2人の絆
香ばしい肉の焼ける香りが鼻を掠め、どこか遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
ネネフィーは無意識に小鼻をぴくぴくと動かしながら目を開けると、見慣れない天井が目に入った。
(?……あれ? ここ、どこ?)
キングサイズのベッドの真ん中で大の字で寝ていたネネフィーは、先程から漂ってくる良い匂いにくんくんと鼻を動かす。
それとほぼ同時に、盛大にお腹の虫が辺りに鳴り響いた。
「……うう……お腹すいた……」
今何時だろう?
視線のみで時計を探しながら、ネネフィーは無意識に呟く。
「それなら一緒に朝食を食べましょう」
言葉を返されると思わなかったネネフィーは、驚いて飛び起きる。
「おはよう、ネネ」
声の方に顔を向けると、ソファーから立ち上がるアズベルトの姿が目に入った。
「おはよう、ございます? アズさま……?」
何故ここにアズベルトがいるのか。ここはどこなのか。ネネフィーは寝起きでぼ~っとした頭をフル回転させる。
「良く眠れましたか?」
シャワーを浴びたのだろう。
アズベルトは、バスローブ姿で機嫌良さそうに笑いながらベッドまで歩いてくる。
その瞬間、頭の中に昨晩のアレコレが一気に蘇ってきた。
思わず自分の姿を確認すると案の定素っ裸で、慌てて手近にあったシーツを身体に巻き付ける。
「アアアアアズさま、ごごごごご機嫌麗しゅう」
ネネフィーは身体を隠すように突っ伏しながら、それでも挨拶は忘れない。
「うん? ふふふ。そうですね。最高にご機嫌麗しいですよ」
アズベルトはベッドの端に腰を下ろすと、ネネフィーに向かって手を伸ばした。
「ネネはどうですか? ご機嫌は麗しいでしょうか?」
「あ、はい、その……私も非常に麗しい、です、はい」
辿り着いた指先がネネフィーの頬を優しく撫でる。
すっかり慣れてしまった彼の体温は心地良く、ネネフィーは猫のように彼の手に自ら頬を擦り寄せた。
(気持ちいい……)
うっとりと目を閉じて感触を堪能していると、ネネフィーのお腹の虫が再び盛大に鳴った。
「ふっ、さあ。朝食にしましょうか」
(わ、笑われましたわ……恥ずかしい……)
アズベルトは真っ赤になって俯いたネネフィーの身体をシーツごと抱き上げると、ベッドの横にあるソファーへと腰を下ろす。
目の前のテーブルにはすでに朝食が並べられ、美味しそうに温かな湯気を立てていた。
厚切りベーコンに腸詰、食べやすくカットされたステーキ、ローストビーフ。
朝からやたら肉類の多いその食事は、間違いなく全てがネネフィーの好物だった。
何から食べようかと思案しているネネフィーに、アズベルトはグラスにたっぷりと注がれた水を差し出す。
「さあ、まずは水分補給からです。どうぞ」
「ありがとう……ございます」
素直に受け取って口に含むと、ネネフィーは自分が想像以上に喉が渇いている事に気付いた。
「たくさん汗をかきましたからね」
「んぐっ」
飲んでいる耳元で囁かれ、ネネフィーはおもわず水を吹き出しそうになる。
(ああもう、本当に!)
