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呪いの連鎖

「ミラー公爵子息様は、先程お帰りになられました」


 テレジアの部屋へ、息を切らせながらやってきた近衛騎士が告げた。

 それを聞いたテレジアは、手に持っていた扇を近衛騎士に向かって投げつける。


「よくもまあ、のこのこと帰ってきたものね!」

「も、申し訳ございません。追いかけたのですが、間に合わず……」

 近衛騎士が跪いて謝る。


「私はアズベルト様と大切な話があったのよ! それがお前のせいで、その機会を失ったの! 一体どう責任を取るつもり!!」

「…………申し訳ございません」


 テレジアはアズベルトに無視された後、暫く侍女と共に彼の後を追いかけた。

 しかし、とてもじゃないが追いつけない。

 その後すぐに近衛騎士を呼び、アズベルトを連れ戻すように命じた。

 しかし、その時すでにアズベルトは王宮を出てネネフィーと共に馬車に乗り込んでいた為、追いつくことは不可能だった。


 そもそも追いつけたとして、近衛騎士ごときが理由もなく、皇族でもある公爵子息を足止めすることなど出来るはずもない。


「申し訳ございません」


 近衛騎士はひたすら謝った。謝るしか出来なかった。

 怒ったテレジアが、手を付けられないのは周囲の誰もが知っている。

 こうなってしまったら、嵐が過ぎるまでじっと耐えるしかない。


「使えないわね!」

「申し訳ございません」

「お前はクビよ。とっとと出て行きなさい!」

「っ、申し訳ございません……失礼します」


 近衛騎士は悔しさに顔を歪めるも、俯いたまま部屋を出て行く。

 日常茶飯事の光景ではあるが、周囲にいる別の騎士や侍女たちは気まずそうな顔で目線を下げた。


 テレジアはイライラしながらソファーに座る。


「……テレジア様」

「なに?!」

 ビクビクしながら声を掛けた侍女に、テレジアはヒステリックに返した。


「新しい装飾品が手に入ったと、商人が尋ねてきておりますが」

 しかしテレジアは『商人』という言葉を聞いて眉を上げた。


「……そうね。すぐに呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 今まで皇族御用達だったガルシア商会は、ミラー公爵家の一件以降早々に皇帝一家から手を引いた。

