対峙
豪華絢爛といえば聞こえは良いが、はっきり言って趣味が悪い。
ネネフィーは、ホール全体を見回してそう思った。
柱や壁、シャンデリアに至るまで金の装飾が施され、まるで富と権力を見せつけるかのように輝いている。
参加者たちは華美なほどのドレスを身にまとい、普段領地で着飾る事など滅多にないネネフィーは、まるで別の世界に紛れ込んでしまったような感覚に陥っていた。
「あれが現皇帝です。話が終わったら、挨拶に行きましょう」
キョロキョロと辺りを見回していたネネフィーに、アズベルトがそっと囁いた。
顔を上げて視線の先を見ると、ホールよりも数段高い場所で壮年の男が豪華な椅子に座って何やら話している。
「周囲にいるのが彼等の家族です」
「家族……」
ネネフィーは彼等をじっと観察する。
事前にステファニーから借りた貴族名鑑を熟読していた甲斐もあって、ネネフィーはある程度彼等の顔と名前を一致させる事が出来た。
豪奢な金の椅子に悠然と腰を下ろす皇帝。
金の王冠をかぶり、金糸で細かく刺繍された重そうな服を着ている。
隣に座る皇后も似たような装いで、黒地に派手な金糸で刺繍された重そうなドレスを着ていた。
その背後に立つ2人。
皇太子ハミルトンと皇女テレジア。
彼等の装いも、前の二人と似たようなものだった。
(趣味わっる、くっさ……)
ネネフィーは彼等から漂ってくる匂いに、小鼻をぴくぴくと動かした。
匂いの元を辿ると、彼等の足元に縦横無尽に這いまわる無数のヘビがいることに気付いた。
(1,2,3,4,5,6……まだまだいる)
形や大きさは違えど、どれも最上級の呪いの塊。
余りの恨まれっぷりに、ネネフィーは思わず感心する。
(でも残念だわ。腕輪がそれを防いでいるのね)
ロッシーニの加護の腕輪をしている彼等を見て、壊しちゃおうかな~と物騒な事を考えていると、隣のアズベルトが皇帝に向かって頭を下げた。
急いでネネフィーもそれに合わせて頭を下げる。
どうやらたった今、皇帝の挨拶が終わったらしい。
「さあ、行きましょうか」
ミラー公爵とステファニーと共に、ネネフィーはアズベルトにエスコートされてホール中央へと歩いて行く。
皇帝の前に悠然と歩み出た彼等を見た瞬間、ヒュッと誰かの息を飲む音がネネフィーの耳に届いた。
『何故ここに?』
口にはしていないが、皇帝の隣に座っている皇后エミリアの唇がそう動いたことをネネフィーは見逃さなかった。
その後、皇后エミリアはハッと我に返るとすぐに口元を扇で覆う。
一方ハミルトンはアズベルトを見てほっとしたように眉を下げて口元を緩め、テレジアに至っては何故か嬉しそうに頬を染めている。
皇帝はアズベルトを見て僅かに眉を上げるが、その隣に立つネネフィーを見た瞬間目を見開いた。
「お、おお、久しいのう、アズベルト。もう身体は良いのか?」
形式的な挨拶の後、皇帝はアズベルトに声を掛けた。
「お蔭さまで、無事に完治することが出来ました」
アズベルトは恭しく腰を折るが、口調は淡々としていて温度を一切感じさせない。
「うむ。……して、そちらは」
皇帝はチラリとネネフィーに視線を向ける。
「私の婚約者でございます」
「……婚約者?」
「はい。ネネフィー・ロッシーニでございます。お会いできて光栄でございます」
ネネフィーは、母アマリリスに叩き込まれた作法を頑張って披露する。
「……ふむ、ロッシーニ。辺境伯の娘か……」
「はい。彼女は私の恩人でございます」
「……そうか。まさか赤い髪に紫の瞳とは……」
皇帝はネネフィーの顔をじっと見ながらぶつぶつと呟くと、しばし考えるようにひじ掛けに置いた指をトントンと叩いた。
「アズベルト。随分久しぶりだな。もう大丈夫なのか?」
ハミルトンは嬉しそうにアズベルトに声を掛けた。
「……はい。特に問題なく生活させて頂いております」
アズベルトは伏し目で視線を動かす事なく淡々と答えた。
「あ、ああ、そうか。なら今後は以前のように私の側に……」
「それでは後がつかえております故、我等はこれにて失礼致します」
突然ミラー公爵は2人の会話に割って入ると、早々にその場を辞した。
不敬極まりない行為であったが、誰もそれを咎める者はいなかった。
2023.01.02修正
 




