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魔法工芸の鑑定師  作者: 紫陽花の鼬
二章 『魔女の譚(~The witch mysterious story~)』
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04消失

           4


『――あ、あの。ご来賓の皆様。本日は、このわたくしごときの誕生日パーティにご参加いただき。まことに、ありがとうございます……っ!』


 何度でも練習したのだろうか。

 危なっかしくも、なんとか噛まずにはき出した一ノ瀬茜の言葉に、招待客からは惜しみない拍手が送られた。

 ただし。

 ホールの壇上で照明を受けているのは、『樽』だったが。


「…………???」


 浅霧は、そんな奇妙な光景に混乱していた。

 樽が、しゃべってる……?


「毎年のことなのよ」


 拍手を送りながら、隣で凉下がいった。


「あの子――茜はね、極端な人見知りでしょ? それにあがり症だし、とてもじゃないけど人前に出ることなんてできないの。でも。昔ね、彼女の誕生会で、どうしてもお父さんが『挨拶しなさい』って背中を押したことがあって」


 本人は、嫌でイヤでたまらなかったらしい。

 父親は、『お前が挨拶しないと、来賓の皆様に失礼だろう』――といったらしい。それはもっともだし、その理屈が分からない一ノ瀬茜ではなかった。

 だから、本番前にさんざんに迷って。悩んで。

 それから、ふと思いついて実行した最後の手段が、たまたま厨房にあった『樽』だった。

 そこに隠れて、でも必死に演説する姿が『カワイイ』と受けたらしい。一ノ瀬茜、当時九歳のころだ。


「…………いや。九歳の幼子がそれをやってたらウケるんだろうけど、さすがに今の俺たちと変わらない年齢だと……」

「シッ!」


 凉下が、人差し指を立てて、


「せっかく茜が頑張ってるんだから。私たちは温かく見守ってあげましょうよ。さすがに使用人も、招待客もうすうす分かってるのよ」

「あ。ああ……」


 それはいいけど、さすがに過保護すぎるのでは? という疑問は、喉の奥に引っ込めた。

 どうも。凉下だけではなく。この別荘というか、一ノ瀬グループ関係者たちまで、あの少女に対する過保護精神が心の隅々にまで行き渡っているような気がした。

 まあ、守りたくなる女の子というのは分かるのだが。

 ステージの上では、



『――ええと。で、ですので。皆様のご厚意に応えるためにも、今年もサプライズを行いたいと思います……。だ、出し物です。今年も。ごめんなさい』



 パチパチパチ。と、拍手が続いていた。


「……? なんだ?」

「『出し物』。あの樽で挨拶してから、恒例行事みたいになってるけど……茜が、来賓者にサプライズで『お返し』をするのよ。ええと、去年は帽子からハトが出てきて……」


「おお。すごいな。手品か」

「……ハトが、そのまま茜の着物に入り込んじゃって。とんでもないことになったのよね。男性陣が大喜びだったけど。特に立川の御曹司とか」


「…………」

「今年は、何をやるのかしらね」


 ステージに目を戻すと。

 何やら、そこでは落語の演目のように長い紙が出されて、ぺらとめくられる。出てきた文字は、『マジック・早着替え』だった。

 凉下が、ピクッと。片眉を引きつらせる。



『――こっ、今年は。その。せっかくの樽がありますので、早着替えを。行ってみたいと思います。…………立川さんからのご要望により』


 おおー。と。

 ホールを包む男性客からの熱気ある反応。ついで、よくやったとばかりに拍手と歓声が送られる。天高く親指を突き出す立川麗二に、「――あ、あの御曹司」と凉下は険しい視線を送っていた。

 浅霧が、周囲の会話を耳にするに――どうやら、このパーティは一ノ瀬茜お嬢様の『出し物』から始まり、それから談笑や、その他の来賓からの挨拶へと続くらしい。

 つまり、これが最初のイベント。

 主催者側である一ノ瀬茜からすれば、失敗できない出し物のようだった。


(……まあ、いくらその『鈍くさい』お嬢様でも。着替えくらいは失敗しないって踏んだんだろ。俺はどっちでもいいけど)


 浅霧は、そんな場内に目を向けていた。

 この屋敷には、『魔女の鏡』がある――。

 その事実に気づいている人間は、自分を含め、凉下、一ノ瀬茜と――その他、数名の使用人だけらしい。

 残るパーティの招待客たちは、みんなこの雰囲気を楽しんでいる。臨時で雇われた使用人たちも、だ。

 だから、わざわざ浅霧がここで動いて会場の雰囲気を壊すこともないと思ったし、例の『赤い文字』の検証は、これが終わってからでもいいように思えた。文字はシーツの横断幕で隠されているようだ。


依頼主(クライアント)の希望も大事にする。これも、鑑定師には必要だよな)