 現在王宮を出入りしているのは、見掛けばかり派手な成金商人だけだった。


 彼は手を擦りながら、テレジアの前に豪奢な装飾品を並べていく。

 派手なだけで気品の欠片もない子供の玩具のような大きいだけの宝石は、二流以下のものばかりだった。

 しかし派手さを好むテレジアには、その違いなど全く分からない。


「まあ、素敵。全部貰うわ」

「ありがとうございます!」

「ああ、やっぱり気分転換には買い物が一番ね」


 明らかにぼったくりに近い値段ではあるが、周囲もテレジアの機嫌が直ればそれで良いので、ニコニコと相槌を打つ。



 すっかり機嫌の直ったテレジアは、母エミリアの見舞いに行く為に彼女の部屋へと赴いた。


「お母様の様子はどう?」

 テレジアは、扉の前で出迎えた侍女に尋ねた。


「実は、あまり……」

「まあ! 医師には診せたのかしら?」

「付きっ切りで診て頂いておりますが、どうにも……」

「もういいわ。開けてちょうだい。お母様、入りますわよ」


 部屋に入ると、不思議なことに昼間だというのにカーテンがきっちりと閉められ、薄暗い部屋にはランタンが灯されていた。


「お母様は?」

「寝室でございます」

「そう……」

 テレジアは部屋を横切ると寝室に向かう。


「お加減はどうです? お母様」

「……うぅっ……」


 天蓋のカーテンがしっかりと閉められたベッドから、呻くようなエミリアの声が聞こえる。


「お母様……?」

 近くに控えていた医師に目配せして天蓋のカーテンを開けさせ、テレジアが様子を覗き込もうとするが、


「止めて! 光は嫌ぁ!」

 エミリアは悲鳴を上げてベッドの端に逃げて、頭からシーツを被った。


 シーツの隙間から覗く彼女の顔半分には黒い痣が出来ており、美しかった金髪はまるで泥がかかったように鈍色へと変わり、その瞳は朱色に染まっていた。

 まるでそれは、呪いを受けた以前のアズベルトの姿にそっくりだった。


 実は昨夜の夜会で皇帝に呼び出された際、アズベルトへのエミリアの態度が余りにも無礼だった為、ミッツァがエミリアの飲み物にこっそり呪いを忍ばせたのだった。


「どういうこと? お母様をこのような状態で放置していたの? 早く薬を!」

 テレジアは側に控えていた医師に怒鳴る。


「テレジア様、これは病気ではありませんので、薬で治すことは不可能です」

「は? では何だって言うの?」

「呪いです」

「呪いですって? 加護の腕輪があるでしょう?」

「それが……」

「?」

「皇后様がおつけになっている腕輪では、その……、防ぐことが出来ないようなのです」

「え?」

 皇族は生まれてすぐ、あらゆる厄災からその身を護る為、加護の腕輪を身につける。

 皇后エミリアも、帝国に輿入れすることが決まった際、その腕輪を与えられ、肌身離さず身につけていた。


「そんなことはないでしょう? 今までだって、我々皇族を守ってきたのだから」

「はい、そうです。ロッシーニ一族の物であれば」

「……え?」

「今、皇后様がおつけになっているのは、ブルムン一族がお作りになった腕輪です」


 テレジアは、思わず自分の腕輪を確認する。

 現在テレジアはロッシーニの腕輪をしている。

 ブルムン一族が作る腕輪は、ロッシーニ一族の物とは違い装飾を自由に指定できた。

 派手好きのテレジアはかなりの細かくオーダーしたため未だ腕輪が出来上がっておらず、不本意ではあるが未だロッシーニの腕輪をしていた。



「テレジア、あなたの腕輪を貸しなさい」


 ベッドの端で震えていたエミリアは、いつの間にか四つん這いになってテレジアの腕を掴んでいた。


「お、お母様……」

「いいから、その腕輪を貸しなさい!」


 エミリアはテレジアの腕を強引に捻ると、つけてある腕輪を力任せに引っ張った。


「痛っ! 止めて、お母様! 痛いわ!!」

 テレジアは逃げようとして天蓋のカーテンを掴む。

 ブチブチとレールからカーテンが千切れ、ベッドの中に光が入り込んだ。


「ぎゃあああ!!! 光がぁああ!!」

 エミリアはテレジアから手を放すと、再びベッドの端へと転がるように逃げてシーツを被る。

 その隙に、テレジアは慌てて寝室から走り出た。


「こ、これは、一体どういうことなの?!」

 テレジアは呆然と呟く。


「……テレジア様、その手は……」

 共に寝室を出た医師が、テレジアの手首を驚いた顔で凝視した。


「?」

「あの、その腕輪の魔石は……どうされましたか?」

「え?!」


 テレジアは自分の腕輪を確認する。

 手首にはいつものように腕輪がついているのだが、肝心の魔石の姿はどこにも無く、装着されていただろう場所にはぽっかりと穴が開いていた。


「そ、そんな……。魔石はどこ?」

 テレジアは震えながら辺りを見回す。


 ほんの少し前、ネネフィーが王宮を去る際、仕返しと称して王宮内の魔石全てにひびを入れたことにより、いつの間にか砕けて落ちたことに、テレジアは今の今まで気が付いていなかった。


「こ、皇女様、お手が!」

 今度は侍女が叫ぶ。


 魔石の有無にばかり気にしていたテレジアの腕が、エミリアに捕まれた箇所から恐ろしい速さで黒く変色し始めていた。


「な、何なの、これは!」

「まさか……呪いの一部が、皇后様から移られた……?」

 医師が青白い顔で分析し始める。


「ああ! もうお顔まで……」

 侍女の悲鳴にも近い声に、テレジアは急いで姿見で自分の顔を確認する。

 すると、いつのまにか痣は彼女の顔にまで到達しており、金色だった髪色も次第に変色し始めていた。


「ひ、ひぃっ! いやああああああああ!! 私の顔がぁあああああ!!」

 テレジアは、余りのショックにその場で気を失う。


「皇女様!」

「いかん! すぐにベッドに!!」


 医師や侍女たちが忙しく走り回る中、倒れ込んだテレジアの足元からゆっくりと呪いの塊がヘビのように這い上がっていることに、誰も気づかなかった。



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