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稚拙な計画

「どういう事ですの、お兄様」 

 各貴族たちの挨拶が終わり皇族専用の控室に戻ったテレジアは、苛立ちを含んだ声色で皇太子ハミルトンに尋ねた。


「少し落ち着くんだ、テレジア」

 近くで紅茶を飲んでいたハミルトンは、ため息を吐きながらカップをソーサーに戻す。


「でもお兄様! アズベルト様が……」

「分かっている、私も驚いているのだ」


 久々の友との再会。

 涙を流しはしないものの、もっと感動的になるとハミルトンは思っていた。

 しかしふたを開けてみれば、当人は非常に素っ気ない上に一切視線が合わない。

 おまけに、知らぬ間に婚約までしていた。


 そもそもあの事件から、ミラー公爵家は完全に社交を断っている。

 茶会や夜会の際に形式的に招待状を送ってはいるものの全て不参加で、今日の夜会も参加するなど微塵も思っていなかった。

 おまけにあの外見。


「回復していたなら、なぜすぐに私に連絡をよこさなかったのだ……」

 ハミルトンは唸った。


「ねえ、いつアズベルト様は回復なさったの? 私全く聞いておりませんわよ?」

「私もだ。先ほどの様子だと、陛下すら知らなかったようだ」


 常に数人の密偵をミラー公爵家に張り付かせているが、それらしい報告は一切受けていない。


「……それに、アズベルト様は黒に灰の混ざった髪色になったと聞いているわ? 瞳も赤色だと……ほぼ寝たきりであれから1度も外出した姿など目撃されていないはずよ」

「ああ。ここ最近商人を頻繁に屋敷に呼んでいたようだが、それも全て夫人の買い物だと聞いている」

 ハミルトンは考え込んだ。


「……まさか、呪詛薬が失敗したのかしら?」

「それは調べてみないと分からないが、あの様子ではそうだろうな」

「しかもあの女、ネネフィーとか言ってましたわね。田舎辺境伯の小娘がアズベルト様の婚約者ですって? 一体どうしてあのような女が……」

 テレジアはネネフィーの姿を思い出すと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「テレジア。ロッシーニ家は建国から皇族に仕える由緒ある一族だ。教皇派の筆頭でもある」

「知っておりますわよ、そんな事。けれどめったに帝都に姿を現さない、まるでカビの生えた古臭い一族でしょうに」


 帝都はあらゆるモノの発信地でもある。

 大通りに近い貴族街には領地を持たない新興貴族が多く居を構え、目新しい華やかな芸術や文化に溢れている。

 貴族である為に血筋や家柄についてはそれなりに気にするものの、若い世代にとって格式ばった言葉遣いや習慣などは非常に面倒臭く敬遠されがちで、特に皇族派には新興貴族が多く、建国から続く習慣を大切にしている教皇派と考え方が全く違うのも、彼等派閥の溝を深める要因の1つになっていた。


「実はあの令嬢、私の婚約者候補でもあるんだ」

 ハミルトンの言葉にテレジアは顔を上げた。


「え? お兄様にはマリアンがいるじゃない」

 マリアン・ストラード侯爵令嬢。

 現在ハミルトンの伴侶となるべく、王宮で皇妃教育に勤しんでいる教皇派の令嬢である。


「彼女はあくまで婚約者候補の筆頭だ。ロッシーニの令嬢が手に入るのであれば必要ない。むしろそれまでのスペアのつもりだったのだが……」

「まあ……。それにしては後手に回っておりますのね」

 テレジアは呆れたように扇で口元を隠した。


「派閥同士の溝をこれ以上深めない為に、私が教皇派の令嬢と婚約する事は決まっていた。ロッシーニ家にネネフィー嬢が生まれた際、陛下が何度となく私との婚約を打診したらしいのだが、何故かことごとく拒否されてしまったそうだ」

