奇妙な茶会
突然始まった温室での奇妙な茶会。
アズベルト、ネネフィー、マリアン、教皇が席につき、彼らのすぐ後ろにアクアが控えている。
しかしハミルトンにはいつまでたっても席が用意されず、完全に蚊帳の外状態になっていた。
(なぜ私の席を用意しない!)
ハミルトンは苛立たし気にマリアンを睨むが、当のマリアンはどこ吹く風。
口元に笑みを浮かべ、そんなハミルトンを完全に無視していた。
いかに次期皇帝といえど、教皇がいる以上余り強引にことを起こせない。
ハミルトンは屈辱に拳を震わせていた。
「…………興がそがれた。部屋に戻る」
僅かな沈黙の後、ハミルトンは低い声で呟くと、困惑する護衛騎士たちを連れて温室から出て行った。
「良いのですか? マリアン嬢。このようなことが皇后の耳にでも入ったなら、また下らない嫌がらせをされるのでは?」
去っていくハミルトンの背中を見送った後、教皇はマリアンに尋ねた。
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですわ。今夜遅くにでも候補者の皆様とここを去るつもりですので」
「おや、既に準備は万端というわけですか」
「はい。この日の為に前々から少しずつ荷を運び出しておりましたの。ようやくこの王宮から出る事ができますわ」
マリアンはうっとりと微笑む。
「先程見たハミルトン殿の行動を口実に、婚約者候補を辞退するのですね」
「ええ、我々は所詮婚約者候補の身。喜んで辞退させて頂きますわ」
「成程、目撃者も多いようですし。もしもの時は私も力添えさせてもらおう」
「まあ! ありがとうございます」
上機嫌でマリアンは教皇と話す。
一方アズベルトは彼らの話には一切興味を示さず、隣に座るネネフィーの口にせっせと菓子を運んでいた。
「おいしいですか?」
「はい! 美味しいですわ!」
「そっか。良かった。沢山お食べ」
アズベルトはもぐもぐと小動物のように動くネネフィーの口元についた菓子の粉を親指で優しく拭うと、彼女の頬に唇を押し当てた。
「あ、アズ様、アズ様! 人前ですわ!」
「ごめんね。かわいらしくて、つい」
「もう……」
謝りながらも一向に口付けを止めないアズベルトの胸を押すがビクともしない。
「あの、アズ様、ちょっと思ったのですが……」
「ん? 何だい?」
諦めて口付けを受け入れていたネネフィーは、思い出したかのようにアズベルトに尋ねた。
「素朴な疑問なのですが、なぜハミ、ハミミ、皇太子ハミン……」
「ハミルトンね」
「そうそう。その人って皇太子なのに、魔力が異様に少ないことを不思議に思わないのでしょうか?」
「う~ん、そうだね……」
アズベルトはネネフィーの問いに相槌を打つも、彼らに全く興味が無いためその理由が分からない。
黙ったままニコニコと笑うアズベルトに、教皇はふふふと笑って変わりに答えた。
「それは、魔法を使う必要がないからでしょう」
「え? 魔法使わないの?」
「はい。ネネフィー様はどういった時に魔法を使用されますか?」
教皇の問いに、ネネフィーは視線を上げて考える。
「え~、狩りとか、訓練とか、後はアズ様を護る時とか!」
「いつもありがとう」
アズベルトはネネフィーの頭を優しく撫でる。
「ええ、そうですね。しかし神の血を引く尊い方々がわざわざ力を行使しなくても、常に側に控えている従者が全て行います。現在魔力量を図る道具などは存在しておりませんので、例え皇族の中に魔力のない者が生まれたとしても分からないのですよ」
「え? でも争いがあったら負けちゃいますわよ?」
「千年の栄華を誇る帝国です。争いごとなど遠い過去の話なのでしょう。そもそも帝国を護っているのはシモベたちです。まあ、皇帝の為ではありませんがね」
教皇はうんざりしたように溜息を吐いた。
「う~ん。それじゃあ日々の訓練とか、学園の授業とかでやらないの?」
「皇族の身体に傷が付く可能性のあるものは一切やりません。学園の授業も実技関連は全て免除です。皇族に傷でも負わせてしまったなら、その教師は間違いなく処刑されてしまいますのでね。それほど彼らは尊ばれているのです」
「うそぉ~ん」
領地で野を駆け山に登り、川に飛び込み狩りまでするネネフィーにとって、皇族の生活は全く想像できなかった。
「それって尊ばれ過ぎでは? まるで神様みたい」
ネネフィーは呟く。
「『まるで』ではありません。帝国人にとって皇族とは神と同等の存在なのです。そして彼らの存在の尊さは、魔力量とは比例しないのです」
「うげぇ」
とうとうネネフィーは顔を顰めて舌を出した。
「しかし実際の話、神力や魔力量は多ければ多いほど相手に威圧感を与えます。人々を従わせる大切なツールの1つなのですが、ハミルトン殿下はからっきしですね。顔と身分だけで皇帝になろうとしています」
「別になりたい奴がなればいいんじゃないか? ネネとの生活さえ邪魔しなければ、正直何だって構わない」
「ふふふ、相変わらずですね」
教皇は苦笑した。
「さあ、そろそろお開きにしよう。いい時間です」
ホールから漏れ出た演奏が温室にも辛うじて聞こえる中、とろんとした目で一点を見つめ始めたネネフィーに気付いたアズベルトは席を立つ。
同じように席を立った教皇は、思い出したかのように懐から1枚の紙を取り出した。
「マリアン嬢。これを渡しておこう」
「これは……? えっ!」
マリアンはその紙に目を通し、弾かれたように顔を上げた。
「明日にでも、婚約者候補の辞退の書簡を皇帝に送るのだろう? その際私のサインがあったほうが何かと都合が良いだろう」
「ありがとうございます!」
貴族や皇族の婚約は、契約書が交わされる為に解消や破棄に際し非常に多くの手続きが必要となる。
しかし『婚約者候補』止まりであれば口約束に近いため、どちらか一方でも拒否すれば神官立ち合いの元、簡単に解消することが出来る。
つまり今回、その立会人の欄に教皇自らがサインをしたのだ。
くどいようだが、婚姻や婚約にかかわる契約は神殿の管轄となる。
いかに皇帝が拒否したとしても、神殿の最高責任者である教皇のサインがある以上、反故することはできない。
「ああ、なんとお礼を言ったらよいのか……」
マリアンは受け取った紙をまるで宝物のように胸に抱きしめ、教皇に向かって深々と頭を下げた。
「良い良い。愚かな治世もすぐに終わるだろう」
去り際に放った教皇の言葉に、マリアンは今日一番の笑顔で彼らを見送った。




