お呼びだし
一方その頃。
ネネフィーは、デビュタントを終えてもロッシーニ領には戻らずミラー公爵邸に滞在していた。
「昨晩のデビュタントは、つつがなく終わりましたか?」
大神殿に行く道すがら。
専属侍女のジェンは、目の前に座るネネフィーに尋ねた。
現在車内に2人きり。
朝早く大神殿に向かったアズベルトに会いに行くため、ネネフィーはジェンと共に公爵家が用意した馬車に揺られていた。
「勿論ですわ! 出されたお料理も演劇もとても楽しめましたわ!」
「演劇……ですか?」
ジェンは、デビュタントでそのような催しが行われていただろうかと首を捻る。
「あとは……そこら中がピカピカ光っていて眩しかったわ」
「皇后が金好きなのは有名な話です。輿入れが決まった際も、皇帝陛下は彼女の為に王宮全体を改築して壁や柱、床を金だらけにしたという話は有名です」
「うぇ……だから王宮、あんなにピカピカしてたのね……」
ネネフィーは納得した。
「それにしてもお嬢様。まさか帝都に来て一度もロッシーニ家のタウンハウスに滞在なさらないとは……」
「だって、アズ様が公爵邸の方が安全だって言うんですもの」
「ロッシーニのタウンハウスにはレイフィール様もいらっしゃいます。使用人たちもしっかりと訓練されておりますので、安全面ではミラー公爵邸と似たようなものかと思いますが……」
「レイ兄様強いですしね~」
ネネフィーの兄レイフィールは魔法と剣を操る魔法剣士であり、現在ミラー公爵の護衛をしている。
魔法の威力に関してはネネフィーの方が上だが、剣技や体術、戦闘に対する立ち回りは圧倒的にレイフィールの方が上だった。
「お嬢様とアズベルト様は書面上では既に夫婦ですので、お嬢様がミラー公爵邸にこのままお住みになっても何ら問題はないのですが」
「えへへへ~夫婦だって。うふふふ」
「婚姻式は来年の春ですので、それまできっちりと礼儀や作法の勉強に励んで下さいね」
「うぐっ……は~い」
アズベルトの長期休暇、公爵領での冬のバカンスが終われば本格的に公爵夫人としての勉強が始まる。
ネネフィーは眉を顰めてしぶしぶ返事をするが、突然ガクンと身体に大きな揺れを感じ、ほどなくして馬車が停車した。
「? 何かあったのかしら?」
外から誰かの怒鳴り声が聞こえる。
ネネフィーはすぐに窓から外を見ようとするが、
「お嬢様、身を屈めて下さい」
すぐにジェンはドアに鍵をかけて取っ手をきつくロープで縛ると、頭からネネフィーの身体を抱き寄せ、シートの下に2人して身を屈めた。
「え? ジェン。でも外、気にならない?」
「世のご令嬢は、こういった襲撃の可能性のある場合は扉の鍵をしっかりと閉め、車内で静かに身を潜めるものです。間違っても窓を開けて身体を乗り出したり、勢いよく外に飛び出して好奇心に身を任せて大暴れするなど致しません」
「えっ……つまらな」
「しっ! お静かに」
ジェンはネネフィーの言葉を遮り、窓を僅かに開けて外の音を確認する。
抜刀して争ってはいないものの、相変わらず護衛騎士たちの言い争う声が聞こえる。
「どうやらこの馬車は、何者かに強引に止められたようですね」
「へぇ~」
「今は大神殿近くの森の街道です。人通りが少ない場所といえど、この付近に盗賊が出るなどという話は聞いたことがありません」
「ふぉ~ん」
「ですので、お嬢様が乗っているのを承知で、敢えてこの馬車を狙ったのかもしれませんね」
「ほぇ~」
「お嬢様……。少しは緊張感を持ちましょう」
ジェンは呆れたように溜息を吐いた。
「え~だって~」
今日ネネフィーたちが乗っている馬車には、はっきりとミラー公爵家の紋が描かれている。
そんな馬車を強引に止める事が出来る相手は、帝国広しといえども数えるほどしかいない。
「争い、はじまっちゃいますの~?」
「嬉しそうにしない!」
ワクワクと瞳を輝かせているネネフィーに、ジェンは一喝する。
「相手が誰か分かりませんので、今はひとまず様子見です。ことが収まるまでゆっくり待ちましょう」
「は~い」
返事とともにネネフィーはシートにごろんと寝転んだ。
「お嬢様!」
「え、いいじゃない。どのくらいかかるか分からないんでしょう?」
「……分かりました。ただし足は閉じで下さい」
「はいはいはい」
「はいは一回」
「は~い」
ネネフィーは手近に置いてあるクッションを抱え込み、完全に寝る体制に入った。
コンコンコン。
しばらくすると、扉の外から誰かがノックする音が聞こえた。
「う~? 人が折角お昼寝しようとしてるのに……」
ネネフィーはむくりと起き上がると、ぽりぽりと頭をかいた。
「ドアを開けてはいけませんよ。お嬢様」
「分かってますってば」
コンコンコンコン。
ゴンゴンゴンゴン。
ガンガンガンガン。
応答がなくてイラついているのだろう、ノックの音が次第に大きくなっていく。
面白そうだと二人してノック音を無視していると、今度ははっきりと名を呼ばれた。
「ネネフィー・ロッシーニ嬢。乗っているのは分かっている。あなたに王宮に来るよう我らが皇女殿下から命が出ている。このまま馬車の行先を変更させてもらう」
(は?! 皇女殿下?!)
