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平行線

「ミラー家とロッシーニ家の婚約を白紙に戻せ」


 皇族のプライベートエリアにある個室に呼ばれたアズベルトと教皇は、部屋に通されるや否や待ち構えていた皇帝にそう告げられた。


 金糸で派手に装飾されたソファーに悠然と腰を下ろした皇帝の隣には、皇后エミリアが機嫌良さそうに扇で顔を仰いで座っている。


「はぁ……。何かと思えば、くだらぬ事で呼び出しおって……」


 教皇は呆れたように溜息を吐いた。

 たとえ皇帝と云えど、婚約や婚姻関連は神殿の管轄だ。皇帝がどう言おうとも神殿側が同意しなければ覆ることはない。


「くだらぬことではない。お前も知っておろう。ロッシーニの娘は我が息子ハミルトンの婚約者候補であったのだぞ」

「ロッシーニ家側から、再三断りがあったと聞いておるがのう」

 皇帝の反論に、教皇はフンっと鼻で笑う。


「っ……」

 皇帝は悔しそうに口元を歪めた。


「そもそも今更派閥問題を出されてものぉ。お前が隣におる皇后を娶る際に皆の忠告を無視したことが今の状況を生んでおるのだろう? 今更ロッシーニと縁を結んだとて、何も変わるまい。のう、アズベルト殿」

 教皇は話すのも面倒になったと言わんばかりにアズベルトに話を振る。


「そうですね。そもそもこのような話は私ではなくミラー公爵家当主である父に直接言ってくれませんか? ああ、もしかして既に父には断られておいでなのでしょうか?」

 アズベルトは感情の乗らない平坦な口調で告げる。


「黙れアズベルトよ。そなたは我が娘テレジアと婚約いたすのだ」

 突然、皇后エミリアが話に割り込んだ。


「は? 何を寝ぼけたことを。ついに耄碌されましたか」

 アズベルトはエミリアに視線すら移さずに告げる。


「なっ! 無礼者が!!」

 エミリアは怒り任せに閉じた扇でアズベルトを指しながら、ヒステリックに怒鳴る。


「帝国の皇女を娶れるのだぞ。泣いて喜ぶのが筋というものであろう!」

「泣いて嫌がるの間違いではないでしょうか? まあ、私は泣きませんが」

「なっ!? 無礼な! 無礼な!!」

「無礼はそちらでしょう。そもそも私をあそこまで苦しめた者たちを、今更許すとお思いですか?」

 ここでアズベルトは初めてエミリアの方を向く。


「な、な、何の話をしておるのだ」

 エミリアはアズベルトの詰問に視線を彷徨わせる。


「分からないフリをするのであればそれでも結構です。ああ、言っておきますが、私はもう二度と怪しげな薬は口にしませんので」


 アズベルトはふっと口元を緩めると、それっきり口を閉ざした。

 軽くあしらわれたエミリアは、悔しそうに奥歯をぎりぎりと噛みしめる。


「こ、これは勅令、そう! 勅令よ!! 今すぐあなたたちの婚約を白紙に戻しなさい! ねえ、陛下!そうして下さいまし!」

 苦し紛れに言い放ったエミリアの言葉に、教皇とアズベルトは呆れたような視線を皇帝に向けた。


「う、うむ……勅令とは……」

 流石の皇帝も、突然のエミリアの発言に二の足を踏む。


「一応伝えておくが、アズベルト殿とネネフィー殿は、既に婚姻関係にあるぞ」

 教皇の言葉に、皇帝とエミリアは驚いた。


「ネネフィー嬢が成人された際にすぐに婚姻出来るよう、婚約証明書と同時に婚姻証明書も神殿に提出頂いておるので、2人は紛れもなく夫婦である。勿論既に魔力交換を終えておるゆえ、ハミルトン殿下への輿入れは不可能だのぉ」


