。移動中も腕を組み、唸りながら終始思案に耽っていた。
そんな歩が、突然ハッとしたように顔を上げ、何かを察した表情を浮かべた。
「天ノ川さ…ん…も……緋影…く…ん…のこと……好き…な…の?」
いきなり核心を突く歩の爆弾発言に、陽子はぎょっと目を見開いた。驚きの表情を浮かべながら、思わず歩の方を見る。
(あゆ……お前ほんとノンデリなとこあるよなッ!? そんなこと聞くか!? 普通!! つぅーか天ノ川がヒトカタのこと好きな訳ねぇーだろッ!!)
いきなりそんなことを学校の聖女様に聞く歩に、陽子は動揺しまくった。そんなまさか――と、天子の方をちらりと盗み見る。視界に映ったのは、顔を真っ赤に染めた聖女様の姿だった。
(マジかよ……天ノ川って……ヒトカタのことが好きなのか!? え!? マジで……趣味わりぃーな……こいつも……)
ドン引きの陽子の視線に気づいた天子は、慌てて両手を左右にぶんぶんと振り、誤魔化し始めた。
「す、好きといいますか……その……えっと……ひ、緋影様って……この世の人とは思えない美しさといいますか……か、格好良さといいますか……神々しさといいますか……そ、そういう感じなんです! わ、わかりますか!?」
(わかんねーよ!! こえぇぇの間違いだろ!! あと、緋影様ってなんだ!? 様って!? ぜってぇーにヒトカタのこと好きだろ!! お前!!)
真っ赤になってあわあわ言い訳を述べる天子に対して、心のなかで猛ツッコミする陽子。その傍らで、瞳を閉じて静かに天子の話を聞いていた歩の目が開かれる。
「………………わか…る…よ!」
(わかんのかよ!!! あゆ……お前までヒトカタに様とかつけだしたら絶対に絶交だかんなッ!!!!)
突如として同意し、目と目を合わせて意気投合する天子と歩なのである。陽子はもはやついていけないと、心の中でツッコミを入れた後、この場から静かに立ち去ろうと陽子はコマンド『逃げる』を選択したのである。
(どこに…いく…の? ようちゃ…ん……わた…しを…天ノ川さ…んと……二人きりに…しない…で…よ)
(いや……お前ら気が合いそうだし……ウチは邪魔かと思って……)
陽子は逃げ出した。しかし、歩にスカートの裾を掴まれ逃げられなかった。ヒソヒソと会話を交わし、やむなくこの場に残る陽子なのである。その光景を不思議そうに眺めていた天子が歩に話しかける。
「七川さんは……緋影様の幼馴染だそうで……」
「そう…だ…よ」
天子の問いに、腰に両手を当て嬉しそうにドヤ顔で答える歩だった。しかし、陽子は疑問符を浮かべた。
(ん? 天ノ川……なんで、あゆとヒトカタが幼馴染だって知ってるんだ!?)
少し気になったが、それ以上にもっと気になることがあった。陽子は気まずそうに、清楚に佇む天子を見る。
「あ、天ノ川……さん。あの不気味な呪いの人形、怖くねぇーのかよ!? あんなの学校に持ってくるとか……ヒトカタのヤツ、普通じゃねーぞ」
「不気味? えっと……それは、あの可愛らしいりんねちゃんさんのことですか?」
人差し指を頬に当て、きょとんとした表情で問い返す天子。お互い『え?』という驚きの表情を浮かべる。
「あんな可愛らしい人形と常に一緒にいる緋影様……とても尊いと思います」
うっとりとした表情で言い切る天子に、陽子はドン引きだった。
正直、陽子は天ノ川 天子の聖女様活動を、内申点稼ぎのお利口さんアピールだと思っていた。だが――今、確信した。
こいつはただの変なやつ。いや、ただの物凄い変わり者だ――と、天子に対する認識を改める陽子だった。
「……あ、あの……先ほどおっしゃっていた……ひ、緋影様の……過去のお話を……よ、よろしければ聞かせていただけると……」
物凄く申し訳なさそうに身体をもじもじさせながら、お願いしてくる天子に、歩はきょとんと首を傾げた。
「えっ…と……緋影く…んの…昔話の…こと…か…な?」
その問いに、天子はこくこくと首を縦に振る。緋影の昔話に興味津々な天子とは対照的に、陽子は腕を組み壁に背を預けて、物凄く興味なさそうな顔をしていた。
「う、う~ん……別に…そんなに…大層な…話し…でも…な…い…よ?」
天子から非常にワクワクと期待感に満ちた表情を向けられ、ちょっと困る歩なのである。しょうがないと、とっておきの話をしようと決めた歩なのである。
「……えっと……緋影く…んって……幼稚園の…年中…ぐらいの頃は…すごく明るくて…人気者…だったん…だ…よ……人見知り…で…一人で…遊んでいた…わた…し…に…声を…掛けてくれた…の…が…出会い…だった…か…な」
「は? 嘘だろ……あ、あいつ……昔は明るかったのか!? 想像つかねぇ~な!」
驚きの声をあげる陽子。一方で、幼稚園の頃の緋影のことを想像し、大層お可愛かったのでしょうと目を閉じ、両手を組んで、妄想の世界に入る天子なのであった。
「うん……でも……緋影く…んは……その…交通事故に…あって……その時……緋影く…んの…お父さ…んは……その…事故が…原因で…亡くなって…しまって……緋影く…ん…は…奇跡的に…助かった…らし…く…て……」
なにやら急に話の内容がおかしくなってきたのではないかと怪訝な表情になる陽子。妄想の世界から帰還し、ちょっと気まずそうな天子なのである。
