いざ帝都へ
出発日当日。
ネネフィーは朝から浮足立っていた。
ロッシーニ辺境伯邸の前には既にアズベルトが手配した馬車が2台到着しており、ロッシーニ家の使用人たちの手によって、ネネフィーの荷物が次々と車内へと運ばれていく。
(ああ……ついにバカンスの始まり……胸が破裂しそうですわ……)
ネネフィーは胸の前でぎゅっと拳を握る。
「ネネちゃん。いっぱい楽しんでアズベルト様に甘えてきなさいね~。レイに宜しくね~」
見送りに出てきたアマリリスは、ネネフィーに向かってにこやかに微笑む。
現在ネネフィーの兄『レイ』ことレイフィールは帝都にあるロッシーニ家のタウンハウスに住み、ミラー公爵家で騎士として働いている。
「ジェン、ネネフィーのこと、くれぐれも宜しくね」
「かしこまりました、奥様」
アマリリスの言葉にジェンは一礼すると、ネネフィーに日傘を差す。
季節は夏真っ盛り。
ネネフィーはフワフワの赤毛を緩く高い位置で纏め、夏らしい涼し気な淡い緑のサマードレスを着ている。
生ぬるい風が彼女の後れ毛をふわりと揺らし、ギラリと照りつける日の光の強さにネネフィーは思わず目を細めた。
「外は暑うございます。どうぞ中へ」
馬車の前に立っていた御者が、ネネフィーを車内へとエスコートするべく手を差し出す。
真っ白い手袋ときっちりと着込んだ濃紺の制服。
佇まいから品の良さが見て取れ、ミラー公爵家はやはり使用人ですら一級なのだとネネフィーは感心した。
「あ、ありがとう」
ネネフィーは促されるままにタラップに足を乗せた。
車内に入った瞬間、漂ってくるアズベルトの香りに胸がぎゅっと苦しくなる。
(アズ様の匂いがする……)
快適な温度に冷やされた広い車内。
至る所に生花が飾られ、手触りの良いクッションがいくつも置かれている。
しかも既に軽食までも用意されていた。
ネネフィーは、何故か下腹部がじんわりと熱を持っていることに気が付いた。
(何だろう……)
ネネフィーは柔らかなソファーに身体を預け、手近にあったクッションをぎゅっと抱え込む。
そこかしこに感じるアズベルトの香りに、思わずクッションに顔を埋めて深呼吸を繰り返した。
(はあ、いい匂い。幸せ過ぎて胸が苦しいですわ……)
クッションに顔を埋めながら、これから過ごすアズベルトとの日々に思いを馳せ、ネネフィーは甘い息を吐いた。
「それにしても……遠いですわ」
ロッシーニ領を出発して11日目。
帝都への道中、衣食住共に全てが完璧といえる旅だった。
しかしロッシーニ辺境伯領から帝都まで、いくら頑張っても馬車で10日。
しかも今回ネネフィーのことを気遣って夜間の走行を避けるなどの安全運転を心掛けているせいか、ロッシーニ領を出発して11日目にもかかわらず未だ帝都には到着していなかった。
いくらスプリングの利いた最上級のソファーであっても、座ってばかりでは尻が痛くてたまらない。
ネネフィーは何度か自分の尻に、こっそり回復魔法を掛けて道中何とか乗り切っていた。
「お嬢様、どうにかならないですか?」
いつも涼しい顔をしているジェンですら、かすかに眉間に皺が寄っている。
「何とかとは?」
「ほら。得意な魔法で、帝都まで一瞬で移動するとか出来ませんかね?」
「はぁ? 無茶言わないで。そんな夢物語ある訳ないでしょう?」
「それが夢物語でもないのです。遥か昔、存在していた魔法ですからね」
「えっ?! そうなの?」
「はい」
ネネフィーの喰い付きの良さに、ジェンはニヤリと笑う。
「私も曾祖父に聞いた話ですが、ロッシーニ一族の中に、過去空間魔法を得意とする御方がいらっしゃったそうです。その御方はロッシーニ領と帝都を一瞬で行き来していたとか」
「へぇ~空間魔法かぁ」
ネネフィーは母アマリリスから魔法訓練を受けているが、魔法の属性に関してほとんど知識はない。
アマリリスは大魔法使いであるが極めて脳筋である為、気合いと根性だけで魔法を行使している。
ネネフィーに教える際もそれは変わらず、日々行われるアマリリスとネネフィーの魔法訓練は、怒号が飛び交うさながら軍隊のような練習風景だった。
ロッシーニ家の家訓は『敵に容赦する事なかれ』。
1やられたら10でやり返し、10やられたら100でやり返す。
敵が二度と歯向かう気がおきないよう、10倍以上でお返しすることが基本とされていた。
それに加え、出来る限り相手のプライドをバキバキにへし折り、メンタル面でも優位に立つことが推奨されていた。
話は逸れたが、つまりネネフィーは勢いと勘で魔法を使っており、得意不得意の差が非常に激しかった。
現在彼女が得意としているのは『守り』に重きを置いた魔法だ。
ネネフィーは、秘密の小部屋にあるリース神コレクションにあり得ない程の強固な防御結界を施し、アズベルトから手紙と共に贈られてくる季節の花々には、時間停止の魔法まで施している。
ちなみに一般的な魔法使いは、簡単な結界魔法ですら何年もかけて習得する。
時間停止魔法など夢のまた夢、伝説級の魔法だ。
しかしネネフィーは使うことが出来る。
彼女は『使いたい』と欲した魔法を、具現化することが出来るのだ。
勿論いくらネネフィーでも、訓練しなければその魔法を使いこなすことは出来ない。
逆に言えば、彼女は興味のない魔法は一切使えないし訓練しようとも思わないのだ。
だからこそ、周囲の大人たちは彼女に様々な魔法をそれとなく教え、興味を持つように誘導し、言葉巧みにスキルアップを図っていた。
「瞬間移動かぁ~。到着場所がアズ様のお膝の上とかだったらいいですわ~ぐふふ」
ネネフィーの気色の悪い笑い声にジェンは呆れる。
「それではお嬢様。今回のバカンス中にでも、空間魔法を試してみるのは如何でしょう?」
「ムリムリ! そもそもアズ様のお膝の上にのるなんて、のるなんて! のるなんて!! ハレンチですわ!!」
「言葉のわりに、随分と嬉しそうですね」
「当たり前じゃない!」
ネネフィーは小鼻を膨らます。
「……まあ、何はともあれバカンスです。いわば婚前旅行です。お嬢様とアズベルト様の距離はぐっと縮まり、帰る頃には容易く膝にのることが出来るでしょう」
「ひえっ!」
「きっとデートでは手を繋ぎ、指を絡ませることもあるでしょう。腰を抱かれ、見つめ合い、口付けを……お嬢様、鼻血が垂れております」
「あっ……」
ネネフィーは、ジェンから受け取ったハンカチで鼻血を拭う。
「冗談はさておき、お嬢様。もしお嬢様が必要だと感じる魔法があれば、この機会に是非一度試してみて下さい」
「そうね、分かったわ! 頑張ってアズ様のお膝にのれるように仲良くなるわ!」
「いえ、そうではなく……」
「ありがとうジェン。あなたのお陰で俄然やる気が出てきたわ!」
「……その意気です。お嬢様」
取り敢えず静観しよう。
ジェンはそう思った。
2022.11.16修正




