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アクア

 アズベルトとネネフィーは挨拶を終えたその足で、目立たないようにホールの隅にある柱の陰へと移動した。


「どうでしたか?」

 アズベルトはネネフィーの美しく結われた髪から落ちる後れ毛を、彼女の耳にかけながら尋ねた。


「どうとは?」

 素肌とは違う手袋の感触に、ネネフィーはくすぐったそうに目を細める。


「アレらを見て、ネネはどう思いましたか?」

「あ~……身に着けている物がびっくりするくらい派手でしたわ! キンキラで眩しすぎて直視出来なかったです」

「…………成程。他には何かありました?」

「はい。……正直びっくりしました」

「?」

 ネネフィーは、内緒話をするかのようにアズベルトの耳元に近付く。


「ちょっと、魔力量少な過ぎませんか? 」

「ふっ……」

 眉を下げて何とも言えない表情で話すネネフィーに、アズベルトは思わず吹き出した。


「陛下はまあ……一般人並みくらい? ですが、それ以外の方々が何とも言い難く……」

 ネネフィーは残念そうに首を左右に振った。


「あれがリース様の子孫だなんて、とてもじゃないですが……」

「ふふふ、ネネの子孫でもあるのですけれどね」

「あっ。確かに……そうでした!」


 ネネフィーは恥ずかしそうにもじもじと身体を動かす。

 アズベルトはそんなネネフィーの姿を愛しそうに見つめると、そっと腰を抱き寄せた。


「神の血を引く皇族といわれていますが、多少魔力が多いだけの人間です。その後、私は幾度か顕現しましたが、それはあくまで人間としてですから、再び血が濃くなる事は無かったでしょう。その上……」

「?」

「現皇后は帝国人ではありません。見たところ、全く信仰心も無いようですし……」

「あ~」


 ルビリオン帝国はリース神の国である。

 帝国の隅々までリースの加護が行き渡り、そこに住む者も少なからず影響を受ける。

 血筋にもよるが信仰心の厚さが魔力量に比例する為、生粋の帝国人は神の血を引く皇族たちを無意識に敬い奉る。

 しかし次代皇帝といわれているハミルトンは、他国の人間との間に生まれたただびとで、しかも母親の影響か皇族にしては余り信仰心を持っていない。


(次期皇帝が一般人……? でもそれって、帝国の長としてどうなのかしら?)