「は? 何ですの? その無礼な行為は」

「だからこそ、滅多に領地を出ないネネフィー嬢が唯一参加するであろうデビュタント。つまりは今日、私は彼女を口説こうかと考えていたのだ」

 ハミルトンは苦笑しながら紅茶を一口飲む。


 元来皇族は、古い掟に則り必ず帝国貴族の中から伴侶を選ぶ。

 しかし現皇帝が遊学に来ていた属国ゾール王国の王女エミリアに一目惚れし、何としても皇族に迎えようと我を通した。

 勿論、その際教皇派から猛反発を受ける。

 しかし皇帝はそれを完全に無視する形でエミリアと婚姻し、彼女に皇后の位を授けた。

 それがきっかけとなり、教皇派と皇帝派が目に見えて対立するようになったのだった。



「たかが田舎貴族のくせに、お兄様をここまで煩わせるなど無礼極まりないですわ。ロッシーニなど捕らえてしまえば宜しいではありませんか」

 テレジアは持っていた扇をギリッと握りしめる。


「そうなのだが、ロッシーニは教皇派の筆頭なのだ。あまり無理強いすると教皇本人がしゃしゃり出てきてしまう。陛下自身、それは何としても避けたかったようだな」


 確かに、派閥間の摩擦を減らす為に縁を結ぶはずが、余計にこじれてしまっては本末転倒である。


「そうなのですが……」

「それにしても、ネネフィー嬢がまさかアズベルトの婚約者になっていたとは……どうしたものか」

 ハミルトンは考え込むように口を閉じる。


「あら? お兄様、簡単ではございませんか? 私はアズベルト様と婚約し、お兄様があの令嬢と婚約するのです。何も問題はありませんわ」

 テレジアはニコニコと笑う。


「ふむ、しかしテレジア。アズベルトと婚約するにしても、あの色では問題になるぞ」

「分かっておりますわ。今度こそきちんと色を変えて頂きます。今回は不意打ちでは無く直接お願いしようかと思っておりますの。アズベルト様ならきっと私の為に快く承諾して下さるでしょう。だからお兄様も気になさらずに、全力であの令嬢を口説いて下さいまし」

「ああ、分かった」



『デビュタント当日、ネネフィー嬢は運命の出会いをする』

 ハミルトンは以前から練っていた計画を実行に移す為、足早で部屋を出て行った。


「それにしても、派閥争いなんて面倒くさいですわ。そもそもどうして教皇派はお母様を皇后にすることを嫌がったのかしら。国は違えど高貴な血筋の立派な淑女ですのに……」

 テレジアは溜息を吐いた。


 勿論テレジアは、皇族が帝国貴族としか婚姻してはならない掟があることを知っている。

 しかしその理由までは知らなかった。


 帝国内に古くから伝わる慣習や掟は、すべて1つの理由に基づいている。


『神の血を護ること』


 後に愛しい乙女を追って顕現するリースが、人の身体にすぐに馴染めるようにミッツァが定めた掟の1つであった。


 神の血が薄まることに、それほど問題はない。

 ルビリオン帝国は、リース神が創った国であり、そこに住まう者全てにリース神の加護が与えられている。


 しかしルビリオン帝国以外の国々、リース神の加護の外から入ってきた人間はそれにあらず。

 彼等の血は異物であり、神の血を汚す。


 汚れるということは神の加護が消え、魔力も消え、ただびとに成り下がるということ。

 庶民であればさほどに問題はない。

 しかし、これが皇族、しかも直系となれば話は変わる。


 エミリアを娶ったことにより、汚れた血を持って生れてきたハミルトンとテレジア。

 彼等は加護を持つ市井の帝国人にすら劣るということだ。

 そんな人間が皇帝になどなってしまったならば、間違いなくあっという間に帝国の歴史は幕を閉じるだろう。


 そのことを教皇派の殆どは十二分に理解しているのだが、皇帝派は知らない。

 勿論、現皇帝は知っている。

 帝国を護る者として知らなければならない事実である。

 だが彼は、エミリアを皇后にしたいばかりにその掟を無視し、あまつさえ自分の息子であるハミルトンにすら伝えていなかった。


 彼らの人生の幕引きは近い。



「やっぱり古くて意味をなさない掟や慣習など、お兄様の代で全て変えてしまえばよいのです」

 テレジアはハミルトンが出て行った扉を見て改めて決意する。


「私もこうしてはいられませんわ。お母様に新しい呪詛薬の相談をしなくては。それにあのネネフィーとかいう女に、少し現実を分からせてやりましょう」


 テレジアは席を立つと、暗く笑いながら部屋を後にした。


2023.01.03修正

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