報復の始まり
水鏡でアズベルトとの会話を終えたミッツァは、笑みをこらえることが出来なかった。
「ふふふ。ようやく、ようやくだ」
ミッツァは手の平で顔を覆いながら笑った。
ネネフィーに直接ちょっかいを掛けられたアズベルト、もといリース神は大層お怒りだ。
その姿を見たミッツァは、ようやく願いが叶うことに喜びを感じた。
千年前、リース神が地上から姿を消した後、皇族はみるみるうちに堕落していった。
ミッツァの中で最初の数百年は、まあそれなりに許容範囲だった。
しかし現在、完全に落ちるところまで落ち切っていた。
皇帝一家が幼いアズベルトにちょっかいをかけ始めた時、流石にミッツァは本気で彼ら全員を消してしまおうかと考えた。
しかし、ミッツァの役割はあくまでもルビリオン帝国――神の箱庭の管理。
そこに皇族殺しは含まれていなかった。
主の許可なく、彼らを粛清することは出来なかった。
しかし今、ようやくその願いが叶えられる。
人間は輪廻転生を繰り返す。
死んでしまった魂に手出しはできないが、新しく生まれくる魂を引き寄せることはできる。
ルビリオン帝国は、リース神の運命の乙女の転生場所としてリース神が用意した舞台。
全ては運命の乙女のためのものだった。
「それをあいつらは、我が物顔で好き勝手しよって……。この国はお前たちのモノではないわ!」
ミッツァは、吐き捨てるように言い放った。
ミッツァは自分の主であるリース神が、なぜ不完全で愚かな人間をここまで放置するのか不思議でならなかった。
創造神は万物の父であり母である。
親が子を愛するように、リースは創造した全てを愛していた。
しかし『愛』といっても、それは人間が思う愛とはかなりかけ離れている。
神の愛は全てを受け入れること。
善だろうが悪だろうが、その存在を否定することはなかった。
しかし、唯一の例外が存在する。
ネネフィー・ロッシーニ。
遠い昔、リース神が愛した唯一の乙女の魂を持つ者。
彼女に敵意を向けた者は、誰であろうと許されることはない。
今回、皇女テレジアがネネフィーにちょっかいを掛けたことにより、リース神の逆鱗に触れた。
彼らに待つのは、決して楽しい未来ではないだろう。
先程アズベルトは邪魔なアレら、すなわち皇帝一家を消せと言った。
それに待ったをかけたのはミッツァだ。
仕方ない。
ミッツァにしてみれば、彼らをただ消すだけではすでに納得のいかない状況まで怒りを溜め込んでいる。
「ああ、そういえば皇后エミリアはどうなったか……」
ミッツァはふと思い出す。
夜会の日、アズベルトに対するエミリアの態度が余りにも酷かったため、ミッツァはさり気なく彼女に呪い与えた。
今頃その呪いが、新たな呪いの連鎖を生んでいるだろう。
ミッツァは王宮の様子を確認するべく水鏡を出現させた。
覗くと案の定、想像通りの面白い状況になっていた。
ベッドの上でもがいているエミリアは、呪いに身体中巻き付かれ、更に体内にまで侵入した呪いのせいで既に皮膚まで変色している。
太いヘビのような呪いが彼女の首に巻き付き、ギリギリと締め上げていた。
王宮にも今まで弾かれていた呪いが覆いつくさんと押し寄せ、その呪いが新たな呪いを引き寄せていた。
廊下や壁には呪いがうごめき、敷かれた赤い絨毯を覆いつくすほどだ。
「ここまで呪いが濃くなってくると、そのうち王宮に住まう誰もがその姿を見ることが出来るだろうね」
可笑しそうにしばらくその様子を見ていたミッツァは、足床一面に別の水鏡を展開させた。
表面を持っていた杖で触れると、映像がゆらゆらと揺れ、向こう側に帝国を俯瞰から見た映像が映し出された。
『あらわれよ』
ミッツァは大神殿を囲うように建つ四つの神殿を杖で差すと、それらに向かって声をあげた。
その言葉がまるで合図のように、映像で見ても分かるほど神殿に強い光の柱が立ち昇った。
しばらくすると、水鏡の上に数えきれない多くの白い影が現れる。
彼らは皆、ルビリオン帝国に住まうリース神のシモベたちだ。
「粛清の時はきた。帝国内の全ての皇帝派を捕らえろ」
ミッツァの言葉にシモベたちは驚いたように身体を揺らしたのち、しっかりと頷いた。
一方ネネフィー。
アズベルトの部屋でディナーを食べた後、あっという間にベッドに引きずり込まれ、今日一日の出来事を包み隠さず白状させられてしまった。
もちろん、粗相したことも。
次の日アズベルトの機嫌はすっかり良くなったが、変わりにネネフィーはベッドの上で羞恥に悶え苦しんだのだった。