聞いてはいけない話を聞いている気がして、陽子はそわそわと落ち着かない。天子もまた、耳を傾けて良い話なのかと戸惑いを隠せない様子である。気まずそうな天子をチラリと見て、「まぁ、そうなるよな」と思う陽子だったが、淡々と話し続ける歩のことが少し怖くなるのであった。
「……その…事故の…あ…と……緋影く…ん…が…半年ぶり…くらいに……幼稚園に…来たん…だ…け…ど……誰も…緋影く…ん…に話しかけも…しなかった…んだ…よ…ね」
更に話が変わったなとなる陽子は、これホラー話なのかと身体が震えだす。
「……変だなって…思ったん…だけど……緋影く…ん……急に…無表情に…なって…い…て……部屋の…隅で…本ばかり…読む子に…なってた…んだ…よ」
変だよねって疑問顔を陽子と天子に向ける歩にドン引きな陽子と戸惑う天子なのである。
「……そ、それは……すごい変わりようですね……じ、事故の影響なのでしょうか?」
天子が気まずそうにそう発言し、陽子は凄いなと感心する。
「どう…だろ…う? でも…その時…正直…前の…緋影…く…んより……今の緋影く…ん…の方が……わた…しは…話しかけ…やすかった…よ」
会話がまるで噛み合わない。天子の笑顔は次第に気まずそうなものへと変わっていく。そんな彼女を見て、陽子は「わかるぞ、その気持ち」と内心で激しく同意した。
「緋影様は……ど、どういったご本を読んでおられたのでしょうか?」
「ご、ごめ…ん…ね……その時……緋影く…ん…が……読んでいた本のタイトルは……覚えて…な…い……という…か……たぶん……難しくて…本の…タイトル自体…読めなかった…と…おも…う」
「そんな難しそうな本を幼稚園の頃から読んでおられたのですか? 緋影様は?」
「事故から…戻ってきてから…かな……その前は…本なんか…読んでるところ…見たこと…なかった…よ」
陽子の中で、恐怖心が募るばかりだった。何かの怖い話で聞いたことがある話を思い出す。それは、幽霊と人が入れ替わるという話だった。
(え? それじゃあ、ヒトカタって……実は幽霊なんてこと……マジで……ありえるんじゃね!?)
自身の身体を抱きしめ、悪寒を感じる陽子なのである。
「あと……先生が…たま…に……わた…し…に…緋影…く…んの…居場所…聞いてきた…こととか…あって……すぐ近くの…隅で…本読んでる…のに…変な…先生…とか…思ったこと…合ったんだ…よ…ね……面白い…よ…ね?」
(おもしろくねぇーよ!! あゆ、お前の感性バグってんだろ!? どうしたら、その話が面白い話になるんだよ!! ただのホラーじゃねぇーかッ!!!!)
にへらと笑いながら、ここ、笑うとこだよと話す歩に内心で猛烈にツッコム陽子なのである。チラリと天子の方を盗み見ると、天子は愛想笑いを浮かべていた。こいつ、すげぇーなとなる陽子なのであった。
「……七川さんはとても緋影様と仲がよろしいのですね」
にっこりと聖女の笑顔を浮かべて、そう話を遮る天子に、仲が良いと褒められ照れる歩なのであった。陽子は内心で「さすが聖女様」と、話を有耶無耶にしようとしている天子を褒め称える。
「とても貴重なお話をありがとうございました」
ペコリとお辞儀をして話を終わらせた天子に、ホッと一安心の陽子なのであった。
「それは…よかった…よ……緋影…く…ん…のこと…なら…わた…し…に…何でも…任せ…て…よ」
豊満な胸を叩いてドヤ顔で歩にそう言われると、これは緋影と少し仲良くなるチャンスなのではと思った天子なのである。
「……今朝……その……緋影様にご迷惑をおかけしてしまって……そのお詫びがしたいのですが……わたくし一人で会いに行くのも……その~」
気まずそうに天子にそう言われ、思考停止、数秒間ぽかーんとなる歩は、突如としてハッと察した。これは、幼馴染の緋影に話しかけに行くチャンスなのではと。
「………………緋影…く…んの…幼馴染の…わた…しに……任せ…て…よ」
おっとり口調で、大きな胸を叩いてドヤ顔でそう言い放つ歩。そして、嬉しそうに顔をキラキラさせる天子。お互いがお互いの思惑がバッチリと重なった瞬間であった。物凄く嫌な予感がした陽子は、この場から立ち去ろうとする。
「……そうか……じゃあ、ウチはこれで………………あゆ……なんで、ウチの腕を掴んでるんだ? 放してくれ?」
逃げ出そうとした陽子の腕を素早く掴まえて放さない歩なのである。
(よ、ようちゃ…んは……わ、わた…しが…一人で…緋影…く…ん…に…会いに…いけると思う…の? む、無理だ…よ…ね?)
(んでだよ……知らねぇーって……ウチはもう、ヒトカタとは関わり合いたくねぇーんだよッ!!)
「あ……あの……どうかされましたか?」
ヒソヒソと会話をする歩と陽子を見て、不安そうな表情を浮かべる聖女様なのである。
「だ、大丈夫…だ…よ……この…緋影…く…んの…幼馴染で…あ…る…わた…しと…ようちゃ…ん…に…任せて…よ」
「いや……ウチはヒトカタの幼馴染ではないんだけど!? あゆ!? 聞いてるか!?」
陽子の抗議の声を完全に無視し、話を進める歩だった。その結果、昼休みに緋影のクラスを訪れることになった一年三組の美少女たちなのであった。