 浅霧は、そう思っていたのだが。




 ――ブツッ。



「……!?」


 ホールの電気が、落ちた。

 いや、それはどうやら屋敷全体がそうなったようだった。浅霧たちは『飛び入りの参加者』ということで、遠慮して出入り口の近くにいたのだが……扉の隙間から、廊下の照明を感じなかったのだ。

 来賓者の扱っていたスマートフォンの液晶モニタや、出入り口の緑の非常灯の明かりだけがホールに浮かんでいる。

 会場が、静かな騒ぎに包まれた。


『――お、おお。今年はなんだか、本格的だな』


『――そうね。明かりまで消すなんて』


 来賓者の声が聞こえる。

 先ほどの『早着替え』の前振りのせいで、これもサプライズの一環だとするざわめきの声が多かった。

 が、


「……ね、ねえ? これってショーの演出なの……?」


 暗闇でこっそり問いかけてくるのは、不安そうな凉下の声。

 浅霧は、


「分からない……が。俺には、主電源(ブレーカー)が落ちたように見えた」

「……! ぶ、ブレーカーが? だって、出口の非常灯の電気はついてるじゃない?」

「あれは内蔵バッテリーが仕込まれているから、非常時にメインの電源とは切り離されて動くんだ」


 むしろ、問題なのは。

 この会場を包んだ暗闇について、ホールを警備しているスタッフの足音が浮き足立っていることだった。まるで、何も話を聞かされていないような慌て方で、足音も乱れている。


(……ルイス、ルイス? 近くにいるか?)


 だから、浅霧は小声で、闇にささやいた。

 こういう事態のときに備えて、あの全国漫遊する猫を呼び出したのだ。


(――んむ? どうした小僧。我は、高級スイ~ツとやらを漁りに、『二番テーブル』とやらの下にいるぞ)

(何やってんだよ!? 早くこっちに来い!)


 ヒソヒソ。会話が交差する。

 それから、モゾモゾ。ひとしきり暗闇で何かが動く気配がして、それから白いテーブルクロスが跳ね上がる。


「……どうした? 循よ」


「きゃっ!? ね、猫ちゃん? どこから?」


「非常事態が起こったかもしれない。ルイスが持ってる魔術の『浮遊する光』を使いたい」


 三者、三様の言葉を交わす。

 ルイスは事情を聞き、「ふむ。よかろう」と鷹揚な声を上げると、ふわ――。と。その指先から走った閃光を丸い形に整え。豆粒のような美しい球体を浮遊させた。


 ――魔法工芸品、ルイスは『ただの猫』ではない。


 その異能の特徴として『魔術』を扱う。

 魔術。なんと現実離れした響きだろう。

 それは魔法工芸品が『普通ではない存在』であることを象徴する言葉にも感じられたし、この魔法工芸品。ルイスの異常さを現わした言葉でもあった。


 ルイスは魔術が扱える。

 童話のような。ごく一部ながら、技術者アブラメリンの所有していた『|聖守護天使《Holy Guardian Angel》』という魔導書のページを行使することが可能で、『制限』がついているものの、こういった非常時には大きな力を発揮する。

 会場からは他の視線を感じたが、釈明している余裕などなかった。浅霧はライトとしてのルイスを抱えて、ブレーカー復旧のため出入り口に向かった。

 と、外開きの扉が誰かにぶつかった。

 見ると、それはコック姿の厨房の男で、


「あ、ああ――。これは凉下お嬢様! よかった!」

「あなた。茜のところの料理長さん……?」


 面識があったらしい。頷いた男は、それから慌てて、


「そ、そうなんです! 大変なんですよ! 厨房で料理していたら急に電気が消えて! 主電源がある機械室が隣だったもんで、様子を見にいったら、壁にビッシリと……せ、先日の……『赤い文字』が……!」


 ……ッ!? と。

 凉下、そして浅霧が息を呑む。

 悪夢のようなシナリオが、現実になってしまった感覚が襲ってきた。


「――凉下! お前、フランチェスカは持ってきてるか!? もしかしたら魔法工芸品が必要になる事態が起きるかもしれない」

「も、持ってきてないわよ……! 私、ドレスだし。パーティだけだと思ってたから、部屋にお留守番を……」


 同時。

 料理長の部下が動いたのか、消えていた照明が復旧する。廊下とホールの景色が明らかになった。浅霧たちがいたのは、ちょうど境目の扉のところだ。

 会場からは「やっと終わったのね」「楽しみだな」といった安堵の声が聞こえていた。


 しかし。

 なにか。


 何かが、変わっている。違う。

 その違和感を追いかけて、浅霧はステージに目を向ける。ステージではスポットライトの光が復活しており、そして、



『――そ。それでは。茜お嬢様の早着替え。お披露目です――!』


 司会の声が響いた。

 同時に、会場中の人間が、見た。


「――っ!」


 浅霧は、ゾクッと背筋が凍りつくのを覚えた。

 まさか。

 バカな。そんなこと、あり得ない。起こるはずがない。

 なのに……。





 樽は『空っぽ』だった。





 ―――人間が、消失してしまった。





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