 魔力交換とは夫婦の契り、いわゆる身体を繋げているという意味だ。

「……そんな……」


 エミリアはうろたえながらも、どうにかできないかと頭を働かせた。

 皇族に嫁ぐ際は必ず純潔が求められる。


「ああ、でも、それならば公娼にすれば……」

 公娼は皇太子妃と違い、高位貴族の既婚の夫人が求められる。

 エミリアは良い案が思いついたとばかりに顔を上げるが、


「これ以上ふざけたことを言うのであれば、こちらにも考えがあります」


 アズベルトがエミリアの言葉に被せるように冷たい口調で告げると、その瞬間、彼女の目の前に置かれたティーカップが砕け散った。

 その後時間差で、室内にある花瓶や陶器類が一斉に砕け、中に入っていた液体がぴちゃぴちゃと床にこぼれた。


「ひっ!?」

 エミリアは驚いて身体を引く。


「お、お主、まさか魔法を使ったのか?!」

 皇帝はうろたえながらアズベルトに問う。


「いいえ?」

 皇帝の問いに、アズベルトは素っ気なく答えた。


 ちなみに使ったのは、魔力ではなく神力である。ウソは言っていない。

 しばし呆然としていた護衛たちもすぐに我に返ると、アズベルトに向けて剣を抜いた。


「控えんか、愚か者が!」

 教皇は護衛たちに向けて右手を払う。


「王宮にはブルムン伯爵ご自慢の素晴らしい結界が張っているだろうに? その中でどうやって魔法を行使するというのだ?」

 教皇が問う。


 魔力を初級、中級、上級と区別するならば、ブルムン家お手製の結界は初級以下の魔力攻撃ならそれなりに防ぐことは出来る。

 ロッシーニ作の結界は上級魔法攻撃まで防ぐことができたのだが、現皇帝派内に初級以上の魔法を行使する者がいないせいで、それらを判別する術を持ち合わせていなかった。


 護衛たちは引くべきかどうか皇帝にチラチラと視線を向ける。


「う、うむ……しかし」

「それに先程から全く動いていないアズベルト殿が、詠唱や予備動作なしにどうやって魔法を行使するというのか」

 教皇の言葉に、皇帝は唸りながら護衛に剣を下げさせた。


 テーブルに置かれていたティーカップやソーサーは姿を留めぬ程に崩れ去っており、入っていた紅茶がテーブルから床へとぽたぽたと滴り落ちている。

 その光景を凝視していたエミリアは、青い顔をしたまま俯きブルブルと震えていた。


「不思議なこともあるものですねぇ……。しかし……このような硬い陶器が一瞬にして砕けたのですから、人の柔らかい頭部などは、熟れきった果物のごとく容易に破裂してしまうかもしれませんな~。ふおっふおっふおっ、愉快愉快」

「ひっ!」

 教皇の笑い声に、エミリアが声にならない悲鳴を上げた。

 髭をなでながら上機嫌な教皇の隣で、アズベルトはすっと席を立った。


「服が汚れてしまいました。これで失礼します」

 見ると、アズベルトの膝にわずかに紅茶の染みが出来ている。


「おやおや、どうやら私のマントにもかかってしまったようじゃ」

 そう言って教皇も立ち上がると、驚いたまま固まっている皇帝たちには見向きもせず、早々に部屋を後にした。




「ああああああああ、不愉快だ、不愉快だ、実に不愉快だね」

 アズベルトはホールへと戻る道すがら、顔半分を掌で覆いながら吐き出すように唸った。


「だから言ったではありませんか。彼らは想像を絶する愚か者共だと。どうします? 消しますか?」

「……これ以上、こちらにちょっかいを掛けてくるならば……」

「先ほどの脅しが理解できるほど、彼らは賢くはありませんよ」

「私が何のためにこの国を作ったと思っているのだ。それを邪魔するなど……」


 ルビリオン帝国はリース神と乙女の箱庭。

 云わば舞台だ。

 登場人物として悪役やライバルがいても構わない。

 しかしたかが一脇役の彼等が、2人の紡ぐ物語に必要以上にしゃしゃり出るなど言語道断である。


「ああ、ネネに会いたい」

「ええ、戻りましょう」

 アズベルトは軽く右手で膝を撫でると、先ほどまであった紅茶の染みが綺麗に消える。

 2人は早足でホールへと戻っていった。


2023.01.09修正

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