ネネフィーは驚いてジェンの顔を見る。
ジェンはすぐさま外にいる騎士の姿を窓の隙間から確認した。
(近衛騎士……)
外の男が掲げている紋は、間違いなく皇族を護る近衛騎士のものだった。
ジェンはネネフィーに向けて一度大きく頷くと、外にいる近衛騎士に話し掛けた。
「承知しました。ですが騎士様。こちらはか弱き令嬢しか乗っておりません。素直に従います故、どうか乱暴なことなどなさらぬようお願いします」
「承知した」
(か弱き令嬢?)
ここにはゴリラのような怪力を誇るジェンと、『爆炎の魔女』の血を引くネネフィーしか乗っていない。
どこにいるのだろうとネネフィーは車内を見回すと、それに気付いたジェンに持っていた扇で額をぺちりと叩かれた。
そうこうしているうちに、いつの間にか馬車は動き出す。
窓の外を見ると、先程近衛騎士の言った通り行先は王宮に変更になっていた。
「通った道、戻ってますわね~。それにしても随分と強引な方なんですね~皇女って」
「皇族の命は絶対ですが……。しかし我らに対してこのような非常識な行為……。お嬢様は昨晩の夜会で、皇女殿下とこのような悪戯が許されるほど親しくなられたのですか?」
「いいえ、全く全然。皇帝陛下に挨拶の時、ちらっと姿を見ただけですわ」
「……そうですか」
ジェンがちらりと外を覗くと、馬車の周辺を近衛騎士が囲むように先導しているのが見える。
「この様子では、アズベルト様やミラー公爵邸への連絡も暫くの間ままならないでしょう」
「一体何の用事なのかしら?」
ネネフィーは首を傾げた。
「小耳にはさんだのですが、皇女殿下は、幾度となくアズベルト様へ婚約の打診を行っていたそうです」
「えっ?! 初耳なんですけど」
「私も公爵家の使用人たちから聞いた話です」
「つまり、その皇女様はアズ様のことが好きだったってことですの?」
「その辺りはどうか分かりませんが、二人の身分が釣り合っております。アズベルト様は幼い頃から皇太子殿下の側近候補として王宮を出入りしていたはずですので、お互い面識があったのは間違いないでしょう」
「へ~。でも皇女とアズ様が幼馴染で仲が良かったのだとしたら、どうしてあんな酷いことをしたのかしら? 好きな殿方に嫌がらせをする、特殊な趣味でも持っているのかしら?」
過去、アズベルトを苦しめた呪いの原因は間違いなく彼女たちだ。
「……その辺りは分かりませんが、皇女殿下がアズベルト様を欲していると考えるのが妥当かと」
「あ! もしかして、私のアズベルトを返して! この泥棒猫! ってヤツね! よろしい、受けて立つわ!」
「ニヤニヤしない。良いですか、くれぐれも、くれぐれも大暴れしないで下さい。後始末をなさるのはミラー公爵家の皆様なのですから」
「あ! そっか~。気を付けますわ!」
(大丈夫かしら……王宮、半壊させたりしないかしら……)
ジェンの心配などどこ吹く風。
ネネフィーがワクワクする中、彼女たちを乗せた馬車はあっという間に王宮にたどり着いた。




