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バカンスへのお誘い

 朝の魔法訓練を終え、すっきりした顔で自室に戻ったネネフィーは、扉の前に立つジェンに気が付いた。


「あ、ジェン。おはよう~」

「おはようございます。お嬢様、どうぞこちらを」

 ジェンは銀のトレイをネネフィーへと差し出す。

 そこには、1通の手紙がのせられていた。


「あひっ!」

 ネネフィーは思わず後ろに2メートル程飛ぶ。


「もももももしかして、それは……」

「はい。お嬢様が待ち望んでいたアズベルト様からのお手紙です」

 ネネフィーは絶望したように頭を抱えた。


 母アマリリスの言葉をきっかけに、10歳の頃の自分がアズベルトに行った暴挙を思い出し、彼に便せん10枚使って謝罪の手紙を出したのが少し前。

 ネネフィーは、その手紙に対してアズベルトからどのような返事がくるのか戦々恐々としていた。


(怒ってないかしら? 呆れてないかしら? 嫌われてないかしら?)

 ネネフィーは恐怖で足がすくむ。


「ひひひひひひとまず、ジェンが開けて読んでみてちょうだい!」

「宜しいのですか?」

「いいからほら、入って。早く早く」

 ネネフィーはジェンを自室に引っ張り込むと、ペーパーナイフを彼女に渡した。


「私、緊張しすぎて手元が狂ってしまうかもしれませんから~」

「……そうですか」

 ジェンはネネフィーからナイフを受け取ると、封筒の隙間にゆっくりと差し込む。


「あ、分かっていると思うけれど丁寧にね! 絶対に、ぜ〜ったいにはみ出さないで下さいまし!」

 内心ジェンはうるさいな~と思いながらも顔には出さず、ゆっくりと封を開けていく。


「あ、匂い」

 ネネフィーは思い出したかのように封筒の切れ目に鼻を寄せて、くんくんと匂いを嗅ぎだした。


「お嬢様、危ないです。ナイフの刃が当たります」

「え~」


 ジェンはネネフィーから離れて手早く封を開けて便せんを取り出すと、封筒のみをネネフィーに渡した。

 ネネフィーは受け取った空っぽの封筒を広げて、鼻先に近付ける。


「アズ様の匂いがしますわ~」

「…………手紙をお読み致します」

 ネネフィーの奇行など通常運転である為、ジェンは全く気にせずに手紙を音読し始めた。



『愛しいネネ。私たちの出会いである5年前の出来事を思い出してくれたようでとても嬉しい。あの時は本当にありがとう。今の私があるのは君のお蔭だね』


「……どうやらお嬢様が想像していたような事態にはなっておりませんね」


 手紙の出だしを聞いたネネフィーは、

「よしっ! よしっ!」と両拳を力強く振る。


「こほんっ、続けます」


『お礼といっては何ですが、今年の夏はぜひ帝都にある我が家に遊びに来て下さい。そこで数日滞在した後に、我が領にある避暑地に招待します。そこで2人ゆっくり出来たらと考えています。良い返事を待っています。君の事がもっと知りたいからね。アズベルト・ミラー』


「……だそうです。どうやら後半はバカンスのお誘いのようです」


 ジェンは読み終えた便せんをネネフィーに手渡す。

 恐る恐る受け取ったネネフィーは、ざっと内容を確認した後、ぶるぶると震え出した。

 その後便せんを丁寧に折りたたんでジェンに返すと、すぐさま自分のベッドまで走り出す。


「うっきゃぁ~~!!!」

 奇声を上げながら勢いよくベッドにダイブしたかと思うと、その上でバタバタと暴れ始める。


「バカンスの件、奥様にお伝えしてまいります」

 ジェンは暴れるネネフィーを見ても表情ひとつ変えず、手紙を持って静かに部屋を出て行った。




 ルビリオン帝国は、比較的南に位置する為に夏が長い。

 その為、この国の貴族たちはバカンスと称して長期休暇を取る事がよくあった。


 休暇期間中は家族で領地に戻ったり旅行をするのが一般的な過ごし方だが、その旅行に婚約者を誘うということは『婚前旅行』の意味も兼ねている。


「つまりつまりつまり! このバカンスで、あ~んな事やこ~んな事が行なわれるかも知れないって事なのかしら~!?」


 ネネフィーは興奮して、手近にあった枕をばんばんと叩く。

 ちなみに彼女の言う『あ~んな事やこ~んな事』とは、手を繋いだりデートをしたりする程度のことである。


「ついに私も大人の階段を!!」

 大人の階段が何を差しているのか分からないが、ネネフィーは興奮の余り鼻息が荒くなる。


 ネネフィーも来年は16歳。帝国での成人を迎える。

 勿論ジェンからしっかりと伽教育は受けている。

 だがしかし、受けているからといって理解しているとは限らない。

 そう。つまりネネフィーはさっぱり全く全然理解していなかった。


 彼女は根っから感覚と直感で生きている。

 そのせいで情緒もへったくれも無く、色事についての男女の心の機微などさっぱり理解出来なかった。


 困り果てたジェンは、ある日名案を思い付く。

 ネネフィーの相手、つまり将来の伴侶をリース神に見立てて説明しようと試みたのだ。

 しかし結果は惨敗。

『リース様が私の旦那様、だと……?』と変なスイッチが入ってしまい、すぐにキャパオーバーとなり鼻血を吹いて倒れてしまったのだ。


 一向に進まない伽教育に焦ったジェンは、最終手段として『子供が出来る仕組み』と『ベッドの上では全て旦那様にお任せする』の2つだけをネネフィーにしっかりと教え込んで伽教育を終えた。




 ネネフィーは、アズベルトからバカンスの誘いを受けた日以降、出発する日を指折り数えて待っていた。


 魔法訓練の最中見上げた空はどこまでも青く澄み渡たり、遥か遠くに見える山頂付近には、入道雲が沸き立っている。


 瞼に残る光に日差しの強さを感じ、吹いてくる風も熱を帯びている。


 青々と茂る草木と土の匂い。


 夏はもうすぐそこまで来ていた。


2022.11.16修正

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