ネネフィーは恥ずかしさの余り、キッとアズベルトを睨む。
しかし当のアズベルトは、機嫌良さそうにネネフィーを見ながら目元を緩めた。
「これで私はネネだけの存在となり、ネネも私だけの存在となりました。そうですね?」
アズベルトの言葉にネネフィーはこくりと頷く。
「つまり、今後もしネネに良からぬことをしようとする輩が現れた場合、それらは漏れなく全員が私の敵ということになります」
「アズ様の敵……」
「ええ、そうです。覚えておいて下さいね」
「はい」
ネネフィーはアズベルトの瞳をしっかりと見つめて頷いた。
「ふふふ。良い子ですね」
アズベルトは嬉しそうに目を細める。
ゆったりと羽織ったバスローブのせいか、アズベルトの綺麗に伸びた首筋とそれに続く鎖骨がはっきりと見える。
何ならざっくりと開いた胸元から、かなり深い部分まで覗き込むことが出来た。
(ぐぅっ……破廉恥ですわ……)
したたるような大人の色気を纏ったアズベルトとの優雅な朝食のひととき。
それはまるで一枚の絵画のようで、ネネフィーは思わずその場に五体投地したくなった。
ネネフィーは悶々としながらも、朝食はしっかりと平らげる。
「満足しましたか?」
「はい! とっても美味しかったですわ!」
「良かったです。それではもう少し、二人で愛を交わし合いましょうか」
「はへ?」
ネネフィーは、あれよあれよという間に再びベッドの上に連れ戻される。
抗議しようと口を開くが、自ら着ていたバスローブの紐を強引に抜き取るアズベルトの姿に思わず口を閉じた。
(くぅっ~~~、今の……最高にかっこよかったですわ!)
完全に敗北したネネフィーは、今後の妄想の糧にアズベルトの麗しくも破廉恥な姿を頭の中にしっかりと焼き付け、彼に身をゆだねた。
昼過ぎに自室へと戻ったネネフィーは、入浴を済ませて動きやすいワンピースに着替えた後、クッションを抱えてソファーの上にうつ伏せに寝転がっていた。
「お嬢様、きちんとお座り下さい」
「うう……あぎゃあああああ」
先程からネネフィーは、ジェンの言葉を完全に無視して奇声を上げてもんどりうっている。
一緒にいた時はそうでもなかったのだが、アズベルトと別れて一人になると、改めて昨晩からの出来事を実感してしまう。
(ああああああああああぎゃあああああああああああ)
力任せにクッションを抱き潰し、端をガジガジとかじる。
記憶を押し留めようとすればする程チラつく数々の行為の断片に、ネネフィーはなかなか正気に戻ることが出来なかった。
(自分を見下ろす熱っぽい瞳、しっとり湿った肌、匂い、熱い舌、びっくりするほど繊細に動く指、耳元で囁かれる声と吐息、目もくらむ快感…………ああああああ恥ずかしい格好いい素敵尊い苦しいあがががががが……ふしゅ~~)
頭から湯気を出しながら、猫キックのように両足をばたつかせる。
部屋に戻ってかれこれ二刻。ネネフィーはずっとこの調子だった。
「ごほんっ。え~、お嬢様。体調にお変わりはありませんでしょうか?」
「え? 体調?」
ようやく我に返ったネネフィーは、ソファーから身体を起こす。
「お辛くはないでしょうか?」
「え? 辛い? 特には……むしろ絶好調なんだけど……」
ネネフィーの体調はすこぶる良かった。
身体全体を動かした後の程よい疲れが、昨晩彼女に極上の睡眠を与えてくれていた。
「どこかしら痛い箇所や、違和感がある箇所などありませんでしょうか?」
「痛い箇所? あ~~、しいて言えば筋肉痛かしら?」
アズベルトは最初から最後まで優しかった。
ゆっくり優しく、ひたすらねっとり濃厚に。
(本当、死ぬかと思いましたわ……世の夫婦の皆さまは、日々あんな行為をしているのですね……)
ふむふむと考え込んでいるネネフィーを、ジェンはじっと観察する。
多少いつも以上の奇行はうかがえるものの、疲れた様子もなく、どこかを痛めた様子もない。
つまりそれは、アズベルトが伽に関して非常に優れた技術を持っていることを意味していた。
(なるほど。アズベルト様はかなりの手練れである、と)
ジェンはアマリリスに報告するべく、心のメモ帳にしっかりと刻んだ。
2022.11.24修正
 




