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婚約者候補辞退

 デビュタントの翌日。


 マリアン・ストラード侯爵令嬢を筆頭に、皇太子ハミルトンの婚約者候補であった各家から皇帝宛てに候補辞退の書簡が届けられた。

 それを受け、皇帝はすぐさまハミルトンを王宮の執務室へと呼びつけた。



「愚かものが。お前は何をやっておる」

「申し訳ございません。非常にタイミングが悪く……。しかし、次こそは必ずロッシーニの令嬢を……」

「違う、今はロッシーニの話ではない

「え? それでは一体……」


 ハミルトンは、自分がなぜここに呼ばれたのか分からなかった。


 皇帝は頭を抱えた。

 この書簡には、すでに教皇のサインまでなされている。

 つまり、覆すことは不可能だった。


「? どうされましたか? 陛下」

「ああ、いや、そうだな。ロッシーニか。昨日知ったのだが、ロッシーニの令嬢とアズベルトは既に婚姻関係にある。純潔でない女をお前の妻にすることは出来ない」

「えっ……婚姻? そ、そうなのですね、分かりました。残念ではありますが、マリアン辺りで手を打つことにしましょう」


 ハミルトンは驚きはしたものの、すぐに落ち着きを取り戻す。

 ネネフィーの外見について、確かに小動物のような可愛さはあったが好みかと云われると全く違う。

 ハミルトンは大してショックを受けることはなかった。


(それにしてもアズベルトめ。言ってくれればよかったものを。ああ、テレジアには何と説明したものか……)


「無理だ」

 皇帝の言葉にハミルトンは顔を上げる。


「無理? 何がでしょうか?」


 皇帝は、先程届いたばかりの書簡をハミルトンに放り投げつけた。

 床に落ちたそれを拾い上げて内容を確認したハミルトンは思わず息を飲む。


「今朝一番に届いたお前の婚約者候補たちからの辞退の書簡だ。ここにはお前に愛する女性が出来たので、潔く身を引くと書かれてある。ご丁寧に立会人として教皇自らがサインしておる」

「なっ……」

「お前はこれで、教皇派の高位貴族から妻を娶ることは難しくなった」

「も、申し訳ございません!!」


 ハミルトンは皇帝に向かって勢いよく頭を下げる。

 その顔色は非常に悪かった。


「しばらく自室でおとなしくしておれ!」

「はっ!」


 ハミルトンが出て行った後もイライラがおさまらず、皇帝は机に置いている書類を力任せに払いのけた。

 バサバサと書類が床に散らばる。


「くそっ。こうなったら教皇派は諦めるか……いや、しかしこのままでは……」


 最近の王宮での発言権のなさ。

 明らかに皇帝よりも教皇を敬う貴族たち。

 しかもそれが、教皇派だけではないのだから余計にたちが悪い。

 ともすれば帝国貴族全体が、そのような動きを見せ始めているように皇帝は感じていた。


「やはり私は間違っていたのか……? 次期皇帝にはリースの生まれ変わりのアズベルトを……いや、違う! 偶然だ!! だがしかし、ロッシーニの令嬢のあの髪と瞳の色は…………こうなったらテレジアをどこかの教皇派に降嫁させて体裁だけでも……」

 皇帝は項垂れながら、一人ぶつぶつと呟いた。




 こうして書簡の内容に誤りがないこと、その場に立会人として教皇がいたことで異議申し立てすることも出来ず、マリアンたちの思惑通り彼女たちはあっさりとハミルトンの婚約者候補から外れる事が出来た。


 一方皇女テレジアは、サロンでお気に入りの茶器と菓子でティータイムを楽しんでいたところ、謹慎中の兄ハミルトンから手紙を受け取り、アズベルトが既に婚姻していることを知らされた。


「なっ……」

 手紙を読みながら震えるテレジアに、給仕している使用人たちが戸惑う。


「あの女が、あの女が、私のアズベルトと既に婚姻関係にあるですって!? なんてこと、なんてこと! なんてことなの!!」


 ガシャーン

 ガシャーン


 庶民が1年働いても手の届かない高価なカップを地面に叩きつけ、テーブルに乗っている皿やハイティースタンドまでも怒り任せに扇で払う。

 床に無残に広がる壊れた茶器の破片や菓子。

 周囲の使用人たちは、自分に矛先が向かないように身体を小さくして息を殺す。


 しかしテレジアはそんなことを全く気にすることなく、近くに控えていた護衛騎士を呼びつけた。


「お前」

「は、はっ!」

「今すぐネネフィー・ロッシーニを王宮まで連れてきなさい」

「は、い。今すぐでございますか?」

 護衛騎士は口ごもった。


 ネネフィー・ロッシーニといえば、昨晩の夜会でアズベルト・ミラーとの婚約が発表されたばかりの辺境伯令嬢。

 アズベルトの完全な回復の様子とそれに合わせた婚約発表に、昨晩の夜会はその話で持ちきりとなり、今朝の時点で貴族の中でその話を知らない者はいなかった。



「そうよ! 今すぐ。何としても連れてきなさい。多少強引でも構わないわ。心配しなくても私が全責任をとってあげる。勿論この私が呼び出したのだから、来ない選択肢などありえないのだけれどね、うふふふ」

「……承知しました」

 しぶしぶながらも頷いた護衛騎士がサロンを出ていく。

 次にテレジアは、侍女を呼びつけた。


「すぐに中庭に茶会の席を用意しなさい」

「中庭、でございますか?」


 いくら帝都が暖かいといっても今は真冬。

 数十年ぶりの寒波がきているせいで、今日は珍しく雪がちらつくどんよりとした空模様だ。



「ええ、今日ならきっと素敵な雪見の席になるでしょう。勿論用意する席は一つで良くってよ」

「承知しました」

 侍女はテレジアの思惑を理解し、深々と頭を下げた後に茶会の席を用意すべくすぐに中庭へと急いだ。


「身の程知らずの愚か者め。私がきっちりと躾けてあげるわ」


 テレジアは口元を歪めて笑うとサロンを後にした。



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