 ネネフィーは、何故かニコニコと機嫌良さそうに笑うアズベルトの瞳をじっと見つめた。


「アズ様が皇帝にならないのですか?」

「私はネネとのんびり生きたいので、特に興味はありません」

「そうですか……」

「なんでしたらミッツァにでも頼んでみましょうか」

 アズベルトは、クスクスと笑いながらネネフィーの耳元で囁く。


「何でもかんでもミーちゃんにお願いしてたら、そのうち怒られますわ」

「そうですか?」

 アズベルトは、特に気にした様子もなくネネフィーの頬をさらりと撫でた。



「ええ、全く。その通りですな」

 声に振り向くと、すぐ傍に教皇が立っていた。


「アルベルト殿、ネネフィー殿。良い夜でございますな」

「ふふ。良き夜ですね」


 今や皇帝陛下よりも地位が高いと囁かれている教皇相手に、礼も執らずに気さくに受け答えするアズベルト。

 その様子を見た周囲の人々は驚いて息を飲んだ。


 一方ネネフィーは、何度見てもミッツァの教皇姿に慣れない為、若干半笑いで挨拶を返す。

「き、教皇様、御機嫌よう……ぶふっ」

「ネネフィー嬢、いい加減に慣れてくれませんかねぇ」

 教皇は呆れながらネネフィーを窘めた。


「は、はひ……」

「まあ良いでしょう。しかし、お二人とも想像以上に注目されておりますな」

「それ程でもないだろう?」

 アズベルトは肩をすくめる。


「ご謙遜を。皆、あなた様にお声を掛けてもらおうと必死の様子」

『ふぉっふぉっふぉっ』と機嫌良さそうに声を出して笑う教皇の珍しい姿に、周囲は目を見開いて驚く。


「ああそうそう、ネネフィー嬢。この者を是非あなたに紹介させて下さい」

 教皇が思い出したかのように言うと、彼の後ろに控えていた1人の令嬢に手招きする。

 現れたのは、薄水色の髪と瞳を持つ美しい女性だった。


「うふふ、初めまして。お会いできて光栄でございます。アクアでございます。よろしくお願いします」

 アクアと名乗ったその令嬢は、頬を染めながら優雅に一礼する。


「ネネフィー・ロッシーニです。こちらこそよろしくお願いします」

 挨拶を返すが、ネネフィーは何となくアクアの顔に見覚えがあった。


「えっと、もしかしてどこかでお会いしたことありますか?」

「いいえ。私は初めてですわ」

 満面の笑みで返すアクアに、ネネフィーは首を傾げる。


「彼女は今後、大神殿で預かる事になりました。ネネフィー嬢、是非とも末永く仲良くしてやって下さい」

「勿論です!」

 教皇の言葉に、ネネフィーは元気よく答えた。


 4人でしばらく談笑していると、皇帝の従者と思わしき1人の人物が、突然会話に割り込んできた。


「教皇様、アズベルト・ミラー様。陛下がお呼びでございます」


 無礼極まりない行いに、遠巻きに見ていた周囲がシンっと静まり返る。

 しかしその従者は、そんな周囲の状況に気付かずに一方的に話し出した。


「陛下がすでに別室にてお待ちです。ご案内致しますので速やかにお越し下さい」

「おやおや」

 教皇は器用に片眉を上げた。


「何でしょうか? 私たちの楽しい時間をそのように不躾に遮ってまで呼びつけるなど、陛下から私たちへのお説教か何かなのでしょうかな?」

 教皇は従者に面白そうに尋ねるが、その目は全く笑っていない。


「えっ! あ、いえ、そのような事は……」

 至近距離で教皇に凄まれ、従者はようやく自分の失態に気付いて狼狽し始める。


「そなた、名は?」

 教皇は従者に尋ねる。


「は? あ、いえ、名乗る程では……」

「名は?」

 教皇は再度問う。するとその従者はみるみる顔色を失っていく。


「……ア、アルト・ブルムンと申します」

「ああ、ブルムン伯爵のご子息ですか。なるほど、なるほど」

 教皇は頷きながら、ゆったりと髭を撫でた。


(ブルムン伯爵?)

 ネネフィーは、頭の中で貴族名鑑をぺらぺらとめくる。

 しかし必ず覚えておくようにとステファニーに言われた人物の中には入っていなかった為、ネネフィーはすぐに興味を無くした。


「ブルムン家とは、ロッシーニ家に代わり現在王宮に結界を張っている一族ですよ。ネネフィー嬢」

 教皇はそんなネネフィーに天井を指差しながら教えた。


「えっ!? まさかあのレースのカーテン以下の?!」

「レースのカーテン以下……ぶっ」


 ネネフィーの言葉に教皇は吹き出す。

 そのお陰か辺りの空気が一瞬和らぐが、何故か隣に立つアズベルトは先程から一切口を開かない。


「アズベルト殿? 如何致しましたか?」

 教皇は尋ねる。


「ああ、いやね。誰かに命令されるのは、こんなにも不愉快なのかと思ってね」

「それはそうでしょう。過去も未来も、あなた様に命じれる者など、本来はいるはずはございませんからね」

「ああ」

「さあ、何はともあれひとまず参りましょうか。この国の最高権力者であらせられる皇帝陛下直々の呼び出しです。これ以上お待たせする訳にはいきませんからね。アクア、ネネフィー嬢をしっかりとお守りするように」

「お任せ下さい」

 教皇の言葉にアクアはしっかりと頷いた。



「ネネ。すぐに戻るから、アクアから決して離れないようにね」

「はい! 分かりましたわ!! いってらっしゃいませ」


 可愛く手を振るネネフィーとアクアを残し、アズベルトと教皇はすっかり顔色を無くした従者の後についてホールから出て行った。



「さあさあ、ネネフィー様。お二人を待っている間、しっかりお料理を堪能しましょうね!」

 アクアはネネフィーの腕に自らの腕を絡ませると、お目当ての料理が並ぶテーブルまで移動する。


「ほわわわわ」

 テーブルに広がる飾り付けられた美しい肉料理の数々に、ネネフィーは知らず知らずに頬が朱に染まる。


「どれを食べられますか?」

「全部食べたいですわ!」

「それじゃあ、全種類1つずつ頂きましょう!」


 本日、ネネフィーの専属侍女であるジェンはミラー邸にてお留守番。

 多少羽目を外したところで説教される事はない。

 ネネフィーはワクワクしながら、アクアが皿によそってくれる肉料理の数々をニヤニヤしながら眺めていた。


「お飲み物は如何でしょうか?」


 アクアを待っていたネネフィーは、不意に背後から給仕係に声を掛けられる。

 取り敢えず手持ち無沙汰だった為、言われるままに差し出されたグラスを素直に受け取った。

 しかしその様子を見ていたアクアは、肉の盛った皿を渡す代わりにネネフィーの手からすぐにグラスを取り上げた。


「うふふふふ。王宮は、危険がいっぱい敵いっぱい」

 アクアはグラスの中を覗き込むと、パチンパチンとグラスの前で数回指を鳴らした。


「さあ、どうぞ」

「ありがとう?」


 ネネフィーは不思議に思いながらも、アクアから受け取ったグラスで喉を潤した。


2023.01.03修正

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